『短編小説』 関わる
『短編小説』 関わる
令和x年、5月初旬。
この街にある大学へと進学した娘を訪ねた帰り、俺はバスターミナルへとやって来ていた。
辺りはすっかりと夜の帳が降りていたが、長距離夜行バスの出発時間までには、まだ時間がある。
俺はターミナルの前にあるコンビニでコーヒーと菓子パンを購入し、ベンチへと座った。
鉄道の駅に隣接したターミナルは、午後9時を回っても若者たちがたむろしている。
大学が数校あるこの町は、若者が多いのだろう。今夜は新入学生との親交を深めようとしてのコンパや食事会が、相当数開かれたようだ。
大学とは無関係な様子の若い若者達もいる。派手な色の特攻服、赤や金、灰色の髪の男女。
今夜は集会でもあるのだろうか。
【どんな見た目でも、どんな意味不明の言葉を使おうが、価値観が他人に理解されようがされまいが、若さに勝る特権は無いよな。】
そんな半笑いの初老の男を、彼らが見たらさぞかし気色悪いだろうな、、、、と考える。
俯き、菓子パンを頬張る。恥ずかしさを誤魔化す。誰も見てはいないだろうに、、、、
「ねえ、何してんの?」
いつの間にかベンチの隣には。若い女性が座っていた。ほのかに甘い香りが漂った。
【この匂い、、、好きかも。】
そんな事より、このシチュエーションは現実にはあり得ないだろうと思えよ。と自身に心の中でツッコミを入れる。
初老の男性に声を掛ける若い女性なんて、一般的に仕事目的以外に無いだろう。
仕事以外であるとすれば、ジャンボ宝くじで億以上の高額が当たる可能性より低いはずだ。
「バス。待ってる。」
「バス、何時?」
「あと2時間。」
「ちょうど良いじゃん。」
【何が?】「ん?」
「ネカフェ行ってさ、交通費、貸してよ。」
「………ごめん。何言ってるか分からん。」
「おじさん、、、外人?」
「ああ、遠い遠い西の国から来た外人だ。」
「2万で良いよ。貸してよ。」
「借りてどうやって返すの?」
「私で払うわ。」
「……益々、訳分らん。」
「若い女の時間を買うのよ。滅多にないわよ。」
「………」
他を当たれよとか、持ち合わせが無いとか、俺にはひよこ趣味は無いとか言えればいいのか?無い事もないが、、、こんな時。
俺はジャケットの内ポケットから財布を出し、その中から5千円札を取り出し四つ折りにして、その子の方へと差し出した。
「2万は高い。5千円で一時間、、、、俺の話し相手になってくれ。」
「、、、手コキかよ。」
「そんなの要らねぇ、お喋りだけだ。あそこのカメダ珈琲店でどうだ。」
「……ま、いっか。」
若い女性は、畳まれた5千円札を二本の指でひったくった。差し出していた俺の指も二本で挟んでいた。
珈琲店のボックス席に向かい合い、その娘を見た。
【中学生か、、、これだと拉致監禁、誘拐になるのか?、、、、】
「好きなもの頼んで良いよ。腹減ってりゃ飯食えよ。」
「じゃぁ、、、、バスケットとドリア。」
メニューをのぞき込むその子は、本当にまだ若い。つい昨日まで小学生だったと言ったとしても信じるだろう。
「話って何?どんな事話すの?」
「君の人生、聞かせてください。」
「はあ?、、、キモッ。」
「そういう動画、あるじゃん。あれ面白くってさ、よく見てるのよ。」
「街録?、、、ああ~、、、悪い事してたとか、捕まったとか、風俗してたってゆうのばっかしみたいな、、、」
「他にもあるけどね、、、そんなもんかな?」
「聞いてなにすんの?」
「小説のネタ。」
「小説家なの?」少し笑顔になった気がした。
「いや、趣味だ。投稿サイトへ上げてるだけ。ほとんどビューは稼げねぇけどな。」
「どこまで話せばいいの?」
「自分で許せるところまで。」
頼んだバスケットとドリア、俺の苺チョコレートパフェが運ばれてきた。
「どんな家庭で生まれたの?、お父さんの仕事は?お母さんは働いてるの?」
「パパは普通の会社員で、ママは子供園の保育士。 頭の良い弟がいて、家族四人。
パパは弟が可愛いらしくって、私はどうでも良いって感じ。殴ったりはしないけど、良く怒られる。ママはいっつも小言ばっかしゆうし、あれは駄目、これも駄目、我慢しなさいばっかし、、、、
【よくある家庭の様だな。普通じゃねえの?】
「学校は楽しい?勉強の方はどうなの?」
「楽しくないかなどうかな。勉強はまぁまぁ出来るし、生徒会だって役員したし、、、でもさ、、、、よくやったねとは言われないよね。
イジメとかは特に無いかな、、、無視されるとかはあるけどさ。物が無くなるとか壊れるとかは無いよ。」
【良い子じゃん。何かほかにあるのかな?】
「何か欲しいものとか、やりたい事あったりするの?」
「可愛くなりたい。可愛い服着たい。モテたい、、、、チヤホヤされたい。
メイクしないとブスなんだ、私。メイクしてもそんなに変わんないけど、、、、食べるとすぐ太るし、、、、
ほらみんなってさ、瘦せた子じゃないと認めてくんないじゃん。デブってると努力が足りないって直ぐ言うし、怠けてるって言うし、
目、大きくしようと思ってさ。お金貯めてんの。」
【お金か、、、整形費用か、、、まだ早いんじゃね?】
「十分可愛いと思うけど、、、」
「早い子は小学生から整形してるんだって、、、親に理解があるって羨ましいよね、、、ママとかが出してくれるんだって、、、
うちなんか無理だよ。お金があれば弟の方に行くし、、、私なんか今着てる服も古着屋だよ。化粧品も百均で買ったりするし、、、
お小遣いが月3千円じゃ何もできないよ。だからさ、、、、」
【そのままで良いよとか、それで良いよとか誰にも言われてないのか?言われてても聞こえないのかな?】
「将来、何になりたいの?どうなりたい?」
「稼げる仕事。綺麗とか可愛いとか言って貰える仕事をしたい。
でもさ、可愛いってゆう期間って短いよね、、、綺麗って言われるためにはお金かかるよね。
だからさ、高収入の仕事したいと思って進学校へ行きたいんだけど、足りないんだよね、、、頭がさ、、、」
【あら、自分から言ってますね、、、中学生だって、、、、】
「東大出の誰かが言ってたよ、7回読めば大体は覚えるって。受験って記憶力らしいから」
「7回読むの?、、、どうやって?、、、どうすりゃいいの?、、、、ねえ、教えてよそのやり方。」
「本を読んでみたら、、、その人が書いた本とか、、、図書館とか行けば置いてあると思うよ。
あ、それとさ、ビリギャルって知ってる?、それも読んでみたら。」
「読めば頭良くなる?」
「きっと良くなる。読めば読むほど良くなる。集中できない時は眺めてるだけでも良いかもな。どっかでこんなの見た気がするって読み返せば良いし、」
「参考書とか読むの?」
「いや、誰かのエッセイとか小説とか気楽に読める方が最初は良いよ。それから参考書を初めてもいいんじゃね。」
「おじさんがそうしてたの?」
「いや、俺の娘がそうして高校大学と志望校へ行った。」
「へえ~、、、そうなんだ、、、」
バスの出発時間30分前となった。二人して駅前バスターミナルへ向かう。
「おじさん、ライン交換してよ。また色々教えてよ。」
その子は、この駅から一時間程電車に乗って別の街へと帰るという。
改札で見送った。
バスが来た。
【がんばれよ。頑張ったら褒めてやるから、、、】
いきなり初対面の男性に、自身を買えと言ったあの子。
誰でも良かったのか、俺を見て警戒する必要が無いとでも思われたのか、それとも切羽詰まっていたのか、、、、
今どきの子は性に開放的なのか罪悪感が無いのか分からないが、人それぞれなんだとは思う。
自分の中学高校時代もそんな子はいたし、関りもあったし、好きとか関係なしで、いたした時もあったし、、、、
時代は変わるとか繰り返すとか言うが、案外不変だったりして、人ってそういうもんだ昔っから。そんな事を思った。
ただ、今どきの子の情報源は携帯だと思う。見ようと思えばエロ動画も見る事は出来る。
好奇心に沿う内容を探せば出てくる。
自分の時代の情報源は活字だった。写真のみの雑誌も自動販売機で売られていた。ビニール袋に入っていたっけ。
ほとんどが期待外れではあったが、中には【これ、売っちゃって良いの?】と言う本もあった。この世の幸せだと思えた。
そんなことを考えながらのバス旅だった。
周りの乗客の人たちには鼾がうるさかったかの知れない。すみませんでしたと心で唱えながら、俯き加減でバスを降りた。
それからというもの、その子からのラインが楽しみになった。
”図書館へ行った”
”言ってた本あった 読んだよ 面白かったよ。”
”小説読み始めた 泣ける本 泣けた”
”エロい本も読んだよ ブックオフで買った”
”国語の点数 上がった 本のおかげ?”
”他の教科も点数上がった CからBに判定上がった”
”パパから疑われた マジウザい”
”しつこいから キモッって言ったらキレられた。マジイミフ”
”ママからご褒美 シャトレーゼでホールケーキ 嬉しい 初めてかも”
俺からの返信は割愛しておく。大した事は返していない。
俺の方と言えば、一人暮らしとなった生活に張りが出来ていた。
ママが亡くなり娘と二人きりになった後の夕食は俺が作った。その食事も今は料理をしなくなり、掃除もしない。
洗濯はたまにはするが、乾燥機で乾かし皺だらけの服で毎日を過ごす。
ごみ箱からごみを袋は取り換えるが、収集日が分からなくなり玄関や廊下にごみ袋が溜まる。
その後、あの娘からのラインは、
”クラスの子から話し方変わった 優しくなったと言われた”
”友だち増えた 男の子から告られた モテ期到来”
”そういえば私、幼稚園から小学校まで殆ど喋らない子だった”
”誰かとつるんでってのが苦手”
”そんな私が、周りが苦手だったらしいよ”
俺の娘はママが居なくなってから口数は減った。
何か聞いても、小さな声でしか返してこない。聞こえない。もう一度聞いたり”えッ”と返すと、あからさまに嫌な顔をされた。
聞き取れる声で聴いていても、知らない単語や略語が混じり、良く分からない。前後の話から推理し、適当に相槌を返す。嚙み合わないので、また嫌われる。
昔ママから、『女の子はね、3年事に人格換わるから何時でも大人として接しなさい』と言われていた事を思い出した。
3年どころじゃない。毎年、毎月、毎日変化していたように思えた。
ただ、俺に対する”キモい””ウザい””どっか行って”の言葉があまりなかったので、良かったと思う事にしている。
時々思う。
ママがまだ生きていて、塾への送り迎えをしていた娘の中学時代。
趣味も会社飲み会も我慢して、娘へ稼ぎをつぎ込んでいたあの頃に、あの娘に会っていたら俺は迷わず買っていただろうと思う。
これだけ我慢しているんだ。ちょっと位は良いんじゃね。と言い訳を言いながら、2万払ってヤッていた気がする。
バレなきゃ良いんだろって、思ったと思う。例え犯罪者になり、社会から抹殺され、家庭からも見放されてでも、もうどうでもいいや。と思う様にしていた気がする。
あの子に会ってから10ヵ月後、高校入試があったそうだ。
仕事中にラインが来た。結果は、合格。
”おめでとう。お祝いしたいが何が良い?」”と送ると
”アマギフ”
”貯金するとか手術費用なら、幾らか包むぞ”と送ると、
”忘れてた 大人になってから考える 今はいい”
目標までの道程、より良い方法は見つけ辛いのだろうな。と思った。
その道程が順調であれば、何かの責任にはしないだろうし、 順調では無く、良い方とは言えない時など、間違った方法や良くない方法を取ってしまいがちになるのかもしれない。
出会った頃のあの子は、成りたい自分が斜め上にあり、そこまでの道順を良くない方法を選択していたのだと思う。
”ありがとう おじさんのおかげ 何かお礼しに会いに行きたい”
そのメッセージに心が躍った。
一年前には踊らなかった心が、踊った。
”お祝いの手渡しも良いな。可愛くなった君に会いたい。”
下心も覗かせて、そう返した。
”キモッ そういう事はもうしない”
見透かされていたらしい。嬉しいような、寂しいような、とりあえず納得した。
”3年後の知らせも期待しておく。今回の祝い、アマギフ送る”
その日から前にもまして、家じゅうを綺麗にし始めた。
いつかあの子が訪ねてくるかもしれないと思うと、身体が動いた。
たまに帰る娘が怪しんだ。
「誰か良い人でも出来たの?時々家に来るの?」
「はぁ?、そんな訳ないだろ。」
誤魔化しながら、やり過ごす。
娘との会話が増えた。帰省した時だけだが、、、
どんな時にどんな人と関わるかで、変わる生き方。