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純喫茶リリー

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純喫茶リリーへようこそ。 ハートフルとは程遠い、ちょっぴりビターでダークなひねくれ律子のエッセイ。 懐かしいけどひとクセある日常を、毎話読み切りスタイルでお届けします。
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#日常

4. 二つの顔を持つ小熊さん /純喫茶リリー

純喫茶リリーの近くに、大きな会社の小さな支店がある。 そこに勤めている一人の女性が毎朝リリーにやってくる。 大きめのべっ甲のメガネをかけて、チリチリのパーマ頭、背が高くて細くて猫背。年は30代半ばくらいの小熊さんだ。 騒がしい店内に、彼女だけがぬぼーっと黙って入ってくる。 一言も喋らない。 目が覚めるような真っ赤な口紅と真っ赤なマニキュアを塗っているのに、その雰囲気はどこか薄暗く、まるで「話しかけないで」というオーラを全開にしている。 うつむいたまま、4人がけのテーブルの端

3. 栓抜きさん /純喫茶リリー

カランコロンカラン ドアが開き、ドアベルが鳴る。 「ママ、おはよう。ホットね」 近所の大工さんが一番乗りだ。 いつもコーヒー牛乳みたいな色をした作業着でやってくる。 細っこくて、日焼けしてまっ黒い。 顔の形が平べったくて顎が小さく、どこか栓抜きを思わせるような姿だ。 律子はこのおじさんを心の中でひそかに「せんぬきさん」と呼んでいた。 ちなみにこのせんぬきさんが、後に律子の家を建てることになる人だ。 いつもニコニコして、優しそうな顔をしている。 常連さんは何も

2. 純喫茶リリーの朝 /純喫茶リリー

純喫茶リリーの駐車場は、2台分しかない。 朝7時、そのうちの片方に赤いセダンが音もなく滑り込む。 降りてくるのは、もちろんリリーのママだ。 これでお客さんが停められるスペースは、あと1台分。 律子はいつも思う。 「ママ、何でお客さんより自分の車が優先なの?」でも、口に出すと「そんなもん、当たり前でしょ?」と返されるのがオチだ。 ママはカッカッカッとツッカケを鳴らして、鍵を差し込む。 ドアベルがカランコロンカランと響く。 この音、たぶん隣近所まで届いているんじゃないか、と律子

純喫茶リリー /純喫茶リリー#1

“石を投げれば喫茶店に当たる”——この辺りの地域はそう呼ばれている。 だけど、ここでも石を投げてもなかなか当たらない喫茶店がある。 それが「純喫茶リリー」だ。 大通りから一本奥の路地裏にひっそりと佇む赤いテントのお店。 外から見ただけじゃ想像もつかないが、店内は予想以上に真っ赤だ。 小さくてこじんまりとしているけど、いったん入ると、その赤さに圧倒されることだろう。 カウンターに4席、4人がけのテーブル席が2つ、3人がけのテーブル席が1つ。そして、一番奥の窓際に、昔ながらのイ