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医療安全について(レジリエンスや新たな技術の導入)

 医療安全管理論という講義では、以下のような項目で学んでいきます。ベースの知識を講義の中で教えていただきながら、現場ではどう活用されてきたか、自分たちならどうするか、という視点でそれぞれの自「論」を意識した内容です。

「安全管理」の基本的な考え方
近年の医療安全の関する研究の取り組みの経緯と動向             報告制度(エラーから学ぶ)                        エラーの構造                               安全管理に関する基本的な事項                       リスクコミュニケーションとクライシスコミュニケーション          医療安全に関する法的諸問題
  などなど

 ここでは、個人的に気になった「医療安全とレジリエンス」「医療安全と新たな技術の導入」について触れていきます。

 ちなみに、医療安全という言葉は、海外では「Patient safety 患者安全」とされていますが、日本では過去「事故防止」とか「安全管理」されていたのを「医療安全」で統一され、現在に至ったようです。ここでは、「医療安全」を用いますが、海外の論文ではPatient safetyとなっていることご容赦ください。

レジリエンスとは

 1985年にRutterが「深刻な状況にあってもより良い適応機能を維持する」と定義したのが最初のようです(British Journal of Psychiatry 147,598-611.1985)。Weblio辞書によると、"一般的に「復元力、回復力、弾力」などと訳される言葉で、近年は特に「困難な状況にもかかわらず、しなやかに適応して生き延びる力」という心理学的な意味で使われるケースが増えています。さらにレジリエンスの概念は、個人から企業や行政などの組織・システムにいたるまで、社会のあらゆるレベルにおいて備えておくべきリスク対応能力・危機管理能力としても注目を集めています。"となっています。

レジリエンスと医療安全

 このレジリエンスと医療安全がつながったのが2010年を過ぎてからなので、まだ新しい概念です。1999年という年は、医療安全において大きな変化の年でした。日本では、横浜市立大学病院患者取り違え事件や都立広尾病院薬剤取り違え事件が起き、米国では11月に『To Err is Human』(邦訳:人は誰でも間違える)が出版されました。以降、確立された医療安全の考え方は、「医療システムは本質的に安定していて予測可能であると理解されており、標準化はエラーを防ぐための明白な解決法」というものでした。しかし、この考え方ではうまくいかない状況が起き、新たなアプローチとして、Safety-Ⅱやレジリエンスという概念が生まれました。

Kirstine Zinck Pedersen. Standardisation or Resilience? The Paradox of Stability and Change in Patient Safety. Sociol Health Illn. 2016 Sep;38(7):1180-93. より

 この新しい概念は、「ヘルスケアシステムを不安定、複雑、および可変であると考えており、適応性、柔軟性、堅牢性を安全管理の原則として認識」したものです。これらの考え方の具体例として、以下のようなものが挙げられています。

●安全文化の諸要素
* 報告する文化 reporting culture
* 正義の(公正な)文化 just culture
* 柔軟な文化 flexible culture
* 学習する文化 learning culture

●柔軟な文化:high reliability organization(HRO 高信頼性組織)
・条件:組織を無力化する、あるいはおそらく破壊させるかもしれない重大な故障を確実に防ぎ、複雑で要求の厳しい技術を管理できる。それと同時に、これらがいつから起きようとも、指示と要求が錯綜するピークの期間に対処できる能力を維持できる。
・特徴:中央集権型の管理から権力分散型の管理に切り替えることができる、つまり、第一線へ権限を委譲(移譲)できる。その際には、共有する価値観によって協調がはかられ、第一線の管理者の資質、動機づけ、経験に組織がいかに多大な投資をするかにかかっている。

 重要なこととして、標準化を代表とする2000年代の考え方と、この新しい考え方を、二元論で考えないようにしなければなりません。ルールと柔軟性、直線性と複雑性、ルーティンとバリエーション、など概念的には相対するものですが、安定性のある環境では前者が、複雑で変化する状況では後者が必要である、といった使い分けが重要とされています。

新たな技術を導入すること

 医療安全はいかに質の高いケアを患者さんに提供するか、という視点で上述の通り様々な考え方が生まれてきたわけですが、現代においてはそういった発展よりも早いスピードで新しい技術も生まれています。様々なことが自動化され、データはこれまで扱えようがなかった量をまとめられ(ビッグデータやメガデータ)、ディープラーニングやAIによってそこから新たな情報が生み出されています。

 例えば、化学療法のための抗癌剤はロボットが対応するようになったり、電子カルテで処方する際に併用禁忌や個々の患者さんのアレルギー情報などがポップアップされたりと、これまで「ヒト」がそれぞれ注意してやっていたことが代替され、エラーは生じにくい状況になっています。しかし、これらの技術導入の結果として、抗癌剤の調剤に携わることで学べていたことを学べなくなった医療者が増えたり、ポップアップ機能のついていないカルテシステムとなっている医療機関では直接患者ケアに悪影響を与えかねなかったりということが生じたのです。

「より良く」するためにどうするか

 講義の中で、このような新たな技術を医療現場に活用することで医療安全にとっても有用になる、という期待がありつつ、逆に新しい技術による新しいタイプのエラーと事故が生まれる可能性がある、と指摘されました。つまり、新たな技術によって、失われるものがあるのではないか、という視点です。例えば、自動化されていたものが壊れたらどうするか、という事前策を準備しておかなければならないです。新たな技術を導入して良い面ばかり見ているのではなく、それがもたらす潜在的な害も踏まえておかないと、新たなエラーが起きて患者ケアに支障をきたしてしまうのでしょう。何かを選択するということは、何かを捨てるということに気づく必要があるのですね。

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