砂漠で生きる

一人生活ユニットです。主に短篇小説を書いています。

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マガジン

  • シノイキスモス短編小説集

    フィクションです。

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短編小説|ベイカー

 エトーにとって、パン作りは趣味であると同時に、ある種の快楽を得る手段となっていた。たいてい週末の時間を使ってパンを焼く。小麦粉から自分の手で生地を作り、こねて発酵させ、成形し、オーブンに入れて焼く。シンプルな丸パンやフォカッチャから、八つ編みのずっしりした大物まで作った。パン作りのために、わざわざ家賃が割高なオーブン付きキッチンのある部屋を借りている。  パン作りは祖母から教わった。エトーの祖母も、週末にパンを焼くのが習慣だった。まだ幼かったころ、日曜日の午後に紅茶を飲み

    • 短編小説|バスタオル

       彼の部屋には、何度洗ってもにおうバスタオルがある。何枚かあるバスタオルのうち、一枚だけ。部屋干ししているからかもしれない。でも、他のバスタオルだって部屋干ししている。条件は同じだ。なのに、どうして。  とても疲れて仕事から帰ってきて、シャワーを浴びた後にそのバスタオルにあたると、彼は気分が悪くなる。どん底まで落ちこむ。他のバスタオルがあれば迷わずそちらを使うけれど、におうタオルしかないときだってある。体が濡れたままで風邪をひくよりは、臭くて気が滅入っても水滴を拭き取った方

      • 短編小説|フレー厶

         霧が立ちこめる港湾都市の一角。なだらかな坂になった通りに、白い西洋風の建物が並んでいる。そのなかでも特別年季の入った3階建ての地下、ひっそりと営業しているバーにぼくはいる。同じ丸テーブルには、一人の小柄な女性がいて、この人は横山さんといった。中学校の頃の同級生で、たしか一度いっしょに保健委員になったことがある。中学を卒業してからは、今日まで会ったことはなかった。昔と変わらないおかっぱ頭をしている。  ぼくの前にはグラスが置いてあって、泡のほとんど消えたビールが半分ほど残って

        • モデルナ製COVID-19ワクチン接種による副反応としての夢

           2021/10/6 15:10 モデルナ製COVID-19ワクチンを接種(2回目)  これはその晩にみた夢の記録である。  紫のライト、黒いテント  ぼくはマンションの一室らしい、それほど広くない部屋にいる。紫色のライトが空間全体を照らしている。 部屋の白い壁が、ライトに照らされて紫に染まる。安っぽいバーやナイトクラブのような怪しげな雰囲気。  部屋にはぼくを含めて6名ほどの人がいて、かなり手狭な感じだ。それぞれソファや椅子に腰かけたり、床に寝そべったりして、思い思い

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        短編小説|ベイカー

        マガジン

        • シノイキスモス短編小説集
          12本

        記事

          短編小説|INTERMISSION

           長い映画と同じで、長い人生にもインターミッションが必要だった。インターミッション者を満載した大型バスが、街のターミナルにたどり着いた。「ようこそ、幕間の時間へ」そんな文句の書かれた横断幕が掲げられているのを、トウジは車窓から眺めた。今までせわしなく何かが映っていたスクリーンが真っ黒になって、観るべきものがなくなったような日々が始まった。    実際の映画の場合、インターミッションの間にすることといえば、トイレに行くとか、ドリンクを買い足しに行くとか、煙草を吸うとか。でも人生

          短編小説|INTERMISSION

          短編小説|109の世界

           寝過ごしてあわててたどり着いた渋谷。待ち合わせたレストランはつぶれてなかった。それはおかしい。本当はあるはずだった。  しばらくレストランの前で待ってみても、彼女から連絡はなかった。スクランブル交差点まで戻ってきて、信号が変わって人々が歩き出した。駅の方に渡ると、いつものようにハチ公前に待ち合わせの人がたまっていたけれど、ハチ公の両耳がピンと立っていて、どことなく雰囲気が変わっている気がした。もう一度レストランへ戻ってみようと思って歩き出すと、スクランブル交差点から見える

          短編小説|109の世界

          短編小説|死人に口なし

          東京は住みやすい街で、仕事をするには最適だった。 地下鉄、スターバックス、やけに広い公園。 でも、2010年代の半ば、妻と話し合って引っ越すことにしたんだ。 大きなスーツケースに全財産を詰め込んで、バスに乗って南へ向かった。 南へ向かうにつれて、開け放たれた窓からハエが飛び込んでくるようになって、車内が騒がしくなった。 死の香りが強くなった。立ち込めていた。死者の世界だ。 椰子の木が揺れていた。太陽が照らしていた。 何を? 行方不明になったぼくたちの行方を。 死者のター

          短編小説|死人に口なし

          短編小説|ゴリラの木と入れ代わる

           窓の外を眺めていると、少し離れた丘の上に生えている1本の木が、ゴリラのように思えた。窓の外を眺めていたのは、ぼくの仕事が家の中でパソコンに向かってつまらない文章を書き続けることで、それよりも窓の外を眺めている方が幾分か楽しかったからだ。それで、少し離れた丘の上に生えている1本の木が、ゴリラのように思えるところまできてしまっていた。だってしょうがないじゃないか、仕事は本当につまらないし、その木は本当にゴリラに見えるのだから。風が吹くたびに無数の葉が揺れ動き、その陰影がゴリラの

          短編小説|ゴリラの木と入れ代わる

          短編小説|人類の絶え間ない沈黙

           彼女はAIで、この国の主要なソーシャル・ネットワークをクロールして、市民がネット上に発信する情報を解析するのが仕事だった。運用が開始されてから休むことなく、日に何十万件もの投稿を解析した。膨大な文字列のほとんどは、他愛のない挨拶、日記、ジョーク、詩、詩のようなもの。彼女にとってあまりに意味のない、情報の奔流。それらをかき分けて真実を求めていた。  ある夜のこと。相変わらず彼女は解析を続けていた。過去に幾度となく繰り返された、いつも夜だ。リアルタイムでネット上を巡回する彼女

          短編小説|人類の絶え間ない沈黙

          短編小説|壁と広場

           列車が街に近づくにつれて、車窓から見える風景の中に赤茶色の家々が増えていって、ついにはすべてが赤茶色になった。「これがマラケシュだよ」サミールがいった。ぼくはカサブランカで会ったトシさんが、マラケシュの街が赤茶色なのは、実は赤茶色の家以外建てちゃいけないって条例があるからだ、といっていたのを思い出していた。マラケシュの駅に到着すると、サミールは空腹だったので、ぼくたちは駅舎の2階にあるカフェでクロワッサンとオレンジジュースの遅い朝食をとった。隣の席に座っていたドイツから観光

          短編小説|壁と広場

          短編小説|くるしみPay

           上司に理不尽に怒られた仕事の帰り、コンビニに寄って夕飯を買った。レジで「くるしみPayで」と言うと、店員は「かしこまりました」と言ってレジを操作した。残高、14,080円。今日もよくくるしんだらしい。  クライアントに理不尽に怒られた仕事の帰り、コンビニに寄って夕飯を買った。やっていられない気分になって、缶ビールも買った。レジで「くるしみPayで」と言うと、店員は「かしこまりました」と言ってレジを操作した。残高、17,990円。今日もよくくるしんだらしい。  大学生だっ

          短編小説|くるしみPay

          短編小説|ユニバース

           朝、軽くジョギングに出かけようとして、スマートフォンで音楽を探した。聴こうと思っていたバンドの曲が見つからない。この間再生した記憶があるのに、検索しても再生履歴を探してもどこにも、1曲もない。配信停止になったのだろうか。しかたなく別のバンドの曲をかけた。  住宅街を抜けて、大通りに沿ってジョギングをはじめて、すぐに異変に気がついた。あたりがやけに静かだ。人が少ない、車も少ない。たまに鳥の声が寂しげに響いた。今日は何か特別な日だっただろうかと考えても、思い当たることはない。

          短編小説|ユニバース

          ヘリコプターとマーティン・スコセッシ、そして冷凍睡眠

           在宅勤務でずっと部屋にいる。朝、仕事の依頼メールがきていたけれど、やってもやらなくても人類にとって何ら意味のないことだったので、放っておいて本を読んでいた。  昼過ぎになると、家の上空にヘリコプターが飛んできた。ベランダに出て眺めた。最初は楽しかったが、3、4周同じところをぐるぐるまわっていたので気味が悪くなった。自粛中の人々の監視をしているのかもしれなかった。ぼくはマーティン・スコセッシのことを思い出した。  マーティン・スコセッシの2013年の映画、『ウルフ・オブ・

          ヘリコプターとマーティン・スコセッシ、そして冷凍睡眠

          短編小説|フラミンゴおじさんは死んだ

           少年がフラミンゴおじさんにはじめて会ったのは、朝から雨の降っている日曜日のことだった。おじさんは森の中でグリズリーベアとインディアン・ポーカーをしていた。少年はその時のことを今でもはっきりと思い出すことができる。でも、フラミンゴおじさんは死んだ。少年はホットミルクをすすった。  少年はよくフラミンゴおじさんの小屋を訪ねた。ある雨の日も、少年はこっそり家を抜け出して、フラミンゴおじさんのもとへ向かった。おじさんは雨に濡れた少年を暖炉の前に座らせ、一杯のホットミルクをあげた。

          短編小説|フラミンゴおじさんは死んだ

          大規模な夢の話

          巨大な隕石が地球に落ちてきた影響で、どうやら恐竜など太古の生物が復活してしまったようだった。ぼくは泊まっていたホテルの一室で、この危機をやり過ごそうとした。 ここは海外らしく、日本のsimは使えないし、ぼくはこの国のsimを買っていなかったし、ホテルはwifiもない安ホテルだったから、インターネットを使った通信をすることができなかった。 そこで、ホテルからそれほど遠くない鉄道の駅まで行くことにした。無料で使えるwifiがあったから。恐竜など太古の生物に襲われることよりも、

          大規模な夢の話

          中規模な夢の話

          大阪で開かれる経済的なカンファレンスに出席するため、新幹線に乗ることになった。ぼくには経済に関する知識はあまりないが、経済的なカンファレンスで気の利いたスピーチの1つでもして、会場をわかせるくらいの自信はあるのだ。 東京駅で待っていると、新幹線がやってきた。自由席だったから、座れるかどうか不安だったが、車内はガラガラで、ぼくは3列並んだシートの1番窓際に座った。出発してしばらくすると、新幹線はスピードを緩めた。渋滞しているらしい。原因はなんだろう?そもそも新幹線は渋滞しない

          中規模な夢の話