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編集、コミュニティ、おすそわけ

今年に入ってから半年間、わたしは勉強をしている。

コルクの佐渡島さんが主催している「コルクラボ」というコミュニティ運営について学ぶ場に参加していた。

編集者の佐渡島さんがコミュニティについて学ぶのは、クリエイターから作品を引き出す従来の「編集」に加えて、今後、編集者は作品を届ける先のことまで編集しないといけないという仮説のもとだった。そして、その届け先を編集、デザインすることを「コミュニティをつくる」としてすでに実践している。

わたしはこのラボで、コンテンツ論や編集について、コミュニティ運営についてたくさんの情報を頭に入れ、佐渡島さんやラボのメンバーとたくさんの会話を重ねた結果、ひとつだけ確実にわかったことがある。



佐渡島さんは、編集という作業を「集める、削る、並べ替える、補足する」だと教えてくれた。

文章だけではなく、チームやお店、はたまた自分自身を編集するのにもこれは当てはまるけれど、この作業をするには「現状を把握し、立ち位置を理解し、過不足なく自分の考えや立場表明ができることがスタートラインだ」と言う。

思考も服装と同じように、フォーマルに寄るほどみんなが同じようになるから、きれいごとを脱いで自分の考えを出す(出させる)。そして、それに対する相手のリアクションによって、情報のどこに価値かあるのかがわかってくる。対話の文脈の中で伝わっていく。

そういった対話を重ねることによって、自分の目も肥えていき、なんでもないことに感動し、細かな差異に気がつくようになる(cakesの加藤さんは「解像度が上がる」と言っていた)。そして、それは素直な目と自信がないとできないのだと。

また、ラボ内の会話で、コンテンツをよくするためや、人間関係をよくするための相談を受けた佐渡島さんから「あなたは自分の欲望に気がついていないんですよ」という言葉が出たのを何度も耳にした。


つまり、よいコンテンツを作り出す人も、引き出す編集者も、コミュニティを運営する人も、コミュニティに所属する人も、共通して必要なことは「自分を知る」ということなのだ。自分がどうしたいのか、なにが好きなのか、それを等身大に過不足なく把握していなければ、これらはどれもいいものにはならない。

わたしが子育てやお店づくりでしてきた「編集」も、どんなコミュニティにいても振る舞いが変わらず困ることがないのも、気持ちを言語化して言葉にすることも、それぞれの能力があるわけではなく、ただ自分のことをよく知っているからできたことなんだなとわかった。


せっかくわかったのと、せっかくお店があるので、勉強してきた編集とコミュニティの文脈からなにをするべきか考えてみた。


わたしがどうしてクッキー屋さんをやっているのか、なにが好きか、どんな立場で、どうなるとうれしいのかを改めて言葉にしてみる。

わたしは「ひとがお菓子をあげる」という行為がかわいくて愛おしくてとても好きで、お菓子のギフトのお店をやっている。お店の売上げももちろん大事だけど、わたしが広げたいのは、「お菓子を誰かにあげること」「お菓子を見て誰かの顔を思い出すこと」だ。

それを広げるにはどうしたらいか考えた結果、ひとつ思いついたことをやってみることにした。



それは、ギフトを買ってくれたお客さんに「おすそわけ袋」をあげるという案だ。

クッキーが2枚くらい入るちいさな袋(よく見るとOSUSOWAKEと描いてある)が、頼んでもいないのに勝手についてくる。しかもせっかく買った(もらった)のに「おすそわけしろ」と言われる。どうかしている。

でも、この袋を見たときに誰かの顔が思い浮かんで、ついおすそわけしてくれたらすごくうれしいし、おすそわけしたくない人は、ただ袋をもらったと思ってくれたらいい。

お届けした人の、もうひとり先までお店のことを知ってもらうのには広告効果も大きいし、たった数百円の割引よりも、同じ金額をつかってなにか形に残るものをあげたいなと思った。おすそわけを促すには、まずはわたし(お店)からおすそわけしようということだ。

イラストは娘のあーちんに描いてもらった。超かわいい。

※7月から始める予定です。(お店のFBページ、Twitterなどでお知らせします)


というわけで、半年間勉強した卒業制作のようなものができてうれしい。

肝心のコミュニティについて学んだことは、また別の機会に…。


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桜林 直子(サクちゃん)
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