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広島協奏曲 VOL.4 振り子 (7) 投稿 7 趣味人の妄想

 投稿 7 趣味人の妄想

 自宅に軽自動車の箱バンがあります。亡くなった父の愛車でした。
 私は私で軽ワゴン車に乗っています。まだ新車です。
 父の箱バンを処分するのが順当です。
 でも、私は軽ワゴンを手放しました。100万円以上になりました。(ちなみに貯金して現金で購入しました。JAの自動車ローンは使っていません。)
 それで私は、父の箱バンを改造する事にしたのです。
  余談 父の箱バンは売るとすると10万くらいだそうです。しかし死亡証明書が必要になるそうです。
  自分の車を売る時には、認印だけで済むそうです。楽なほうが良いやと思い、自分の軽ワゴンを手放しました。
  しかし、箱バンの名義変更の時、やっぱり父の死亡証明が必要と言われたので、面倒臭さは同じだったかもしれません。でも、手元に100万を超える大金が残ります。その嬉しさで手続きの煩わしさは消えました。

 軽箱バン車中泊をYOUTUBEで見て、嵌ってしまいました。
 動画の中では、キッチンやコンロ、ベッドをパイプや木で作り、寝るときはシュラフや毛布、布団。
 旅先のサービスエリアや道の駅で食材を調達し、それを調理してお酒を飲んでいます。物凄く羨ましくなりました。
 動画の中でその人たちは、キャンプ場で寝泊まりする時、車外で焚火もしています。朝日を見ながらの自分で豆を挽いて淹れたコーヒーは、さぞかし美味しい事でしょう。
 ある人は思い立ったように釣竿を取出し、釣り糸を垂れています。釣れなければ撤収。
 なんと言う贅沢な時間の使い方でしょうか。
 私はもう、一人です。危ないからと言って引き留める人はいません。全て自己責任です。自分で判断し行動します、出来ます。
 先ずは、クーラーボックスとカセットガスコンロ、片手鍋、寝袋の調達をしようと思いました。。

行先はホームセンターです。
 【あっ、、、翼君。釣りとかキャンプとかって言ってた、、、、どんな顔をすればいいん?】
 すっかり忘れていました。ホームセンターへ着いた時に思い出したのです。
 しかし、これからの私の人生を充実させるため、引き下がる訳にはいきません。真っ直ぐキャンプ道具、アウトドアコーナーへと行きました。
 そのコーナーは、サービスカウンターの前にあり、その奥に事務所があるようです。
 色々と物色していると、後ろから声を掛けられました。そうです、翼君でした。
 「青木さん、いらっしゃいませ、、、キャンプ道具ですか?相談乗りますよ。事務所に居ますんで、声掛けてください。」
 「あ。はい、、、」気の無い返事を返しておきました。でも何故か、脈拍が上がっていました。汗も出始めています。
 気を取り直し、先ずはクーラーボックス。氷、飲み物、食材、スイーツ、お土産で買う冷蔵品、、、と想像します。
 中には車のシガーソケットから電源を取るクーラーボックスもありましたが、バッテリーが上がって動かなくなるのを想像したら選択肢から外れました。
 台車取っ手付きの50リッターのものに決めました。水抜きもついています。出発前に板氷を入れておけば一日持つと思うので、これで良い事にします。
 カセットコンロや片手鍋、と思っていたら目の前にセットがありました。かなり小さめのカセットコンロとボンベ。これにします。
 一人用くらいの片手鍋と両手鍋、ステンレスのお皿やマグカップ、お箸とフォークナイフ、二人セット品。収納用の箱もついていました。これにします。
 
 最後に寝袋です。テントとかターフが置いてあるところに幾つかありましたが、どれも良い値段がします。
 どうしよう、、、と考えていた時、また後ろから声が、
 「寝袋は中空糸かダウンが良いですよ。空気を抜いて丸めて納めないと場所とるし、何より暖かくないと風邪ひきますから」翼君でした。
 「お勧めはどれですか?」ちょっと不機嫌そうに聞きます。照れ隠しです。
 「これは2重構造になっていて、薄い内側用とやや厚い外側用で、ダブルにして寝る事が出来ます。そんなに寒くない時期とか夏は薄い方を広げて、掛けて寝れますよ。
 勧めてくれたくれた寝袋の値段を見ると、、、8万円でした。
 【あ~、、、でも全部で10万かあ、、、まあ、良いっか。】
 「じゃ、それにします。あと、このクーラーボックスとこのセット。」
 「はい。ありがとうございます。御準備しますんでレジで精算お願いします。」

翼君は買った物を台車に乗せて、車まで持ってきてくれた。
 「あ、箱バンですねぇ、、、これでキャンプを?」
 「ええ、始めてみようか思うて、、、初心者じゃし、、、最低限のもんからおもうて、、、」
 「そうすね。初めは日帰りからした方が良いっすよ。夜、女の人一人じゃ物騒じゃし。」
 「あ、そうかあ、、、考えとらんかった、、、」
 「青木さん、、危ないっすよ。いきなり車中泊は駄目っすよ。するならちゃんとしたキャンプ場で泊って下さい。」
 「…はい、、、そうします。」
 「一緒に行って、色々教えてあげたいんすけど、休みが合わないっすよね。わし日曜休みじゃ無いけぇ。」
 「……そうですね。」ちょっと、ドキッとした。顔が赤くなったかと思いました。
 「ま、タイミングが合えばその内、一緒に行きましょう。」翼君が笑ってます。
 【い、一緒にキャンプ?、、、夜、一緒?、、、いやいや、そこまで言うとってんないがね】
 「ど、どうもありがとう。またいずれ、、、一緒に、、、、行きましょう。……私が慣れたら。」
 「はい。じゃ、ありがとうございました。」

ドキドキしながら家へと帰りました。晩御飯のおかずを買うのを忘れました。
 一人日帰り車中キャンプへの期待と、もしかすると翼君ともしかするかもと言う妄想をしながら、、、
 カップ麺とビールで祝う、趣味人デビューの夜でした。

 明日美のお祖母さんが亡くなりました。
 ここ十年くらい施設暮らしでした。
 お祖母さんは長い間、保育所の保母さんを務め、その後民生委員をしながら、養護施設や乳児院などを絵本の読み聞かせ等のボランティアを行い、80歳まで飛び回っていたそうです。
 非常に評判の良い方でした。
 そのお祖母さんの素を知っている明日美の家族や私の家族は、行く先々で話を合わせるのが大変でした。
 それはもう、罵詈雑言と言うのが的確な物言いでした。
 集落から出ると人が変わります。根っからの女優です。
 日頃のストレスを集落内で発散し、そうやって精神のバランスを取っていたのでしょう。
 明日美のお母さんが明日美を置いてでも出て行った気持ちも今は、理解できます。
 うちの母が何かと明日美を心配してたのも良く分かります。
 狭い集落内でも色んな人が居ます。ひと昔前までは、気に入らなくても助け合わないと暮らしていけなかったのです。
 そんな集落も、限界と呼ばれる地域になりました。

お祖母さんが亡くなった日に明日美の家に行き、家を掃除しました。おじさん一人の家の中は、いわゆるゴミ屋敷です。
 葬儀自体は、翌々日に火葬場の近くの葬祭会館で執り行われるので、家には親戚の方々しか来られないとは思いますが、普段から気になっていたので出向きました。
 あらかた掃除が終わりそうな夕方、明日美が帰ってきました。
 大学卒業後は、2,3年おきに明日美が帰ったり、私が東京へ遊びに行ったりして顔を合わせていました。父の葬儀には、忙しかったらしく当日帰って来て、葬儀が終われば、とんぼ返りでした。
 明日美は4年前に結婚しています。式に出る為行きました。東京タワーの真下の式場でした。
 
掃除したその夜は、明日美の家に泊まらせて頂いて、夜中までお話しです。
「私、離婚するの。もう、別居して一人で住んでるの。」
 「えっ、離婚?、、、何で、、、何があったん?」
 「……広島で援交してた事は話していたのね、結婚する前に。昔の事だからって、許して貰えてたの。
  それがさ、その時の相手の一人が本社の部長さんで、それで入社出来たかもって話したじゃない。
  その部長がさあ、、、読み会の席で私の事、話しちゃったらしいのよ。主人に、、、、
  機嫌が悪くなったのなんのって、、、、あの時許してくれたじゃな言っていってもさあ、、、
  部長が相手とは知らなかった。その愛人を入社させた。それが上層部に知れると、部長の明日はもう無い。
  折角、部長の派閥で上に行けると思ったのに。……て言うからさぁ
  『そこっ?、、、怒るとこそこっ?、、、自分の行く末なの?、、、そう言う事は秘密にしろって部長に言うとか、私の胸の奥にしまっておきますから絶対口外しない様にとか、、、考えなかったの?、、家族を守ろうと考えなかったの?』
  て喧嘩してさ、、、、離婚。 」
 「はあ~、、、後どうすんの?生活、、、」
 「うん、会社勤めの間中も、専門書の翻訳や映画ドラマの字幕の和訳のアルバイトしてたのね。そこに相談したら、もっと頼みたいって言って貰えて。どうにかなりそうなの。」
 「やっぱり、明日美じゃね。突破力が凄いわ。そんなんに密かに争よったうちは、恥ずかしいわ。ハハハ。」
 「争よった?、、、張り合ってたっけ?、、、知らなかったわ~。」
 「うちが勝手に思よっただけじゃし、追いかけとったけど追い付かんし、、、キャハ。初めてゆうたわ。」
 「そうだったんだ、、、ふ~ん、、、、追いかけくれてたんだ、、、そうだ。雪子も東京来る?、、、一緒に住んでも良いよ。一人になったんだし。」
 「……ううん、行かん。行っても何が出来るんか分からんし、ここならまだうちを必要としてくれとってじゃけぇ、、、こっちにおる。」
 「そう、、、私もこっちに帰る時、雪子がいるってなると、心強いな。でも、出てきたくなったら何時でもいいからおいでな。」
 「ありがと、明日美。」

それから、父の箱バンで日帰りの車中キャンプをし始めた事。いずれ泊りがけの車中泊、釣りを教えて貰う事など報告しました。
 誰から?という問いには、ホームセンターの人とだけ答えた。どうにもならないかもしれないし。

予想以上の参列者の多かった葬儀も終わり、明日美は帰って行きました。
 羨ましいとか妬ましいとか、僻みはおきませんでした。
 多分、自分自身に自信が着いてきたんだと思います。
 母も父も亡くなり、自分ひとりで生きていくんだと思うと、甘えるわけにはいかないし。
 妬みとか僻みとか、他人を羨ましがるのは、恵まれている証拠だと思うし。
 何事も自分で解決するとなると、感情は出来るだけフラットに、着実に熟すことが大切だと思うになったのだと思います。

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