赤丸が欲しくて
アパートの6畳間、私は煙草に火をつけてプカプカと煙を吐く。唸る車のエンジン音が聞こえる度に、少しドキッとするようになったのはいつからだろうか。本当は最近引っ越してきたヤンチャなお兄ちゃんの車だと知っているけれども。もちろんあの人のエンジン音は、もっと低く独特な音だったことも。先ほど吐いた煙を指でつかもうとするけど、スルスルと流れに乗って煙は消えていく。残るのはマルボロの匂いだけである。一方、彼女の匂いはすっかり忘れてしまっていて、あぁなんか甘い匂いだったな、っていう曖昧なものしか持ち合わせていない。
「ごめん1本吸っていい?」唐突に言い出し、「実は最近タバコをがっつり吸いだしたの。」と、彼女が火をつけたのはいつもの深夜ドライブの時だった。よく見ると車の灰皿はすでに吸い殻でいっぱいだった。片手でハンドルを握りながらプカプカさせる横で、「じゃあ俺も1本頂戴。」とカッコつけて言ったものの、時は20歳目前の春。大学の先輩に1本もらったことあるくらいで全然吸い方もわからなかった。けど何だか負けてられなくて、そのドライブ以降、赤いマルボロを自分で買ってプカプカさせていた。彼女は当時3種類くらい吸っていたが、その中で赤マル一番おいしかったし、彼女もそれを一番気に入っていたようだったから。
ある日、彼女の好きな人がタバコを吸いだしていることに気が付いた。よく見るとそれは赤マルだった。なるほど、私は、好きな人が好きな人の好きなモノを好きになっていたのか。なんだかとてもムシャクシャして、ムシャクシャした結果、結局そのタバコを吸ってしまっていたのだから悲しいものである。
結局、彼女とその好きな人は結ばれることはなかったし、私の恋心も綺麗に灰と化した。しょっちゅう誘われていたドライブもすっかり誘われなくなり、比例して私のタバコの本数も減っていった。何が正解だったのか、どうすればよかったのか、ふと思い出しながら私は赤マルに火をつけている。