2023/08/17(木)のゾンビ論文 フルインクルーシブ教育はゾンビ

ゾンビについて書かれた論文を収集すべく、Googleスカラーのアラート機能を使っている。アラート設定ごとに、得られた論文を以下にまとめる。

アラートの条件は次の通り。

  1. 「zombie -firm -philosophical -bot -xylazine -biolegend -gender」

  2. 「zombie -firm -philosophical -DDos -xylazine -viability -gender」

  3. 「zombie -firm -philosophical -DDos -xylazine -biolegend -gender」

  4. 「zombie -firm -philosophical」(取りこぼし確認)

  5. 「zombie」(取りこぼし確認その2)

検索条件は次の意図をもって設定してある。

  • 「zombie」:ゾンビ論文を探す

  • 「-firm」:ゾンビ企業を扱う経済学の論文を排除する

  • 「-philosophical」:哲学的ゾンビを扱う哲学の論文を排除する

  • 「-DDoS」/「-bot」:ゾンビPCを扱う情報科学の論文を排除する

  • 「-xylazine」:ゾンビドラッグに関する論文を排除する

  • 「-viability」/「-biolegend」:細胞の生死を確認するゾンビ試薬を使う医学の論文を排除する

  • 「-gender」:ジェンダー学の論文を排除する

また、「zombie」の内容も確認するのは、上記の検索キーワードで不必要にゾンビ論文を排除していないかを確かめる目的である。ただし、条件4の通り、ゾンビ企業と哲学的ゾンビは完全な排除をねらう。

それぞれのヒット数は以下の通り。

  1. 「zombie -firm -philosophical -bot -xylazine -biolegend -gender」三件

  2. 「zombie -firm -philosophical -DDos -xylazine -viability -gender」二件

  3. 「zombie -firm -philosophical -DDos -xylazine -biolegend -gender」三件

  4. 「zombie -firm -philosophical」四件(差分一件)

  5. 「zombie」七件(条件4との差分一件)

「zombie -firm -philosophical -bot -xylazine -biolegend -gender」は教育学、精神保健学、経済学が一件ずつだった。



検索キーワード「zombie -firm -philosophical -bot -xylazine -biolegend -gender」

特別支援教育によるゾンビとその影響

一件目。

原題:Special education's zombies and their consequences
掲載:Support for Learning
著者:Garry HornbyとJames M. Kauffman
ジャンル:教育学

この論文においてゾンビは次のように定義されている。

In this article Zombies are considered to be mythical ideas, often including falsehoods with negative consequences, that persist despite contradictory evidence about their veracity. As Krugman (2020) explains, a zombie is “an idea that should have been killed by evidence, but refuses to die” (p. 166).
(この記事では、ゾンビとは、迷信的な考えであり、しばしば否定的な結果をもたらす虚偽を含み、その真偽について矛盾する証拠があるにもかかわらず存続しているものと定義されている。Krugman(2020)が説明するように、ゾンビとは「証拠によって殺されたはずなのに、死を拒む考え」(p.166)である。)

『Special education's zombies and their consequences』より

似たようなゾンビは以前も扱ったことがある。次の記事の一本目の論文である。

We use the term “zombie concepts” (Kirschner & Neelen, 2018) to refer to education concepts that are notoriously difficult to snuff out of mainstream educational parlance despite both a complete lack of supporting evidence and mounting evidence to the contrary.
(私たちは「ゾンビ概念」(Kirschner & Neelen, 2018)という言葉を、裏付けがまったくない上に反対の証拠が山ほどあるのに、教育用語の主流からなかなか消えない教育概念の意味で使っています。)

Misinformation and Fake News in Education
 『ZOMBIE CONCEPTS IN EDUCATION Why They Won’t Die and Why You Can’t Kill Them』
より

この時は教育現場において「ゾンビ概念」という言葉で定義されていた。概念という単語があるかどうかだけで、本質は一緒だと考えてよいだろう。

というのは、今回の論文も教育現場におけるゾンビを扱っているからだ。舞台はspecial ecucaition(特別支援教育)である。

Special education's biggest zombie is that only full inclusion will bring true social justice to schooling because special education is essentially an inappropriate way of dealing with diversity; is a relic of the last century, unfairly discriminatory and exclusionary.
特別支援教育の最大のゾンビは、フルインクルージョンだけが学校教育に真の社会正義をもたらすということである。なぜなら、特別支援教育は本質的に多様性に臨むには不適切な方法であり、不当に差別的で排除的な前世紀の遺物だからである。)

『Special education's zombies and their consequences』より

"inclusion"(インクルージョン)というのは特別支援が必要な生徒でも通常学級に参加させ、生徒たちの積極的な共生を促す教育手法を指すらしい。日本ではインクルーシブ教育と呼ばれている

私も小中学校時代に支援学級の生徒が授業ごとにこっちに来たりあっちに戻ったりしていたのを記憶している。あれがインクルーシブ教育だったのだろうか。

そして、この論文では"full inclusion"が特別支援教育における最大のゾンビであると指摘する。"full"というくらいだから、特別支援が必要な生徒でも授業すべてを通常学級に参加させることを指すのだろう。

まあ、それが問題であることはわかる。Wikipediaによれば「実体験に基づいた根深い障害者排除・嫌悪の思想を持つなどの問題も生じている」らしい。私も実体験として、支援学級の生徒から角材で頭を殴られたことがある。

この論文は、フルインクルージョンには以下の通り三つのゾンビが存在していると指摘する。

First, that full inclusion has been internationally accepted policy since the Salamanca Statement in 1994. Second, that the feasibility of full inclusion has been demonstrated in some countries. Third, that there is extensive evidence that inclusion is more effective that special education.
(第一に、1994年のサラマンカ声明以来、フルインクルージョンは国際的に認められた政策であるということ。第二に、フルインクルージョンの実現可能性がいくつかの国で実証済であること。第三に、インクルージョンが特別支援教育よりも効果的であるという広範な証拠があることである。)

『Special education's zombies and their consequences』より

このような「ゾンビ」を全世界の一般人や議員に広めるために使われてきた戦略が六つ存在するとして、それらについて説明・議論するのがこの論文の主旨である。英語論文でいかにもポリティカル・"イン"コレクトな議論がされているのは珍しいのではないか。

ジャンルはもちろん教育学。


アリスのままで、いつもエレナ: 認知症に関する新しい物語

二件目。

原題:Still Alice, Always Elena: New Stories about Dementia
掲載:Psychoanalytic Inquiry
著者:Jehanne Gheith
ジャンル:精神保健学

Lisa Genova作の『Still Alice』(邦題:アリスのままで)と、
Liudmila Ulitskaia作の『The Kukotsky Enigma』という認知症について描かれた小説があり、これらを分析する論文。

分析の目的は、小説から得られる経験が認知症に対する一般人の観念を再構築し、認知症にかかわる人間に影響を与えうるのではないかという意識に立脚している。

アブストラクトからわかる論文の内容はこの程度だ。

そして、なぜこの論文が「zombie」に引っ掛かったかだが、Googleアラートのメールがことごとくzombieの単語が出てくる文をぶつ切りにして紹介しているため、明確にはわからない。過去に認知症患者をゾンビとして扱う論文を読んだことがあるが、それと同じ用途で使っていると推測する。

For instance, mass media discourses metaphorically construe dementia as a FLOOD, VIRUS, or ZOMBIE, thereby inducing fear and dehumanising PWDs (Behuniak 2011; Peel 2014; Hillman & Latimer 2017; Zeilig 2013).
(たとえば、マスメディアの言説は、認知症を洪水、ウイルス、またはゾンビとして比喩的に解釈し、それによって恐怖を誘発し、PWD(認知症患者のこと)を非人間的にします (Behuniak 2011; Peel 2014; Hillman & Latimer 2017; Zeilig 2013)。 )

『“the living dead” or “fight till the end”?–Metaphors of dementia in online health forums』より

また、アルツハイマー病患者をゾンビに喩えるケースもあるらしい。

That the social construction of people with AD as zombies is highly problematic stems from the horrifying zombie trope in popular culture.
(アルツハイマー病を持つ人々をゾンビとして社会的に組み込むことが非常に問題であるということは、大衆文化における恐ろしいゾンビの比喩に由来しています。)

Ageing & Society『The living dead? The construction of people with Alzheimer's disease as zombies』より

ジャンルは精神保健(メンタルヘルス)学。掲載誌のサブタイトルが"A Topical Journal for Mental Health Professionals"(メンタルヘルス専門家のための話題の雑誌)であるため。



国有企業の政治:中国の場合

三件目。

原題:POLITICS OF STATE-OWNED ENTERPRISES: THE CASE OF CHINA
掲載:MIDDLE EAST TECHNICAL UNIVERSITYに提出された博士論文
著者:Jessica Durdu
ジャンル:経済学

zombieの単語は必ず"zombie SOE"という文字列で出てくる。SOEはState-Owned Enterprise(国有企業)のことで、つまり"zombie SOE"とはゾンビ国有企業。ゾンビ企業の亜種である。

Zombie SOEs can be defined as those that the intense market competition will almost eliminate and those almost being sold to a bigger SOE or almost being directly shut down by the local government due to their insufficient efficiency.
(ゾンビ国有企業とは、熾烈な市場競争によってほぼ淘汰され、より大きな国有企業に売却されそうになったり、効率性が不十分なために地方自治体によって直接閉鎖されそうになっているものと定義できます。)

『POLITICS OF STATE-OWNED ENTERPRISES: THE CASE OF CHINA』より

ゾンビ企業は「-firm」で排除しているので"zombie firm"という表記のみが排除対象である。今回はfirmの代わりにenterpriseという単語が使われれているうえに、enterpriseもstate-ownedという形容節がついている。排除したかったゾンビ企業に関する論文ではあるが、私が用意した検索条件では不可能だったらしい。

ジャンルは経済学。



検索条件1-3の差分

「DDoS/bot」と「viability/biolegend」で検索結果に差異が生じるか調べる。

今回は「viability/biolegend」に差分が見られた。

「zombie -firm -philosophical -bot -xylazine -biolegend -gender」三件
「zombie -firm -philosophical -DDos -xylazine -viability -gender」二件
「zombie -firm -philosophical -DDos -xylazine -biolegend -gender」三件

差分だったのは次の論文。

特殊教育によるゾンビとその影響

次の文で"viability"が使われている。

However, examination of the education system in Italy shows that it is not an example of the viability of full inclusion.
(しかし、イタリアの教育制度を検証してみると、フルインクルージョンの実現可能性を示す例ではないことがわかる。)

『Special education's zombies and their consequences』より

viabilityを「生存可能性」という意味の単語だと理解していたが、「実現可能性」という意味もあるらしい。feasibilityとどう違うねんという疑問は次のnote記事が詳しかった。

Feasible と Viable は両方とも「実現/実行可能な」という意味で使うのでちょっと似ている。
Feasible は割と単純に何かが可能だ(possible)という感じ。
Viable はそれ自身で生き残れる(able to live on its own)、成立するというニュアンス。

note『[デザインの英語] FeasibleとViableの違い』より

であれば、「-viability」はねらいの論文を外して排除する可能性があるということになる。「-biolegend」というキーワードの方が適切であるという証拠が積み重なっていく。



検索キーワード「zombie -firm -philosophical」

上記の条件で誤ってねらいのゾンビ論文を取りこぼしていないかチェックするために、こちらの検索結果もチェックしておく。ただし、ゾンビ企業と哲学的ゾンビは意図的に取りこぼすこととする。

ライオンサルプ群れ最適化アルゴリズムを使用した、IoT ベースの医療侵入用の侵入検知システム: メタヒューリスティック対応のハイブリッド インテリジェント アプローチ

原題:Intrusion Detection System for IoT-based Healthcare Intrusions with Lion-Salp-Swarm-Optimization Algorithm: Metaheuristic-Enabled Hybrid Intelligent Approach
掲載:Engineered Science
著者:Nidhi Goswamiを筆頭著者として、九名
ジャンル:情報科学

「-DDoS」と「-bot」で排除。ゾンビPCを使ったDDoS攻撃に関する論文である。どちらのキーワードにも引っ掛かる例は珍しい。



検索キーワード「zombie」

「zombie -firm -philosophical」との差分を確認する。上記条件からも排除され、こちらの条件でのみ引っかかった論文がゾンビ企業・哲学的ゾンビの論文であれば、ねらい通りといえる。

新型コロナウイルス感染症パンデミック下のデジタル化、輸出、政府支援、企業の財務: 中欧と東欧の証拠

原題:Digitalisation, Exports, Government Support and Firms' Finances during the COVID‐19 Pandemic: Evidence from Central and Eastern Europe
掲載:Economic Papers: A journal of applied economics and policy
著者:Hazwan HainiとSyaza Borhanudin、Pang Wei Loonの三名
ジャンル:経済学

「-firm」で排除。ゾンビ企業についての記述がある論文。


高等教育における内省的ライティングルーブリックの探索と開発

原題:Exploring and Developing Reflective Writing Rubrics in Higher Education
掲載:Improving Learning Through Assessment Rubrics: Student Awareness of What and How They Learnの第四章
著者:Martin Sands
ジャンル:教育学

「-pilosophical」で排除。zombieの単語は次の文で登場する。とりあえず、比喩のゾンビであることは間違いない。

… introduce the ‘reflective zombie’, a learner who displays all the outer signs of having done …
(「反射的ゾンビ」、…をするという外部への反応をすべて示す学習者を導入する)

Googleアラートのメールより


時間の外で: 現代文学と文化における時間性、形式、逃亡者のケア

原題:Out of Time: Temporality, Form and Fugitive Care in Contemporary Literature and Culture
掲載:University of Exeterに提出された博士論文
著者:Kelechi Anucha
ジャンル:哲学

「-gender」と「-philosophical」で排除。タイトルからして哲学っぽい。



まとめ

「zombie -firm -philosophical -bot -xylazine -biolegend -gender」は医学が一件だった。

教育学におけるゾンビ概念、精神保健学における認知症患者の比喩としてのゾンビ。どちらも過去に扱ったことのあるゾンビだ。(後者はあくまで想像だが)そしてゾンビ国有企業に関してはゾンビ企業の拡張概念に過ぎない。

ゾンビ論文のアラートチェックももうすぐ半年になる。このように知識が蓄積されていくと、チェックもどんどん楽になる。とはいえ、今回もそこそこ調べているため、まだ楽になったとはいいがたい。出てくるゾンビが同じでも異なる場面で出てこられると、それはやはり別物なのだ。この辺はゾンビ映画と同じかもしれない。

今日はねらいのゾンビ論文なし。


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