【Talk & Talk】 feat. Engames 杉木貴文さん 「Engames物語」 中篇
Saashi & Saashi の Saashi がゲストと自由にトークする企画「Talk & Talk」。今回のゲストは、2017年に富山でEngamesを立ち上げ、2020年9月に法人化をなさった「株式会社 Engames」のCEO 杉木貴文(すぎき・たかふみ)さん。
実に1年をかけて3度に渡り収録した超ロングインタビューは4万5千字超え!のボリュームです。2017年に彗星のように現れて以来、日本のボードゲームシーンを力強く全速力で駆け抜け、業界の推進力を増まさしめるご活躍を続けている杉木さんのお話は、これからボードゲームのお店を始めたい、ゲーム出版をやってみたい方には必読の「Engames物語」となっています。
圧倒的なボリュームのEngames回は、前篇・中篇・後篇に分けて一挙公開! こちらは中篇です。どうぞ。
『サグラダ』の輸入販売
Saashi Engamesとして、輸入販売の第一弾が『サグラダ(Sagrada)』に決まったのはどういった経緯だったんですか?
杉木 きっかけになったのは、うちの常連さんの女の子がいまして、その子が「『サグラダ』という綺麗なゲームがあって、それを何とかして手に入れたいな」と言ってたんですね。それはまだ2017年の7月の時点です。
『サグラダ』(画像提供:Engames)
Saashi 7月くらいから輸入販売を検討し始めたというのは、それがきっかけだったんですか。
杉木 そうなんです。その子が「何とかして手に入らないか」って言うものだから、そこからいろいろ調べ始めて「なるほどこのゲームは3月ぐらいにKickstarterで出ていて、それをバックした人はすでに入手できているゲームなのか」と知り、「一般発売するのはもう少し先の予定なんだな。アメリカのアマゾンではプレミアがついているゲームなんだな」とかいろいろわかってきて。
Saashi そこからパブリッシャーにすぐ連絡とろうと思ったんですか?
杉木 そうなんですが、その時点ではパブリッシャーのウェブサイトにはコンタクト先が載ってなかったんです。だけど、パブリッシャーのFacebookのページを見つけたのでメッセージ送ったのが最初ですね。
Saashi その時点ではまだ日本の他社は誰も手をつけてなかったんですね。
杉木 実際のところは、どこか他社さんのどこかも検討されているところもあるにはあったみたいですけど。
Saashi その時点で話題になったゲームでしたから、そういう話はいずれあったでしょうからね。で、結果的にはEngamesで輸入する運びになったと。初めての交渉だったと思いますけど、スムーズに進んだのですか。
杉木 最初、Messengerで「『サグラダ』を仕入れたいんだ」と伝えたら海外の卸業者を紹介されて……。数量については、すごく少ない数から始めてみようと思って、小さい数量できいてみたんですよ。そしたら、その数量だったらディストリビュータを紹介するからそこでやってくれみたいな話になったんです。でもその業者に連絡とっても全然返事返ってこないんですよ。どこの馬の骨とも知らないと思われたのかもしれないですけど。でもそうしている間にも、日本での『サグラダ』のニーズがどんどん上がっていくのが見えてきてるし、その時点ではまだ他社さんもまだ手をつけてはいないのか、輸入もされてなかったし、日本語版の噂もまだ聞こえてこない。
Saashi ちょっと焦りますね。ディストリとの交渉が不調に終わったのは、向こうがやりたくなかったのかな。
杉木 たぶんそのディストリが、やりたくなかったんでしょう。
Saashi それで、版元のほうに再び話が戻るわけですね。
杉木 2ヶ月後くらいかな。9月頃、ぼくが仕入れたいと言ってた数字が相手には少なかったのかなと思って、思い切って4、5倍の数量を伝えたんです。ありがたいことにその時点ではEngamesとしての資金も増えてきつつあったし、『サグラダ』が欲しいというニーズが高まっていくのが見えたので、当初の4、5倍の数を伝えました。相手からは「その数量だったら次に印刷されるプリンティングから出せる」と返事があり、つまり中国の工場から直送するからそれでいこうという話になったんです。
Saashi おお、ようやく門戸が開いた。しかも中国なら近くて良かったですね。
杉木 そこはめちゃくちゃ調べました。そもそも『サグラダ』は中国生産と知って、輸入販売をやることを決めましたから。
Saashi ディストリビュータとやることになってたら、輸送経路もまた違っていたかもなんですね。
杉木 そうなると、きっとアメリカからの輸送でしたね。
Saashi 『サグラダ』の出版社は、それまで日本の会社と取引していたところなんですか?
杉木 いやゼロでした。そこも調べました。いま海外ですごい話題になってきてるけれど、日本ではまだ埋まめられていないピースというのが、その時は『サグラダ』だと思ったんです。いまがそれを埋めるタイミングだと。
Saashi Engamesの基本戦略「埋められていなかったピースを埋める」ですね。文脈の守護者の片鱗が徐々に現れてきました。
杉木 パブリッシャーには「12月2日に日本でゲームマーケットというイベントがあって、そこで『サグラダ』を売りたいと思ってる」という話をしたんですね。その交渉を9月から始めて10月末に決まりました。
Saashi おお。ということはエッセンに行っている最中にも、そういう交渉を続けておられたんですね。卒業旅行中なのに大変だなぁ(笑)
初めての国際輸送
Saashi それで国際輸送のお話になりますね。
杉木 11月に支払いを済ませて、11月末にはものは届いたんですけど、初めての輸入だったので大変でしたね。
Saashi タナカマさん回に続きTalk & Talkの恒例、パブリッシャー兼ショップの「初めての輸入」のコーナーですね(笑)
杉木 タナカマさんの回と似た話になるかもしれないですけど(笑) ぼくも今でこそフォワーダーと呼ばれる輸送専門の方々とやりとりしていますけど、あの頃はまだそんな存在すら知らないというような状態でしたので、完全に現地の工場側の手配に任せるという感じてやってもらいました。
Saashi ともかく荷を日本の富山のEngamesまで届けてくださいと。その頃、倉庫は契約されてたんですか?
杉木 倉庫の契約はまだしてなくて、Engames自体が倉庫兼お店みたいなものでした。少しはスペースがあるしということで。
Saashi お店のフロアに置く感じだったんですか?
杉木 そうなんですけど、実際に物が届いたら、どこに置けば良いかもわからないような状態でした。後日、向こうから「B/L」という書類が届いて、一体それがなにを意味して、なにをどうすれば良いのかわからない。幸い日本側の輸送を担当してくれた会社(中国の工場が手配した中国の輸送会社の日本代理店)から連絡がきて「B/Lという書類届いてないですか? それはわたしたちが荷物を引き取るために必要なものなので、そのための情報をください」と言われて、「ああ、こういうやりとりをするんだぁ」と知っていった。
Saashi 初めて尽くしで、知らないこと、わからないことだらけだから大変ですよね。今のぼくたちもそれやらなくてはなので、人ごとではなく聞こえます……。
杉木 とりあえず輸入の手配だけは取れて到着するわけですが。「2パレットで届きますよ。降ろせますか?」と聞かれるわけです。
Saashi 受け取り時に「フォークリフトありますか?」と(笑)
杉木 「ないです」(笑)「じゃあ、どうするんですか?」と言われて。まあ、でも人力で下ろせなくもない量でしたから、タナカマさんの時のお話に比べれば、それはまだ良かったんですけど。でも、70カートンがパレットに載ったウイング車が店の前に入ってくるわけです。
Saashi 店前の道にウイングのトラックが入る空間はあったんですね。
杉木 一応……ウイング車を停めて対向車も通れるくらいの幅はあったんですけど、そのために端に寄せるとウイングが開かないということになって(笑)
Saashi 寄せすぎてウイング開かない!
杉木 なので、ウイング車なのにウイングは開かせずに、後ろの扉を開けて人力で運び出すということになりました。
Saashi その時は、杉木さん以外にも人手はあったんですか?
杉木 その時、お店を手伝ってくれていた「かんちゃん(北野栞菜・現在はunion talesとしてご活躍中)」という女の子が一人だけいたんですが。
Saashi ああ、かんなさんですね。でも荷下ろしを手伝えるような男手はその時は杉木さん一人だけ?
杉木 そうです。なので運転手の方と二人でしたね。台車も何もなかったので、パレットにシュリンクでグルグル巻きにされているカートンをまずカッターで切って、カートンを1個ずつ取り出していき。
Saashi 運転手さん的には「勘弁してくれよ」という感じだったのでは?!
杉木 でしょうね(笑) 「なんでこんなところの配送に当たってしまったんだろう」くらいのものだったかと思いますよ。
Saashi ウイングを開けてフォークリフトがある届け先なら、ものの数分で終わる仕事でしょうからねぇ。運び入れたあとはどうだったんですか。
杉木 うちの店ちょうど1坪分の畳のスペースがあるんですが、そこは普段は炬燵を置いて座敷みたいになっているんですけど、そのスペースを潰してカートンを山積みにするということにしたいんです。ボードゲームカフェとして見れば、ちょっとありえない光景ですよね。段ボールの箱の山が座敷を埋めているというのは。
うまくいったら次にやれることが開かれる計画性
Saashi 杉木さんは計画をよく練って実行されているイメージを持っていたんですが、お話を聞いていると、長期計画の通りに進めているというより、わりと思ったらすぐ行動に移すタイプみたいですね。
杉木 「もしこれが仮にうまくいったならば、その次にはこれをできるだろう」という考え方で、そのための事前準備をしている感じです。
Saashi 今やってることがうまくいった場合の「未来にやること」というイメージは持っているけれど、もしうまくいかなかった場合の「未来にやること」というのは、代案は頭の中に用意されてるんでしょうか。
杉木 それはないですね。たぶん、そうなったら暇になってしまって「次何をしようみたいなぁ?」となりそうですね。
Saashi なるほど、うまくいかなかった時のことまでは想定には入れてないわけですね。考えてそうな印象があったんですよ。「ふふふ、すべてのパターンはすべて想定済みだ」みたいな。
杉木 そういう意味では、未来にやりたいことをイメージして決めてることもあるんですが、そこから削るイメージかもしれないですね。10個やりたいことがあって、うまくいかなかったらそれを5個にしていくというか。規模を縮小する。それでもしほんとにイメージ通りにうまくいったら、広げていく。たとえば9月に『サグラダ』を輸入することが決まり、12月にゲームマーケットで販売して、もしそれがすごい速いスピードで全部捌けたならば、もう一度『サグラダ』を輸入して売るだろう、と考える感じです。
Saashi トントントンとうまくいくパターンのイメージですね。
杉木 はい。それもまたうまくいったら、そこである程度のお金ができるはずだから、じゃぁそれを使って「次に何をやる?」となると考える。その先は、ローカライズ(海外ゲームの日本語版の出版)だろう。仮に『サグラダ』の階段を2段昇れる(2回の輸入販売が完売)としたら、前段階として10月のエッセンの会場には自分は行っておかないとダメだろうと考えたわけです。
Saashi なるほど、「うまくいってる場合の自分」にとってふさわしい行動と場所、そこに寄せていくイメージですね。ローカライズの対象として考えたのは『サグラダ』だったのでしょうか。すでにご自身で数百個の輸入販売をして、その後すぐにそのゲームの日本語版を出版してまた売るというのは勇気が要りそうですけど。
杉木 ああ、ローカライズをするということで頭にあったのは、『サグラダ』の日本語版ではなかったんです。
Saashi 『サグラダ』の輸入販売で得た資金を元に、「別のゲーム」のローカライズをしようと考えたということですか。
杉木 そうです、そのローカライズをして、それもまたうまくいったら、そのあとで『サグラダ』の日本語版の制作に入るかな、という感じです。
Saashi なるほど、さらに資金を得たあとでなら『サグラダ』日本語版に取り掛かれるだろうと。挑戦とリスクヘッジ、さすがですね。
杉木 そういう意味ではたぶん3つ4つくらいのローカライズをした先の、時期としては1年後とか1年半後のプロジェクトになるかなという感覚で『サグラダ』のローカライズのことを考えてましたね。
『サグラダ 日本語版』
(画像提供:Engames)
Saashi 実際、輸入販売した際の『サグラダ』の売れ行きはすごく良かったんですよね。それはだいたい予想した通りの売れ行きの速さだったんでしょうか。
杉木 自分が思っていたよりも全然速かったですね。
Saashi 初めての輸入ということもありますし、実際に仕入れる数量を決めるのも難しいものだったとは思うんですけど、そのあたりはどうやって決めていったんでしょうか。
杉木 お店を開店してから4月、5月と営業してみて、なるほど日本でボードゲームというものはどれぐらいの数が生産されているんだとか、それぞれどのくらいの部数が刷られて、それが何ヶ月で売れるものなのか。だから月平均で何個ぐらい売れていくものなのか、ということを知っていたのが大きかったですね。
Saashi 丁稚奉公の小僧が一から学んでいくみたいな感じですね。
杉木 そのあたりのリアルな数字っていうのは、実際にお店をやってなければわからないことなんですけど、実際やり始めたら、わりとすぐわかるようになってきました。
Saashi 杉木さんがローカライズ出版からではなく、輸入販売から始めたのは、資金的な理由が大きかったですか?
杉木 正直資金的な理由が大きいですね。元手から考えて、まずはインポート事業からスタートしようかと。
Saashi その時、もし大きな元手があったら、できるならローカライズをやっていましたか?
杉木 う~ん、たぶんそこまでの勇気はなかったと思います。もし初めの段階で3倍4倍の元手があったとしても、『サグラダ』以外に3つか4つの別ゲームの輸入販売をしていたんじゃないかなと思います。その時点では、ローカライズに対する知識があまりにも少なかったから。
初めてのローカライズ出版に向けて
Saashi 『サグラダ』の輸入販売の成功によって得た資金を、何に投入するのかということですが。
杉木 次に資金を投入する先はやはり「別のゲームのローカライズだろう」となったんですね。そのプロジェクトを11月からスタートするつもりならば、10月の時点ではエッセンに行って、それなりに真剣に会場でゲームを見てこないといけないだろう。ということで行ってきたんですね。そのあたりのことを思い描いて、いろいろそれまでに、ニューゲームズオーダー(NGO)さんのブログやテンデイズゲームズのタナカマさんのラジオとか書かれたものとか、めちゃくちゃ読みまくってました。
Saashi 情報収集をして規模感を測るというか。
杉木 規模感ですね。「ローカライズってミニマム1000個なんだぁ」とか知っていく感じです。
Saashi さっきは輸入販売の数量でしたけど、今度はまた日本語版の生産ともなると、単純な輸入とは違って、いよいよ具体的な数の適量とかわかりづらいものだと思うんですが。これも分析でどうにか数字を出せるものなんでしょうか。
杉木 前提としてEngamesで小売をやってたのは本当に大きかったんです。カートン単位で発注かけると、カートンにマーキングが記載されてて、その辺の数字を見てきたことで得た感覚っていうのがあって。
Saashi 段ボール箱に印刷されている記載情報を見るんですか。
杉木 その記載から「このゲームは全体で1000個刷ってるんだ」とかわかるものも中にはあるんですよ。
Saashi 一流スパイのような情報収集能力ですね。それを元に分析と計画を練るわけですか。そうして杉木さんがエッセンから戻ってきたら、中国から『サグラダ』が届いて、和訳付き輸入版として売り出す12月のゲームマーケットを迎えて、首尾よく終わりました。
杉木 ゲームマーケットが終わり、『サグラダ』の在庫もすぐなくなりました。
Saashi うまくいったほうの未来の到来ですね。
杉木 このペースで全部なくなるのだったら『サグラダ』の「輸入販売はもう一回転いけるかも」という読みは当たっていたな、と思いました。実際にもう一回転いくとして、このままの勢いを持続できれば、きっとそれも成功するだろうから、その先の1月か2月になったらある程度の資金ができるだろう。じゃあ、それを投入してローカライズができるかもしれない。それならば「どのゲームの日本語化をすれば良いのだろう?」という具体的な選定に入った感じでした。
ボードゲームカフェの経営
Saashi いまのところ、少しのカフェのほうのお話は出てきてないですけど、Engamesのボードゲームカフェの営業はうまくいっていたんですか?
杉木 ボードゲームカフェは正直なところ、赤くもないし黒くもないという感じでしたね。
Saashi それほど忙しくはなかったから、時間的にも出版事業のほうに割けることができていたと。
杉木 そうですね。正直、カフェの店員として自分が一日そこに居るだけなら退屈だろうな、と思うくらいの(笑)
Saashi お客がいない時はPCで出版の仕事をしててちょうどいいくらいの感じですか。
杉木 そんな感じです(笑)
Saashi 杉木さん自身の時間の掛け方の比重というのは、ボードゲームカフェ開店当初はもちろんカフェだけで、そこに輸入ゲームの販売というタスクが増え、そこへローカライズのプロジェクトも加わって、だんだん出版事業に時間を使う割合のほうが大きくなってきたんですね。
杉木 そうなってますね。Engamesの店舗での販売のほうは、開店当初は富山にゲームの買える店ができたということで買いに来ていただけていて、そこからだんだん落ち着いてきて、でもまた再び伸びてきているのは感じてますね。
Saashi 一般的にゲームを遊ぶ層が増えている感じでしょうか。
杉木 パーティゲームとか軽めのゲームを買っていただくことがものすごく増えていて、そういった層が増えつつあるというのは実感していますね。
後発パブリッシャーとして
Saashi ローカライズにチャレンジしようと思った杉木さんが、NGOやタナカマさんの発信されていたこれまでの情報で触れられるものを摂取して勉強されたということですが、立場としてはめちゃくちゃ後発じゃないですか。日本のスモールパブリッシャーの後発として、なにかご自分の色というかEngamesとしてのキャラクターはどのようにお考えになってましたか。おそらく先ほどの「文脈の守護者」という理念は当然関わってくるだろうとは思いますが。パブリッシャーとして、先人と同じことやってもダメだろうし、たとえばテンデイズさんにしても、いまのテンデイズゲームズという既存のものがまったくない状態から歩みを続けられてそれが「テンデイズの道」になっていったのだと思うんです。つまりタナカマさんの前にモデルとしてのタナカマさんがいたわけではなく、タナカマさんなりにやられてきたことが「テンデイズのタナカマさん」になっていったということだと思うんです。そこで「Engamesの杉木さん」としての道のりの方向性というのは、どういうふうにお考えだったんでしょうか。
杉木 出版をやるとした場合の「Engamesとしての個性」については、当時、手伝ってくれていた「かんちゃん」と一緒にすごく考えたんですよね。(PCを開いて)これですね。これがその時の「出版をするにあたっての理念」でした。
Saashi (手書きの書面を眺める)『ブランド目標』……「日本語化の期待が高いものを、高いクオリティで出版する」「お客さんは同じ目標を持つパートナー」。
杉木 欲してる人の期待に応える、ということですね。
Saashi なるほど。やはり一番最初の『サグラダ』の輸入の時に考えておられたことと同じなんですね。「あのゲームが欲しい」という人の期待に応えたいという。欲しいという希望と、届けたいという思いが合わさってビジネスになる。大きな意味での同好の士なんですね。
杉木 はい。ありがたいことにこのEngamesとしてのブランド目標「欲しいと思っているゲームをローカライズしてくれる出版社なんだ」というイメージは今国内のゲーマーのみなさんには浸透しているのかなと思えています。それが後発として……果たしてそれでテンデイズさんやNGOさんと完全に被らないで済むかと言えば、そうでもないかもしれないですけど。
Saashi NGOさんのイメージはブログの文章も、そして出版されるものも、少し教条的というか啓蒙的なところがある感じます。テンデイズのタナカマさんは、もっとセンスというか「自分はこう思ったけど、あなたはどう?」というスタンスなのかなとぼくは受け取っています。そうすると、杉木さんは、ユーザーに寄り添ってというか、同じゲーマーとして一緒に肩を組む感じなんでしょうかね?
杉木 どうなんでしょうか。悪く言えば、市場に迎合しているというか(笑)
Saashi 迎合ですか(笑) 「市場に迎合」と言っても、その市場はマスというわけではないじゃないですか。
杉木 そうですね、「ゲーマーの層」が欲しいという思っている中でですよね。
Saashi ボードゲームシーンの中では、かなりアーリーアダプタの層だと思うんですよ。わかっている好きな人たち、アンテナを張っている人たち、そういう方々と肩組んでる感じですよね。同じ目線になりたいというか。
杉木 売れるものを扱うというふうに見られる傾向というか。そう見る人も中にはいらっしゃるかもしれないですから。
Saashi でも売れる数量からすれば、そんなに大きな数が売れないかもしれないだろうものも扱っておられたりしますよね。すごく定価が高かったり、難易度的に難しいというものだったり。それは志を見せこそすれ、市場に迎合的とは逆だと思いますよ。
杉木 そういう意味では決して「売上だけ」を見てるわけではないんですけどね。ゲーマーの人たちが「日本語化して欲しい」と思ってるだろうな、とぼくが感じるゲームは入れるようにしているので。
Saashi だから杉木さんとしては、扱うゲームはご自分が「喜ぶゲーム」でもあるわけじゃないですか。そして同じように喜んでくれるだろうゲーマー層の顔も見えている。ご自分を含んだその層は確実に喜んでくれる可能性の高いものを扱いたい、ということですよね。
杉木 そうです、そうです。
Saashi ということは、それが後発としての「Engamesの色」になるんですかね。そこに集約してやってるスモールパブリッシャーはいないかもしれないですしね。
BGGのランキングを徹底分析
杉木 ぼくが最初のローカライズに挑戦する前段階でまずやったことは「徹底的にBGG(BoardGameGeek)のランキングを分析する」ということだったんです。
Saashi それは幾多のスレッドを読み漁るということですか? それとも個々のゲームのページを逐一見ていくのでしょうか?
杉木 個々のゲームのページですね。「もしこのゲームが日本にローカライズされるとしたらどのくらい売れるだろうか?」というのを思い描きながら、BBGのランキングを全部見ていくんです。
Saashi え、全部って尋常な数じゃないですよね?!
杉木 それを実際にやったんですと言うと「ほんとにやったの?」とか「そんなの無理だよ」と言われるんですけど、ぼくはローカライズの事業を始めるにあたって、2週間くらいかけて約11000個のゲームを実際に見ていったんですよね。
Saashi ランキングのトップから順番に全部を見て行ったんですか……。
杉木 そうです。もしそれらのゲームが「日本の市場に入ったらどれくらい売れるのかな?」というのを、全部ひとつひとつ予想していきながら。とりあえずは適当でもいいので考えて予想するんです。
Saashi 頭の中でのローカライズのシミュレートということですよね。それだけの数を見れば、まったく名前も知らないようなゲームもありそうですが、その場合は概要と画像だけ見て判断していったわけですか?
杉木 はい。そこにある範囲の情報だけでとりあえず予想していきました。ゲームデザイナーの名前、出版社名、感想もあればそれも見ます。そこで一旦弾き出す「日本の市場で売れる数」というのはとりあえずデタラメでも良いので予想していく。
Saashi 答えはないけれど、立て続けにそれを思考していくんですね。
杉木 答えはないんですけどね。頭の中を「出版すること」にピントを合わせていく作業と言いますか。
Saashi それはローカライズ出版した場合に「売れる予想数」ですよね? 輸入販売時の「入荷数」とか、出版する際の「出版部数」とかではなくて。
杉木 ローカライズしたとして、だいたい2年くらいの幅の中での売れる部数ですかね。
Saashi なるほど、2年間での累計で売れる部数を予測していくんですね。BGGのレートでのランキングって、たとえば8000位くらいのゲームくらいになると、思いのほかヘンテコなゲームもあるもので、それはすでに出版されたものなんだろうけど、「果たして500個も売れたのだろうか?」とか不安に思えてしまうくらいのゲームもザラだと思うんですけど……。
杉木 いやぁ、本当にその通りで。「これ日本に入れても50個売れるのかな?」みたいなゲームもありますよね(笑) まあ、そういうふうに全部予想していく作業をした中で大きかったのは、11000個のゲームの中ですでに日本の市場に入ってきているものも多くあって、先ほどのカートンマーキングなどの推測から「これが日本市場の中では何千部刷られているのか」はおぼろげにわかったりするので、それを元に考えることが可能だったということですね。
Saashi そのカートン記載の情報からの推測の場合、セカンドプリンティングの場合はどう考えるんですか? ややこしそうですが。初版、再版と覚えておかなくちゃいけないのかな。
杉木 セカンドの場合は、すでに一度初版のあとで「市場から一定期間切れていたかな?」を考えて判断します。自分が小売を始めてから見ている商品だったら、カートンマーキングが変わったタイミングはなんとなくわかるので。それをチェックしていれば「総部数はこれくらいだろうな」というのがわかるんですよ。
Saashi すごい解析能力ですよ(笑)
杉木 そういうことをしながら予測していくと、BGGのランキングの中でのいろんな数字的な指標と、実際の日本市場でどのくらい印刷され販売されているかという数字との兼ね合いが見えてきて、傾向みたいなものがさすがに読めてくるようになるんですよ。
Saashi それはちょっと杉木さんじゃないとできない分析だなぁ。そこから意外な事実も見えてくるんですか。ランキング上位だから売れているわけではないとか。
杉木 ランキングが上にあるからと言っても、「日本語化して販売してもそれほど売れるわけではないだろうな」というゲームも当然あったりします。
Saashi あまりの分析のすごさに呆気にとられましたが、それはあくまで「Engamesとしてローカライズする対象」を探しているわけですよね。なので、日本の出版社とすでに密接な繋がりのありそうな版元のゲームは避けるということもしていたんですか?
杉木 やっぱりパブリッシャーが被らないようにするために、そのたりもチェックしましたね。
Saashi すでに他社と付き合いのある間柄の出版社は手控えるということですね。
杉木 そういうことです。
『アナクロニー』
杉木 そうして候補をだんだん絞っていって、最初に「これをやろう!」と決めたのは『アナクロニー』だったということですね。
『アナクロニー 日本語版』
(画像提供:Engames)
Saashi またその選択もすごいんですけど。それは他社がまだ手をつけてなさそうだったのでしょうか?
杉木 その時点では他社はまだ手を出していないように思えたんですね。ゲームはまだ日本市場は未開拓状態で、あの出版社と付き合いのある日本のパブリッシャーもどうやらまだないようだと。
Saashi 11000種のゲームを見て、杉木さんなりに分析して、Engamesとして日本語版を出版すべき作品は『アナクロニー』だと結論が出た。その独自の指標を元に分析された結果なわけですが、とはいえ、その時点ではあくまで杉木さんの脳の中で弾き出した答えに過ぎないんですよね。
杉木 ぼくの中ではそういう見方をしていて出した結果で、その時かんちゃんも、どんなゲームをローカライズしたいかというのを一緒に考えてくれていたんですけど。
Saashi かんなさんも杉木さんと同じようにBGGのレーティング見ていったんですか?
杉木 彼女の場合はまた違って、おそらく自分の興味というか勘みたいなものだったかもしれないんですけど。彼女なりに考えた候補があって、そのリストの中でぼくと一致したのが『アナクロニー』だった。
Saashi すごい、しっかり一致するんですね(笑)
杉木 互いに候補を10個くらいずつ出し合って、その中に入っていたんです。
Saashi かんなさんはその時点でゲーマーだったのですか?
杉木 ぼくが4月にお店を始めて、5月のゴールデンウィークに初めてお店に来てくれて、気に入ってくれて、手伝ってくれるようになって、というところから始まっているので、そのリストを作成している時点ではボードゲームに触れてからまだ半年ちょっとというところでしょうか。
Saashi すごいな、それで「『アナクロニー』は日本で売れる」という意見がぴったり一致したんですね。
杉木 彼女はそういう見分けるセンスみたいなものがあるのかもしれませんね。少しあとになりますが『ペーパーテイルズ』をローカライズすることを言い出したのも彼女でしたので。
Saashi なるほど、センス・眼力があるんですね。話を戻すと、おふたりで意見が一致した『アナクロニー』でいこうと決まったんですね。
杉木 『アナクロニー』をやろうとは決めたんですけど、SNSで「『アナクロニー』をローカライズします」と発表したら、やっぱりザワつきますよね(笑)
Saashi ザワつきましたよね(笑) あのゲームやるのか!?と。そのザワザワ感は良い反応なわけでしょう?
杉木 はい。その反応があることがわかったので「Engamesのパブッリシャーとしての目標はおそらく到達できるだろう。この方向性は間違ってなかったはず」という確信を持つことができました。何作かをこの方向で出版していけば、Engamesの色は確立すると思うことができました。
Saashi 当時リストに挙げた10個のローカライズ候補というのはすべて新しいゲームだったんですか?
杉木 わりと新しいものでしたね。鮮度の高いもの。そこはそのアーリーアダプタ層に刺さるという意味でも「鮮度は大事だ」という判断です。少なくともリリースされたあと3年経ってると遅いという感覚でやってましたね。
Saashi 『アナクロニー』はコンポーネントも多くてビッグなゲームですから、実際に出版するとなると小型のカードゲームなどに比べて、作業量も資金的にもプレッシャーも生産管理の面でも、出版経験の第一歩としては相当に大変なプロジェクトになったと思うんですが。
杉木 正直なところ、そのあたりは舐めてたというか(笑)
Saashi 思ったよりもすごかった?!
杉木 やってみたら全然ひどかった……。
Saashi いままで輸入販売の経験のあったとはいえ、杉木さんにとって初めて日本語版の出版というのもあるし、内容物の多い大変なゲームですから、タスクも爆増したのだと思うんですよね。
杉木 そうなんですが、でも最初『アナクロニー』は輸入版として和訳を付けるだけで販売にしようかなとも話してはいたんですよ。でもローカライズするという話に途中でなっていって。
Saashi 「これはローカライズでいけるゲームだ!」と杉木さんの中でスイッチが入ったんでしょうか?
杉木 (PCを見ながら)でもいまメールの履歴を確認すると版元には「ローカライズをしたい」とメールでは始めから打診していましたね。10月にエッセンが終わったあと、1ヶ月考えて12月に打診してます。その間に。実際ローカライズするとなったら、いくつくらいの部数、予算はどのくらいかかるのか、とかを見積もったり調べたりしていたんですね。
出版部数を決める
Saashi 版元側の条件や最小部数とかもありますからね。
杉木 12月の時点では、版元の社長から聞いた最小部数に対して、ぼくは「ちょっとその数は現実的ではない」とメールで返答していますね(笑)
Saashi それでも数が多かった。「最小ロットでもきついっす」と答えた(笑)
杉木 1000部でしたけど、きついと答えてますね。
Saashi その数字はたぶんそれでも少なく言ってくれたほうですよね。
杉木 そうですね。それより少ない数を提示して聞いてみて、12月末でかかる費用も教えてもらってます。そして年明け1月のメールでは「やっぱり1000部でローカライズをやる」と送ってますね。
Saashi 「現実的ではない」から「やる」へ。年末年始で杉木さんの中でどういう変化があったんですか?
杉木 たぶん、その間に『アナクロニー』の海外での売れ行きとか、日本におけるこのゲームのニーズをすごい調べていたんです。
Saashi その分析の結果、「1000部いけるぞ」となった。そう言えばその12月というのは、杉木さんが『サグラダ』をゲームマーケットで初めて販売したあの12月なんですよね。その一方でそういう交渉を進めていて、いろいろ考えておられたわけですね。
杉木 そうですね。ゲームマーケットで『サグラダ』を売って完売して、そのあと仕入れた『サグラダ』もすぐに売れていくだろうというのも見えてきたので、資金的にもだいぶ用意できるなと思ったのもありました。
Saashi その資金を『アナクロニー』にぶっ込めると。1月に杉木さんがローカライズを決意して、実際に『アナクロニー』を日本で販売開始できたのは何月なんですか?
杉木 その年の9月ですね。その頃は、ローカライズのための製造期間がどのくらいかかるのか、とか、もうまったく知らない状態だったんですね。輸入の場合は、輸送のため期間だけなんですが、今回は印刷するための期間もいるわけですよね。輸入の時にしたって『サグラダ』で初めて輸入してみて「なるほど輸送って1ヶ月はかかるのか」と知ったくらいでしたから。もうローカライズのことはその時点では全然わかってませんでした。
Saashi ローカライズとなると、まず杉木さんのほうで日本語化のためのデータを作成しなくてはいけないし、その後は工場で製造して、最後に輸送するということですよね。すでに製品として完成品があってすぐ送られてくる輸入販売とはだいぶ違ってきますよね。
杉木 ぼくがその当時全然わかってなかった証拠に、1月の段階で「フルローカライズやります」と伝えた時のメールで「5月にゲームマーケットというイベントが日本であるんだけど、そこで『アナクロニー』の日本語版を売れるかな?」と聞いてるんですよね(笑)
Saashi 輸送するだけだったら充分可能ではあるけど、その時点では印刷もなにも、まだ入稿のためのデータ作成も始まってない状態ですよね(笑)
杉木 3月末までに印刷が終わっていれば輸送は間に合うかな、と思ってたんでしょうね(笑)
Saashi その時点では海外で『アナクロニー』は販売されていたんですか。
杉木 海外では売られていました。
Saashi じゃあ、もし日本語版のための印刷をするとすれば、次のリプリントを刷るタイミングに合わせて、ということになるわけですよね。
杉木 そうですね。その次の4版を刷るタイミングでした。その後、結局印刷した日本語版が9月に届いたというのも、いま思えば、タイミングが良かったほうなんです。版元としては、4月締め切りで製造をかけて、8月にプリントアップというスケジュールを立てていたんですね。それは昨秋のエッセンで集めたパートナーと1月2月くらいの間に契約を交わしておいて、4月にデータを仕上げて8月に仕上がるという日程なんです。そこにうちがスムーズに一緒に乗れたということだったんですが。そもそもローカライズのためのプロダクションがそんなに時間のかかるものだということさえ露知らず……。
Saashi 「5月に間に合う?」と聞いてしまった(笑) 輸入販売なら間に合う日程だと思ったから、それは仕方ないですよねぇ。
杉木 そもそも、他の国のパブリッシャーの分と一緒にまとめて生産するものだということも、全然知らなかったんですよね。
Saashi 前提条件として初めて尽くしですものねぇ。そうやって、知られざる真実を杉木さんはだんだん知っていったわけですね。
杉木 『アナクロニー』としての4版目、ワールドワイド版としては2版目となるタイミングでした。
Saashi その時点で版が多かったのは、最初がkickstarterだったからですか。
杉木 キック版がまず出て、すぐ2版がかかって、その後2017年のエッセンで売るために3版を刷っていたんですね。
Saashi その3版目がワールドワイド版としての1版目だったんですね。
杉木 そうです。それで次の4版目が、4月の締め切りだったんです。それで見積もりをもらって「ああ、製造って日程的にこんなにかかるんだぁ」と知って……。
Saashi 思ってたんと違~う、ですよね。
杉木 全然違ってた(笑) 向こうには「何にも知らないやつだな」と思われたんじゃないかな。
Saashi 9月に日本に届いたということは、それまでは売る商品がないわけで、資金回収的には杉木さんの中で算盤を弾いていた皮算用がその間成り立たなくなる危険はなかったのですか?
杉木 日程を知って製造費用のことも知るわけですけど。支払いの条件では最初に前金が要るとはいえ、あとは8月の刷った後の9月のタイミングで払えば良かったんですね。逆に言うと、9月の時点までは払わなくても良いので、ある程度のお金はちょっとプールできるな、と思ったんですね。
Saashi でもそれ、お金をプールしておけるのですけど、もしその間に別のプロジェクトにその資金を使って、何らかのトラブルで回収できなくなってしまったりしたらダメなわけですけど。
杉木 そうなんですけどね。まあ、その時点では「そのプールしたお金で別のものを仕入れて売ることができるなぁ」と考えたんですね。
Saashi 日本でのイベントとしては5月もゲームマーケットがあるから、そこで売るための別の方法を考える。そして9月に払う『アナクロニー』の製造費の分は、まだ払わなくて良いのだから、その前の5月に販売するための商品を仕入れる資金に回そうと。だんだん二刀流、三刀流になってまいりました(笑)
杉木 自転車操業のための自転車が並列で2台3台と増えてきた(笑)
Saashi 自転車の台数が増えても、漕いでるのは杉木さん一人なんだから大変ですよぉ。
杉木 そういう中で、出版や販売時期のタイムラグを利用して、そういうこともできるのかと学んだんですね。
Saashi ボードゲーム的ですね。「支払いは3ターン後か、2ターン使って別のアクションをするか」みたいな。
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