広島協奏曲 VOL.1 竜宮城からのお持ち帰り (1)
太古の昔、男達は自らの腕で船を漕ぎ、大海を渡っていた。
途中、港で待っていた物は、水と食べ物と酒と女。
命がけの旅の途中で出会う女は、女神である。
男にとって女とは、崇《あが》め奉《たてまつ》る神である。
(1) 吉原への船出
夏の名残りが色濃い、上野駅正面口タクシー乗り場。
濃い茶色のジャケットを着た男。身長は180センチ位、がっしりした体型。
客待ちをしているタクシー。運転手は携帯で競馬の予想アプリを見て、週末のレースの作戦を立てている。
男がタクシーの横に立ち、後部ドアの窓をコンコンと叩く。運転手が気付きドアーが開く。
「すいません。お待たせしました。」苦笑いで、一応謝る。
「すいませんね、お願いします。」見た目によらず、低姿勢な男。
男性が座席に座り、ドアーが閉まる。
「どちら迄、、、」
「え~、、、吉原まで。」男はすこし、はにかむ様に言った。
「ソープですか?」運転手、ニヤっとして確認する。
「え~、まぁ~」
「指定の店、有ります?」
「ありません、、、良い所ありますか?」
「色々ありますよ~」運転手はそういいながらタクシーを走らせ始めた。
「予算は如何ほど?」運転手は周りを確認しながら徐々にスピードを上げていく。
「良くわかんないんですけど、、、5,6万くらいで、、、」頭を掻き乍ら男は答えた。
「了解っ!」どうやら運転手はお店側から依頼されている様だ。「一見さんが居たらぜひ当店へ」。何かしらのキックバックがあるのだろうか。
夕闇が迫る上野から吉原までの道。浅草までのメイン通りから左折し、合羽橋を抜けていく。
観光客らしき人のあまり通らない中階層のビルや個人商店、住宅の間を走り抜ける。
「お客さん、、、出張ですか?」運転手がルームミラーでチラチラ見ながら聞いてきた。
「いえ、こう見えて20年東京に住んでます。全然、あか抜けてないすよね、、、俺。」自虐的に薄笑いする男。
「なかなかの男前ですよ、お客さん。まあ~今は地方よりも東京の方があか抜けてないかもしれませんよ~」
説得力の無い、良くわからない運転手の感覚。男は苦笑いを浮かべる。
10分ほど走ったろうか。吉原大門という信号のある交差点を抜け、とあるお店の前にタクシーは止まった。
「ちょっと、待っててもらえますか?お店に聞いてきますんで、、、。一杯だったら他所《よそ》へ行きますんで、、」
運転手が店の自動ドアの向こうに消えた。少しして自動ドアが開く。運転手が右手の指で丸を作っている。
運転席に乗り込み、「ここ、入浴料が2万、中で4万なんすけど、良いっすか?」
お店のあるビルの上の方を見た。ビルの壁面に明るく青く光る縦に長い看板に”竜宮城”と黄色い文字で書いてある。
店構えが割と豪華だ。店舗前に竜や虎、孔雀や亀。四神か?の彫刻らしき飾りがある。
「……なんか、良さそうですね。……ここにします。」男が運転手に告げる。
「じゃ、これ差し上げます。使ってください。」運転手はハガキ位の印刷された紙を差し出した。
『このパンフレットをご持参に方には、今なら入浴料 ¥5,000off ! 更に会員登録でいつでも ¥ 5,000off !!』と書かれていた。
「有難うございます。やった~」¥5,000off が妙に嬉しかった。
「どうもっ、、、1,200円になります。」
男は2000円を出し、「お釣りは良いです」と言ってタクシーを降りた。
お店の前には黒いベストを着た黒服と呼ばれるらしい男性が二人、出迎えてきていた。
店内へ案内され、待合室の椅子に座る。横の壁には顔写真がずらり。黒服が近づいてきた。
「いらっしゃいませ。ようこそ、竜宮城へ。お客様は当店は初めてですか?」
「あ、はい。初めてです。」礼儀正しい男。黒服がにやっと笑っている。
「お好みの子がいればよろしいのですが、、、あのパネルからお選びください。」と壁にある顔写真の方へ手を添えた。
「バックライトが消えている子は只今接客中でございます。お待ち頂く事も出来ますが、、、」
全部で12名。鯛、ヒラメ、ウツボ、イソギンチャク、おこぜ、イルカ、えび、アジ等など。右側の下から2番目の子が気になった。
美人ではない。でも可愛い。女優で言えば”趣里”さんによく似てる子。20代後半か?パネルは光っている。
「おこぜさんをお願いします。」いや、美人かな?この人。
「お客様、入浴料が2万円でございますが、パンフレットをお持ちでしたら1万5千となります。よろしゅうございますか?」
「はい。」男は、運転手からもらったパンフレットと、財布から15000円を出し黒服へ渡した。
「頂戴いたします。このパンフレットには会員登録の仕方も書いてございますので、ご確認ください。」とパンフレットを返して来た。
「それでは、おこぜさん、承りました。少々お待ちくださいませ。支度が整い次第、お迎えに参ります。」黒服が立ち去る。
俺、坂口健太、38歳。葛飾区にある東亜メカニカル㈱に勤務している。
広島県出身。高校卒業の18歳で東京に出てきた。
東亜メカニカル㈱は、健太の母の静子の叔父にあたる森本 猛《たける》が立ち上げた電子機器製造メーカー。
高校生3年生の冬、父の法事で一緒になり、高校出たら就職はどうすると聞かれ、「まだ決まってない」と言ったら、
「わしの会社を手伝え。いいな、静子、預かるぞ。」と半ば強引に就職させられた。
その頃は景気の良いころで、忙しかった。国内電機メーカーへ、ユニットとなる部分を作って納入する会社で資材に居た。
その資材には、渡辺さんという社長の片腕がおり部品の注文から在庫管理まで仕切っていて、色々教えて貰った。
その数年後、リーマンショックが会社を直撃する。国内電機メーカーからの注文が激減した。
社長は、取引の無かった他のメーカーをあちこち回り、スポット的に小さな仕事や量の少ない仕事を取ってきたが、仕事が減れば、従業員が減り、出来高も減り、借金だけが増えたそうだ。
就職して10年後、東亜メカニカル㈱は取引のあった国内電機メーカーの子会社になった。
東亜メカニカル㈱の負債(借金)を肩代わりして貰った代わりに、森本は社長を退き、会社の権利全てを引き渡した。
一時は55名居た社員も、残ったのは15名。継続雇用して貰った。
国内電機メーカーの50歳台になった社員や、やや難のある若手社員、客先とトラブった中堅社員、社内恋愛とか不倫とか噂のある社員。そういった人たちの出向先。
その人たちのトップが斉藤部長。社長は本社の事業部長が兼務している。
この斉藤部長も色々噂のあった人らしいが、興味が無い上に、本社出向組の社員とあまり仲良くないし、俺も好きに成れない。
理由は、元社長の森本さんが、石もて追われる様に会社を去り、その後の病気、入院、死去と続く中、東亜メカニカル㈱の対応に不満が募った。
会社とは無関係となった人とは言え、取引先の誰かが死んだ位にしか対応しなかった。
継続雇用となった15名が入れ替わり立ち代わりに世話をした。死んだ時には渡辺さんと俺が葬儀の一切を仕切った。
森本さんには子供さんもおらず、奥さんは昔、亡くなっていた。一人での旅立ちだった。お墓は母の実家、つまり森本さんの実家の墓所に入れて貰えた。
[竜宮城]
携帯でSNSとか見ていると「お待たせいたしました。」と若い女性の声がした。
声のした方を向くと、赤や青、黄色の薄い生地でしつらえた様な、そうそう、乙姫様の様な衣装の女性が三つ指ついて座っていた。
「おこぜと申します。よろしくお願いいたします。」正座のまま、手を膝の上に置き直し微笑んでいる。写真より可愛い、いや美人じゃないか。
「あ、はい、よろしくお願いします。」男は、また丁寧に答える。性格だろうか。
「それでは、どうぞこちらへ。」おこぜさんは立ち上がり、後ろにあるエレベーターの上がるボタンを押す。エレベーターが直ぐに開く。
身長は160位だろうか? 小さめの身体で、可愛らしい人だと思った。男は立ち上がり、おこぜさんに従う。エレベーターの中、おこぜさんと呼ばれる女性の良い香りがした。
エレベーターは3階に止まる。その階の一つのドアを開け中に入る。
「非常口はこの階の両サイドにございます。」おこぜさんは振り向きながら説明する。「ここのドアは、ロックできませんのでご了承ください。」
おこぜさんはジャケットを脱がしてくれ、ハンガーにかけ、プラスチックで出来た籠、いわゆる乱れ箱をテーブルとベッドの間に置き、「お脱ぎになったお召し物はこちらへどうぞ」と一言。
男は服を脱ぎながら、室内を見渡す。
入口のすぐ横にはトイレだろうか?真ん中あたりに低い座卓がある。左手にはベッド。奥にはバスタブと、銀色と青の混じった様なバスマットが壁に立てかけてある。
右手には壁にシャワーと床には椅子。黄金色にきらめく真ん中が大きくえぐられた様な椅子。そう、スケベ椅子がある。
ベッドの頭辺りの棚には、おこぜさんの趣味だろうか、フィギュアやマスコット、置物のようなランプなど飾ってある。
そのうち、一個に目が留まった。赤いユニフォームを着た水色の動物のようなマスコット。スライリーだ。
【広島カープファンか?広島生まれか?】
オコゼさんは、いつの間にか裸になっており、スケベ椅子をシャワーで洗っていた。
「お脱ぎになられましたら、どうぞこちらへ、、、」微笑みと共に俺をいざなっている。
男は、少し大きくなった股間の物をちょっと手で隠しながらおこぜさんのところへ行く。
「フフフっ、隠さないでも良いじゃないですか、、、」おこぜさんが笑った。
男は声をあげるでもなく、照れ笑いでスケベ椅子に座った。
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