双極性障害者の日常
大人になるまで待たなければならないことがあった。
きれいな洋服を着ること。好きだった音楽に触れること。暖かい部屋で眠ること。もう何にもおびえなくていい暮らし。何も壊されない世界。
小公女セーラを繰り返し読んだ。ラストシーンは私の宝物で、最後の数ページはちぎって持ち出した。
セーラは、悪意に当てられて、ネズミのでる屋根裏部屋で暮らしていたけれど、最後には誰かがやってきて、屋根裏から連れ出してくれる。
この家から、この街から。この国から。大人になったら。大人になりさえすれば。呪文のように繰り返した。
大人になった。自分に与えられなかったものをかたっぱしから与えてあげた。学校、旅行、習い事。高級ハンドバッグもジュエリーも。あの時ほしかったバービードール。やってみたかった刺繍セット。読んでみたかった本もたくさん。見たいものを見せてあげるように、パリへ、ロンドンへ。
こんなにも大人になった。
大人になった私は、私はもうセーラのようにはなれないのだとわかった。
なにを手に入れても、世界のどこに行っても、いるのは今もあの部屋のように。私はもうすでにどこへ行っても死にたかった。
何をするにも、遅すぎることはないよと言う人がいた。
遅すぎることはあった。私の世界にはもう一滴の水もなかった。
涙と、喚き散らす声と、喉からこみ上げる酸味だけだ。
血縁を呪い、生まれた環境を呪い、自分自身を呪い、人を呪わば穴二つ。本当だ。からからに乾いた呪われた世界。
何にもおびえなくていい暮らしを夢見ていた。
昨日自分が犯した行動に脅え、薬をふたつ。眠れない夜に青い薬をまた一つ。
体中がかゆい気がしてかきむしる。緑のフィルムを剥がして、もう一つ。
嗚咽の代わりに薬をまた一つ。
ぼうっとするのは、泣くよりいい。
泣くとすっきりするよ、という人がいた。
起きている時間中、泣いてみてから同じことを言ってほしい。すっきりなんて訪れるものか。やってくるのは吐き気だけで、いくら吐いてもすっきりなどするものか。
自己嫌悪に体中が埋め尽くされて今日も死にたくなるだけだ。