
3. 栓抜きさん /純喫茶リリー
カランコロンカラン
ドアが開き、ドアベルが鳴る。
「ママ、おはよう。ホットね」
近所の大工さんが一番乗りだ。
いつもコーヒー牛乳みたいな色をした作業着でやってくる。
細っこくて、日焼けしてまっ黒い。
顔の形が平べったくて顎が小さく、どこか栓抜きを思わせるような姿だ。
律子はこのおじさんを心の中でひそかに「せんぬきさん」と呼んでいた。
ちなみにこのせんぬきさんが、後に律子の家を建てることになる人だ。
いつもニコニコして、優しそうな顔をしている。
常連さんは何も言わずともモーニングセットなのだ。
それは暗黙の了解。
注文しなくても、席に着いたら自然と出てくる。
お客さんが入ってくると同時に、ママはまず温めておいたトースターにパンを入れる。
それからお水とおしぼりを出し、ウォーマーで温めたカップに淹れたてのコーヒーを注ぐ。 するとトースターが鳴る。
純喫茶リリーのモーニングトーストは、バター、ジャム、小倉から選べる。 そしてママは、誰がパンの耳を切って欲しいのか、誰がジャムが好きかを、聞かなくてもわかっている。
せんぬきさんはいつもバタートーストだ。
本間製パンの長い食パンを3センチほどの厚さに切り、トースターでチン。
常温で柔らかい大きな缶入りのマーガリンをたっぷり塗り、紙ナプキンを敷いた木のお皿に乗せて出す。
この辺の喫茶店のモーニングサービスは、コーヒー1杯分の値段で、トースト半分とゆで卵がつくのが一般的だ。
でもリリーは、まるっと1枚のトーストが出る。
その代わり、ゆで卵もサラダも何もつかない。
お得なのかどうなのか?
この近辺には他にもいくつか喫茶店があるので、モーニングセットの内容で行きつけが決まるのだ。
そして、その日の気分に応じて訪れる喫茶店を変えることもある。
せんぬきさんが店に入ってから2〜3分でモーニングセットが運ばれる。
それはスムーズな流れ作業だ。 律子はいつもカウンターの端っこの席に座って、そんなママのテキパキした動きをじっと眺めている。
せんぬきさんを皮切りに、次々とお客さんが入って来る。
途端にガヤガヤと賑やかになる。
早朝にやってくるお客さんは現場仕事の人が多い。
みんな急いでいるので、待たせるわけにはいかない。
次々にコーヒーとトーストを出す。
トースターが鳴り止まない。
これがいつもの、賑やかなリリーの朝の風景だ。

いいなと思ったら応援しよう!
