愛をする人 (1)
愛をする人
目の前にいる亜希子がどうしようもなく愛おしくなっている。
再び会えるまでの想像中の亜希子、この腕の中にいる現実の亜希子、、、どちらも俺にとっては大切な存在。
【最後に愛する人、、、亜希子。】
すっかり冬模様となって街中が賑やかになってきた頃の、いつものホテルの一室。
亜希子と30数年ぶりに再開し、その間ずっと抱き続けていた思いを打ち明け、今の関係になって1年半が経つ。
連れだって繁華街を歩く事も無く、洒落たレストランや落ち着いた飲み屋で語る事も無く、公園やショッピングモールの駐車場で待ち合わせ真っ直ぐこのホテルへと向かう。
生まれ育った地方都市、自分は知らなくても相手が自分の事を知る他人は、想像より多い。
そんな他人が好む話に、燃料投下はしたくない。
そう話し合った事も無いが、そう思う二人だった。
女性の中へ入ると、それは暖かくそして柔らかい。
他のものでは味わう事の出来ない感覚でもある。
それへの執着が高じれば高じる程、好色家と言われるのだろうか。
それぞれが違うその感触を求め、幾人もの女性と関係を持つ男は、ヤリチンとかクズ男と呼ばれるのだろうか。
いずれにしても、それは相手の同意が無いと成り立たない関係だ。
特定の相手に与え続ける好意や金銭の多少も、関係するかもしれない。
生涯、目の前の一人だと決めた相手だけに求め続ける男がいる。
より多くの、違う感覚を求め続ける男もいる
どちらが良い悪いの話なのだろうか、人それぞれ、時と場合によるんじゃないだろうか、、、
ただ今の俺は、目の前にいる喜びの声を上げ首に手を回してくる亜希子に、、、それを求めているだけだ。
40年近く前の頃、、、
俺、健夫と亜希子との出会いは、中学生の時。
生まれ育った地方都市にあるその中学校は、二つの小学校からほとんどの子供が入学する中学。
入学したての俺には、違う小学校から来た女子は眩しく見えた。
同じ小学校の女子は、見慣れていたんだと思う。子供に見えてしまうし、どこかに身内の様な近さも感じていた様だった。
頭の中の女体が絡み合う浮世絵の様な12,3歳の男子は、笑い方一つ違う”女”の香りに股間を膨らませる日々を送っていた。
そんな中、ひときわ大人に近い体型だった亜希子。細身ながら制服のブラウスは、ボタンホールの間隔が広がって見える程、大人の身体に近かった。
気になる存在にはなっていたものの、好きとか付き合いたいとか何も分からない俺は、クラスで亜希子を見かける事だけで満足していた。
2年生に進級した頃、クラスの女子の間で亜希子が浮き始めた。
亜希子に対し、一部の女子があからさまに敵対心を顕わにして物言いもきつく、甲高い声が響き始めた。
対し亜希子は、その女子らには売られた喧嘩を買う様な事はせず、「ゴメン、、」と小さく呟きながらクラスから出て行き、しばらくすると授業に間に合うように俯きながら、戻ってくる。
亜希子と一部の女子の間で、いったい何があったのだろう。
周りに気を遣えない、女体で頭がいっぱいの男子では想像もつかない事なんだろうな、、、と俺は思考を停止させていた。
暫くして朝、クラスに入った途端に、悪友がこう告げてきた。
「亜希子はさあ、、、和美の彼氏を寝取ったらしいよ。高校生のヤンキーの、、、だから、和美が泣いて由香里が慰めて怒っちゃって、、、それで亜希子がイジメられたらしいよ。」
【寝取った、、、、、エッチした?、、、、、えっ!、、、、】
俺の頭の中の女体が蠢き始めた。
好意らしきものを持っていた俺は、亜希子が誰かと関係を持った、付き合ってるかもしれないと言う悔しさや悲しみなど湧かずに、、、、
【亜希子は、、、もうエッチしてる、、、、】
そう思ってしまった。
こんな時、『気にするなよ。』とか『男女とか恋愛ってそう言う事、あるんじゃない?』なんて、気の利いた事、言えれば良いのかもしれない。
今更ながら思うが、中学生男子に同年代の女子を慰めたり、元気づける事など思いつくはずはない。いや、できる奴は出来るが、俺には出来なかった。
万が一、それが言えたとしても的を得ているかどうか、相手にとってそれで良いのか、今の俺でも分からない。
それから暫くして、学校帰りの本屋で偶然に亜希子と会った。亜希子から声を掛けられた。
青年週刊誌、グラビアアイドル、袋とじ、、、、おかず用を物色中だった時。
「○○君?、、、、」
その声に俺は、慌てた。
手に持っていた週刊誌が両手の上で飛び跳ね、掴まれたくないと言いそうな意思を持った生き物になったかとも思った。
「あっ、、、あれっ、、、□□君、、、、、か、買い物?」
「えっ、、、まあ、、、」
俺の持っていた雑誌を横目に見て、恥ずかしそうに俯いたと思ったら亜希子は俺のすぐ横で、2種類の芸能雑誌を手に取り見比べ始めていた。
俺は先程の週刊誌を棚へ戻し、ギターライフと言う音楽雑誌をワザとらしく見始めていた。
「□□君って、ギターとかするの?」話しかけられた。
「あ、いや、、、、したいなっては思ってて、、、持ってないし、、、、でも出来れば良いなって、、、」
「良いよね。ギター、、、弾ける人、カッコイイよね。」
良い香りがした。
顔が赤くなるのが分かった。
股間が膨らんでくるのを悟られまいと、へっぴり腰になった。
亜希子は一冊の本を持ち、「じゃあ。」と一言残し、レジへと向かった。
「じゃあ、、、」
俺はそれだけ言い返し、何も買わずに帰った。
今夜のおかずは、、、、亜希子の香りになった。
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「離婚したのって、、、いつ?」
季節外れの暑さが続く日の午後。
纏わりつくような気温の外と違い、ホテルの部屋は涼しい。
ベッドにいる二人は、それでもじっとりと汗を掻き、先程まで激しかった行為の余韻に浸っている。
「3年前かな、、、、約束だったからね。」
「約束って、、、一緒になる時からの?」
「うん、子供が出来てその子が学校出たら、、、って。」
「好きじゃなかったのか、旦那さんの事。」
「う~ん、、、、なんて言えばいいのかな、、、、嫌いじゃなかったし、情も沸くし、、、、あの人なりに頑張ってくれてたから、感謝してるし、、、
一緒になる時、この人と添い遂げるとか、離れないとかって、全然思ってなかったし、、、」
「それでよかったのか?、お前は、、、」
「うん、元々嫌いじゃなかったし、丁度良い相手だったし、、、」
「付き合ってたんだ、、、ってか遊び相手だったとか、、、」
「遊んでたって言うか、、、自分が婿取りが嫌で不貞腐れてたし、、、、彼も恋愛対象でもないし、、、、今で言うセフレ?、、、懐いてくれてたからね。」
「子供でも出来たから?」
「ううん。子供は結婚してから出来た、2年くらいしてね。」
「婿入りの件、話してみたんだ、、、」
「うん、別れるつもりで、見合いの話もいくつかあったから、、、、そしたら彼って、別れたくない、でも結婚したくない、まだ遊びたい、私とは遊びじゃない、でも婿さんなんて俺には務まらないかもって、、、、
結局、あの人自身は独身でいて、あたしが結婚したとしても続けたいって思ってたらしくって、、、、男ってそんなもんよね。」
「その時、約束っていうか条件、、、出したのか。」
「そう。婿入りしても好きなだけ遊んでも良いよって、、、農業は私と両親でするし、、、子供を作って、学校出て働き始めたら、、、、自分の好きな様にして良いよ、、、って私から言ったの。」
「自分の本心だったのか、それって。」
「本心か~、、、分かんないよ、その時の自分って何をどうしたかったのかって、、、、結婚なんてしたくなかったし、でもしなくちゃいけないのかなとも思ってたし、、、
婿さんを貰うしか無いんだったら、相手は好きな様にさせてさ、、、、縛り付けちゃったって思わない様に出来ればなぁ~、、って、漠然とね。」
「自分を誤魔化してた、、、って事なの?」
「誤魔化してなんか無いわよ。あの家に生まれた以上、人並みな恋愛結婚は諦めただけ。人並みってどんなのか分からないけどさ。」
「……もし俺がその時に、、、亜希子の近くにいたなら、、、、、」
「何?、、、あの人が羨ましいとでも思ったの?」
「違う、、、羨ましくは無い、、、約束があったとしても、別れたりしてなかった、、、かもしれないって思っただけさ。」
「……嘘ばっかし、、、、まっ、どうでも良いけどね。それより、、、、もう一回、、、、しよ。」
目の前に、顎を上げ半開きの目と口が近づいてくる。
しっかりと見据えている俺の口が亜希子の唇を捉える。
柔らかい、、、、とろけてしまいそうだ、、、、唇と言わず鼻も頬も耳たぶも、、、、すべてが柔らかい。
【50を過ぎてるとは、とても思えないな、、、、亜希子は、、、、】