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ショートショート「常夜灯」

いつからだろう

部屋の灯りを消して、真っ暗闇の中で眠るようになったのは。

小さい頃は怖がりで、いつも豆電球をつけていないと

眠れなかったのに。

怖がりは今も同じ。

だけれど。

世の中の状況もあって、今は飲みに行かなくなった。

仕事帰りにデパートへ寄る。

11階の書店でカクテルのレシピが載った本を買い、

地下のリカーショップでお酒をいくつか揃える。

バーへ行く時はいつも一人だった。

行きつけは作らない。

せいぜい2,3回。

続けて行くなら同じ曜日で。

静かに飲みたい、私なりの作法。

だから家で一人で飲むのもそう変わらないはず。

早速、よく冷やしたフロートグラスに

クレーム・ド・カシスとシャンパンを混ぜ、

キールロワイヤルを作ってみた。

美味しいけれど、美味しくないような、

何か違うなぁ・・・物足りない・・・。

そうか、一人でいるつもりだったけど、

一人では無かったし、

すっと丁寧に差し出されるカクテル、

明るすぎず暗すぎない照明、

氷をまあるく削る音、

マスターの後ろに綺麗に並べられたグラス。

実際にその空間にいる時には主張してこない、それら一つ一つこそが

欠かせないものだったのだと、今更ながら気がつく。

今夜はもう寝よう。

いつものように部屋の明かりを消してから、

カーテンを開ける。

外からの月明かりが、今の私の常夜灯。

眠れない夜は、窓際へ行き星を眺める。

何か分かる星座はあるかな・・・

・・・分からない・・・、まあいいか。

月の形だけはよく分かるようになった。

新月の晩は月が見えないことも知った。

晴れていても月が見えない夜があるなんて、

部屋を真っ暗にする前は、そんなこと知りもしなかった。

月の見えない夜は静かな夜が、さらに深く感じる。


カーテンを開けて眠るのには、もう一つ大切な理由がある。

目が覚めた時に朝の光を感じたい。

季節によって違うけれど、

目覚めた時に朝日が差し込んでいたら、

それだけで幸せな気分になれる。

雨上がりには

ベランダの塀に溜まった水に太陽の光が反射して

天井にその水面の揺れがキラキラと映る様子なんかは最高だ。

そんな静かで幸福な朝を迎えるために、私は眠る。

☆☆

休日の7時半。

目覚めると、

外は雲ひとつない晴天で、窓を全開にしたら

またふとんの中へ・・・。

ふんわりと温かいふとんの中で、

ひんやりとした新鮮な朝の空気を感じているこの時間が

けっこう好きなのだけど、

浸るのもつかの間。

静寂を破る、下の階からの声。

「ケーキ食べていい??」

慌てて飛び起きる。

「ええ?!ちょ、ちょっと待って!」

昨日、あの後ついでに買ったデパ地下のフルーツタルト。

姉よ、朝から甘いものを食べるのか・・・。

生クリームとカスタードいっぱいの(中身は黄桃と洋ナシ)

タルトを食べる朝。

慌ただしいなぁと思いつつ、

タルトの美味しさで、すぐに幸福感に包まれた。

姉も「美味しい♪」と喜んでいる。

たまにはこんな朝もいいか。


おしまい☆


*この記事はピリカ☆ルーキー賞に参加しています


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