短編小説|フラミンゴおじさんは死んだ
少年がフラミンゴおじさんにはじめて会ったのは、朝から雨の降っている日曜日のことだった。おじさんは森の中でグリズリーベアとインディアン・ポーカーをしていた。少年はその時のことを今でもはっきりと思い出すことができる。でも、フラミンゴおじさんは死んだ。少年はホットミルクをすすった。
少年はよくフラミンゴおじさんの小屋を訪ねた。ある雨の日も、少年はこっそり家を抜け出して、フラミンゴおじさんのもとへ向かった。おじさんは雨に濡れた少年を暖炉の前に座らせ、一杯のホットミルクをあげた。「ねえ、おじさんはどうして森にすむの」と少年が問うと、おじさんは難しい顔をして、何も言わずにグリズリーの頭にレモン汁を搾りかけた。
フラミンゴおじさんの手は大きくてごつごつしていた。「まるで木だ」少年はよくそう思った。おじさんの手は斧もナイフもフライパンも握った。そうやって森での暮らしを成り立たせていた。そして時々、その手は鮮やかな黄色いレモンを握り、グリズリーの頭の上に持っていって搾るのだった。
ある時、少年がおじさんを訪ねて小屋の前まで来ると、中から話し声が聞こえた。おじさんのところに人が来るなんて意外だなと思って、耳をそばだててみると、どうやら口げんかをしているようだ。しばらくして、おじさんの怒鳴り声が、静かな森に響いた。
「おじさんが怒った」
少年はそのまま走って家まで帰った。
おじさんはなぜ怒っていたのだろう。だれと話していたのだろう。少年はずっと考えていた。でも、小屋を訪ねるのは気が引けた。怒っているおじさんを見たくなかったのだ。そのうち、街の人々の間に噂が流れた。「フラミンゴおじさんが死んだ」
少年はいてもたってもいられなかった。でも、本当のことを知るのが怖くて小屋を訪ねることはできなかった。そのまま数日が経った。日曜日、雨が降った。
「今しかない」そう思うと少年は森の中へ駆けていった。何度も訪ねた小屋の扉を開ける。そこにフラミンゴおじさんはいなかった。ただ、グリズリーだけが、いつもと同じに座っていた。少年の頬を涙がつたった。グリズリーも泣いていたと思う。少年はテーブルにあったレモンをつかむとグリズリーの頭の上に持っていき、思い切り搾った。おじさんがしていたように、そうせずにはいられなかったのだ。泣きながら最後の一滴まで搾り出した。搾り終えると、部屋には雨の音だけが響いていた。
しばらくして、グリズリーはのそっと立ち上がって、そのまま小屋の外へと出ていった。雨の中、ゆっくりと歩いていくグリズリーの後ろ姿を少年は見送った。グリズリーは森へ帰っていった。少年はひとり、小屋の中で泣いていた。
その後、少年はフラミンゴおじさんにもグリズリーにも会うことはなかった。小屋を訪れることもなかった。ただ、雨の日にはいつも彼らのことを思い出す。そしてホットミルクをすするのだった
(おわり)
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