
ショートショート「常夜灯」
いつからだろう
部屋の灯りを消して、真っ暗闇の中で眠るようになったのは。
小さい頃は怖がりで、いつも豆電球をつけていないと
眠れなかったのに。
怖がりは今も同じ。
だけれど。
☆
世の中の状況もあって、今は飲みに行かなくなった。
仕事帰りにデパートへ寄る。
11階の書店でカクテルのレシピが載った本を買い、
地下のリカーショップでお酒をいくつか揃える。
バーへ行く時はいつも一人だった。
行きつけは作らない。
せいぜい2,3回。
続けて行くなら同じ曜日で。
静かに飲みたい、私なりの作法。
だから家で一人で飲むのもそう変わらないはず。
早速、よく冷やしたフロートグラスに
クレーム・ド・カシスとシャンパンを混ぜ、
キールロワイヤルを作ってみた。
美味しいけれど、美味しくないような、
何か違うなぁ・・・物足りない・・・。
そうか、一人でいるつもりだったけど、
一人では無かったし、
すっと丁寧に差し出されるカクテル、
明るすぎず暗すぎない照明、
氷をまあるく削る音、
マスターの後ろに綺麗に並べられたグラス。
実際にその空間にいる時には主張してこない、それら一つ一つこそが
欠かせないものだったのだと、今更ながら気がつく。
今夜はもう寝よう。
☆
いつものように部屋の明かりを消してから、
カーテンを開ける。
外からの月明かりが、今の私の常夜灯。
眠れない夜は、窓際へ行き星を眺める。
何か分かる星座はあるかな・・・
・・・分からない・・・、まあいいか。
月の形だけはよく分かるようになった。
新月の晩は月が見えないことも知った。
晴れていても月が見えない夜があるなんて、
部屋を真っ暗にする前は、そんなこと知りもしなかった。
月の見えない夜は静かな夜が、さらに深く感じる。
カーテンを開けて眠るのには、もう一つ大切な理由がある。
目が覚めた時に朝の光を感じたい。
季節によって違うけれど、
目覚めた時に朝日が差し込んでいたら、
それだけで幸せな気分になれる。
雨上がりには
ベランダの塀に溜まった水に太陽の光が反射して
天井にその水面の揺れがキラキラと映る様子なんかは最高だ。
そんな静かで幸福な朝を迎えるために、私は眠る。
☆☆
休日の7時半。
目覚めると、
外は雲ひとつない晴天で、窓を全開にしたら
またふとんの中へ・・・。
ふんわりと温かいふとんの中で、
ひんやりとした新鮮な朝の空気を感じているこの時間が
けっこう好きなのだけど、
浸るのもつかの間。
静寂を破る、下の階からの声。
「ケーキ食べていい??」
慌てて飛び起きる。
「ええ?!ちょ、ちょっと待って!」
昨日、あの後ついでに買ったデパ地下のフルーツタルト。
姉よ、朝から甘いものを食べるのか・・・。
生クリームとカスタードいっぱいの(中身は黄桃と洋ナシ)
タルトを食べる朝。
慌ただしいなぁと思いつつ、
タルトの美味しさで、すぐに幸福感に包まれた。
姉も「美味しい♪」と喜んでいる。
たまにはこんな朝もいいか。
おしまい☆
*この記事はピリカ☆ルーキー賞に参加しています