2023/09/14(木)のゾンビ論文 シュレディンガーの猫の平均をとってゾンビ猫を考えよう
ゾンビについて書かれた論文を収集すべく、Googleスカラーのアラート機能を使っている。アラート設定ごとに、得られた論文を以下にまとめる。
アラートの条件は次の通り。
「zombie -firm -philosophical -botnet -xylazine -biolegend -gender」
「zombie -firm -philosophical -DDoS -xylazine -viability -gender」
「zombie -firm -philosophical -DDoS -xylazine -biolegend -gender」
「zombie -firm -philosophical」(取りこぼし確認)
「zombie -firm -consciousness」(取りこぼし確認その2)
検索条件は次の意図をもって設定してある。
「zombie」:ゾンビ論文を探す
「-firm」:ゾンビ企業を扱う経済学の論文を排除する
「-philosophical」/「-consciousness」:哲学的ゾンビを扱う哲学の論文を排除する
「-DDoS」/「-botnet」:ゾンビPCを扱う情報科学の論文を排除する
「-xylazine」:ゾンビドラッグに関する論文を排除する
「-viability」/「-biolegend」:細胞の生死を確認するゾンビ試薬を使う医学の論文を排除する
「-gender」:ジェンダー学の論文を排除する
また、検索条件4と5では、上記の検索キーワードで不必要にゾンビ論文を排除していないかを確かめる。
今回、それぞれのヒット数は以下の通り。
「zombie -firm -philosophical -botnett -xylazine -biolegend -gender」四件
「zombie -firm -philosophical -DDoS -xylazine -viability -gender」四件
「zombie -firm -philosophical -DDoS -xylazine -biolegend -gender」四件
「zombie -firm -philosophical」五件(差分一件)
「zombie -firm -consciousness」五件(条件4との差分二件)
検索条件1-3は評論が二件、教育学、情報科学が一件ずつだった。また、検索条件5に興味を引いた物理学の論文が一件あった。
検索条件1「zombie -firm -philosophical -botnet -xylazine -biolegend -gender」
ポストコロニアル世界におけるゾンビの進化: トリフィドの日と28日後からウォーキング・デッドまで
一件目。
原題:Evoluce zombie v postkoloniálním světě: Od Day of the Triffids a 28 Days Later po The Walking Dead
掲載:Západočeská univerzita v Plzni(西ボヘミア大学ピルゼン校)へ提出された学士論文
著者:Jan Vejvoda
ジャンル:評論(ポストコロニアル批評)
チェコ共和国の大学へ提出された学士論文。つまりチェコ語で書かれている。原題の英語表記は次の通り。
Evolution of the Zombie in a Postcolonial World: From Day of the Triffids and 28 Days Later to The Walking Dead
タイトルの通り、『トリフィドの日』、『28日後…』、『ウォーキング・デッド』の三作品を扱う評論らしい。"postcolonial world"というのはcolony(植民地)のpost(後)の世界という意味で、作品評論の文脈では植民地支配を受けた地域が作中でどう描かれているかに焦点を当てる「ポストコロニアル批評」が存在する。アブストラクトには、上記の三作品を植民地支配的観点から読み解く旨が書かれている。
植民地主義に加え、コロナウイルスパンデミック、他者化、消費主義と資本主義、独裁者といささか欲張りな気もするが、ゾンビが出てくるフィクション作品の評論は修士論文でも人文学欲張りセットとでも呼ぶべき内容が多い。学士ならばなおさら仕方がない。
一応欲張り人文学的評論論文を擁護しておくと、学士、修士、博士、肩書のある研究者と格が高くなるにつれて欲張り感は薄れ、作品を読み解く観点が深く絞られる傾向はある。また、「他者化」と「消費主義と資本主義」はゾンビ映画を評論する際によくある見方である。「他者化」は、ゾンビをアメリカ社会における黒人や移民といった被差別者として解釈する見方があることに由来する。「消費主義と資本主義」は、ゾンビ映画の名作である『ゾンビ』、『ドーンオブザデッド』、『ゾンビランド』などのマーケットを荒らすシーンを資本主義批判と解釈する見方があるために、ゾンビ映画全般に親和性があると見られがちだ。ほかは知らないが。
ジャンルは評論でいいだろう。もっと細かく言うならば、ポストコロニアル批評。論文の表紙には教育学の学位と書いてある点が気になるが。
数学的モデリングを使用して学生に微分方程式の状況に応じた学習体験を提供する
二件目。
原題:Using mathematical modelling to provide students with a contextual learning experience of differential equations
掲載:International Journal of Mathematical Education in Science and Technology
著者:Kerri Spooner
ジャンル:教育学
微分方程式は我々の世界の「何か」を記述するのにうってつけの数学的ツールである。有名どころでは、捕食者と被捕食者の数の増減を記述するロトカ・ボルテラ方程式、感染症の拡大と収束を記述するSIRモデルなどが挙げられる。
もちろん、私が真っ先に例として挙げたいのはSIRモデルを改造してゾンビ・パンデミックの拡大を記述するSZRモデルだ。そして、この論文ではSZRモデルを扱っている。
しかし、その扱いは「SZRモデルを通して学生に数学に触れてもらう」というレベルに留まっている。私は基本的にSZRモデルを扱った論文を「本物のゾンビを扱った(と見てもよい)論文」としているが、今回は数学の教育のいちツールとしてのみSZRモデルを扱っているため、論文中のゾンビを本物のゾンビに置き換えることは不可能だ。
また、SZRモデルの先駆者であるPhilip Munzらの論文を参考文献においていないことからも、「ゾンビが本当に存在したらどうなるか?」という問いとは異なるルートでSZRモデルにたどり着いたことが想像される。そもそも"SZR model"という文字列も見当たらないし。
ということで、残念だがこれは私のねらいの論文ではない。読みはするが。
ジャンルは教育学。
アンデッド小説におけるロミオとジュリエットのゴシック空間: キャピュレット家の地下室からジュリエットの遺体まで
三件目。
原題:Romeo and Juliet's Gothic Space in YA Undead Fiction: From Capulet Crypt to Juliet's Body
掲載:Borrower and Lenders: The Journal of Shakespeare and Appropriation
著者:Sarah Olive
ジャンル:評論(ジェンダー批評)
タイトルの通り、『ロミオとジュリエット』の評論。どうやら『トワイライト』を『ロミオとジュリエット』の派生作品として数え、その延長線上で吸血鬼やゾンビが出てくる作品を分析する論文らしい。ゾンビが出てくる作品として、Lori Handelandの『Zombie Island』を挙げている。"Shakespeare undead book 2"という副題がついており、確かに『ロミオとジュリエット』と『トワイライト』の延長線上にありそうだ。
ふんだんに使われているにも関わらず、なぜか「-gender」のキーワードで排除されていない。しっかりしてくれ、Googleアラート。
ジャンルは評論。ジェンダー批評がメインか。
組み合わせた累積的な知識プロセス
五件目。
原題:Combinative Cumulative Knowledge Processes
掲載:何かのarXiv
著者:Anna Brandenbergerを筆頭著者として、四名
ジャンル:情報科学
zombieの単語は"zombie node"(ゾンビノード)という文字列で出てくる。論文をざっと見た感じでは情報科学のジャンルらしいので、不要になったノードがそのまま生き残ってしまうとかそういう話なのだろう。ほかにも何かの変数として"Zombie"を使っているようだが、わからない。
検索条件1-3の差分(差分なし)
「DDoS/botnet」と「viability/biolegend」で検索結果に差異が生じるか調べる。
今回は差分がなかった。
検索条件4と5「zombie -firm -philosophical / consciousness」
上記の条件で誤ってねらいのゾンビ論文を取りこぼしていないかチェックするために、こちらの検索結果もチェックしておく。ただし、ゾンビ企業と哲学的ゾンビは意図的に取りこぼすこととする。
また、哲学的ゾンビのみを排除するには「-philosphical」(哲学的な)と「-cousciousness」(意識)のどちらが良いかを探るために、検索条件の4と5を比較する。
前者は哲学的ゾンビが英語でphilosophical zombieとつづることから、後者は哲学的ゾンビが人間の意識の有無に注目した概念であることから、それぞれ排除可能と想定している。
今回は、どちらも検索条件1-3との差分が二件だった。ただしその内訳は、共通する論文が一件で、残りの一件は検索条件4と5で異なるものだった。
ゾンビ・アポカリプスとグローバル資本主義の危機:階級、不安定労働、環境
原題:Zombie Apocalypse and the Crisis of Global Capitalism: Class, Precarious Work, and Environment
掲載:Journal of Contemporary Asia
著者:Khorapin Phuaphansawat
ジャンル:評論
「-gender」か「-viability」で排除されたものと推測。検索条件4のみにヒットした。
「消費主義と資本主義」を批判するロメロのゾンビ映画に続き、アメリカ以外で作られたゾンビ映画から「消費主義と資本主義」の危機を読み取る記事。紹介されている映画は2009年のタイ映画の『バンコック・アドレナリン!!!』(IMDb)に2016年の韓国映画の『ソウル・ステーション パンデミック』(IMDb)、2017年のオーストラリア映画の『カーゴ』(IMDb)。
主張が分かりやすく書かれているのは、アブストラクトの次の文章。
労働者と資本主義・消費主義に関する論文であるから、「労働者しての意識」とか「我々の差別意識」とか、そういった文言があり、ゆえに「-consciousness」で排除されたものと想像する。
量子古典フロンティアのゾンビ猫: 分子における量子コヒーレンスのウィグナー・モヤルおよび半古典限界ダイナミクス
原題:Zombie Cats on the Quantum-Classical Frontier: Wigner-Moyal and Semiclassical Limit Dynamics of Quantum Coherence in Molecules
掲載:Cornell University arXiv
著者:Austin T. GreenとCraig C. Martens
ジャンル:物理学
「-philosophical」で排除。ただし、哲学的ゾンビに関する論文ではない。検索条件5にのみヒットした。
zombieの単語は"zombie cat"(ゾンビ猫)や"zombie state"(ゾンビ状態)といった文字列で出てくる。いわゆる「シュレディンガーの猫」という「生きている状態と死んでいる状態が重ね合わせられた」猫があるが、「生きている状態と死んでいる状態のちょうど平均の状態」をとる猫をゾンビ猫と呼んでいるらしい。
専門的な話をすると、いわゆるシュレディンガーの猫は量子力学的な「とびとびの値」を持つ猫であり、後者は古典力学的な「連続的な値」を持つ猫である。
philosophicalの単語は次の文章で出てくる。量子力学の解釈を哲学的視点だと思ったことはないが、そう思う人間もいるらしい、と。
ゾンビ猫を表す図1がかわいい。
また、以前にもゾンビ猫に関する論文は扱ったことがある。あとで読んで比較したい。
まとめ
検索条件1-3は評論が二件、教育学、情報科学が一件ずつだった。また、検索条件5に興味を引いた物理学の論文が一件あった。
評論に情報科学。前者は興味こそあるが、ゾンビとは異なる観点からの興味なのであまり立ち入りたくない。後者は意味がわかったためしがないためそもそも立ち入ることができない。教育学は久しぶりのSZRモデルと思いきや、ゾンビを扱う初歩以前の話であった。
一方で、ゾンビ猫には非常に興味を引かれた。量子力学にはちょっと詳しいため、面白半分のネタとして扱われるシュレディンガーの猫には歯がゆい思いを感じていた。しかし、今回の論文で出てきたゾンビ猫は量子力学と古典力学をつなぐ架け橋として機能し、その結果としてシュレディンガーの猫への物理的な理解が進むのではないだろうか。大変興味深い。
だが、今回はねらいの論文がなかった。