見出し画像

響子と咲奈とおじさんと(20)

  暑い夏

響子、高校2年の夏。うだるような暑さの午後。ピアノレッスンの帰り。
もうすぐ自宅に着こうかと言う時、前を歩く一人の男性。【あ、隆一だ。】急ぎ足になり、男性に追い付く。
「隆一、今日は仕事休み?」
「あぁ?、、、響子か。……ああ、夏季休暇だ。」右手には、黒地の小さな袋。”TSUTAYA”の白い文字。
「ん、ビデオ?何?アダルト?」
「ちげーし、、、アニメだ。新海監督のと庵野監督のアニメ。」
「え、新海監督?何?、、、ちょっと見せて。」隆一の手からふくろを取り、中を見る。
「あっ、”言の葉の庭”だっ。見たかったんだ。、、、ねえ、今から帰ってみるの?見るんだったら、一緒に見ても良い?隆一のとこ、行って良い?」響子、見たかったアニメがあるのに、やや興奮気味で隆一に迫る。
「……別に良いけど、、、」ちょっと面倒臭そうに言う。
「やったぁ~。じゃ、お邪魔しま~す。」響子、気になっていたアニメを見られる嬉しさと同時に、期待も頭をよぎった。
【隆一と二人で見てて、そういう雰囲気になったらどうしよう、、、キスぐらいなら良いかな、、、それ以上は、まだ、、、ダメだよね、、、汗いっぱい掻いてるし、、、ちゃんと準備したいし、、、】

エアコンの効いた隆一のアパート。響子の家の裏にある、北川家所有のアパート数棟のうちの一つ。
隆一が入れてくれたコーラをコップで飲みながら、”言の葉の庭”を居間のソファーに凭れ掛かりながら、二人並んでみる。
15歳の高校生と27歳の女性教師との物語。
それは愛なのか、気になる存在だけなのか、今の自分の心の支えになっているのは確かなのだが、成就する愛の結末は見えてこない、そんな物語。

「隆一、、、ゴメンね。」アニメを見終えた後、響子がポツリと言う。
「ん、、、何が?」
「私、隆一の力になれなかった、、、支えになれなかった、、、それどころか、バカって言っちゃった。2回も、、、だから、、、」
「はぁ~?、、、何言ってんだ?、、、訳分んねえ、、、」
「隆一がさ、、高校一年の時、同級生を殴って、学校、停学になって、、、そん時、隆一に向かって、私、言っちゃった。」
「……」
「隆一が3年の時、新宿で暴力事件で補導されて、パトカーで隆一のお母さんと帰ってきた時も、私、、、、言っちゃった。」
「それがどうした、、、それが何で謝る事なんだ?」
「だって、停学の時はイジメの加害者を殴って、補導された時は遊んでた同級生の女の子を連れ戻そうとして、喧嘩になったって、、、、その女の子が隆一がムリっこ連れて行こうとしたって警察で言ったって、、、、後で聞いて、、、」
「だから、それが何で、力とか支えとかって話になるんだ?」
「……内容を確かめないで、表面的な事だけで、隆一の事、バカって言って、ホントの事知った後、理解してるよとか、何か出来る事ないって、聞いてあげればよかったって、、、」
「……はあ~、、、お前何言ってんの?、、、、何、上からモノ言ってんの?、、、、何様?、、、、、、、
  誰がお前に理解しろって言ったよっ。誰が頼んだよっ。!……お前は俺の何でもねえだろがっ!、ザけんなっ!」
「ゴ、ゴメンっ!、、、ち、違うの、、、私、私、、、、」
「うるせえっ!、、、お前は昔っから、俺の事、バカにしやがって、、、金持ってるからって、見下しやがって、、、、クソっ。」
「そ、そんな事してない、、、見下してない、、、だから、だから、、、ごめんなさい、、、」響子は思わず隆一の手を取ろうとした。
「触んなっ!」隆一が響子の触ろうとした右手の手首を掴んだ。
隆一はその掴んだ手を床に押し付け、反対の手で響子の左手を掴む。その左手を響子の頭の上で重ね合わせ、両手首を左手で掴んだ。
「や、やめて、、、お願い、、、やめて、、」響子、隆一を怒らせた事を悔やんでいる。弱弱しく言ってしまう。
「うるせえっ!黙っとけっ!」隆一は隆一で、自分の事を理解してくれなかった大人達への怒りを思い出していた。
隆一の両ひざが響子の左右の膝から腿の上に乗り、押さえつけた様な形にからなる。
響子、目一杯抵抗すれば、押さえつけた隆一を払いのける事が出来たかもしれない。
しかし、響子は怒らせてしまった事、今まで理解してあげられなかった事、傍に居てあげられなかった事に、言い知れぬ申し訳なさが出てしまっていた。自分を責めていた。
【こうなったのは、私のせい、、、】


隆一の右手が、響子の股間をまさぐる。
「イ、イヤ、、、、イヤ、、、やめて、、、、お願い、止めて、、、」
拒否しようとすれば出来たはずだった。思い切り払いのければ出来たはずだった。
でも、その時の響子は出来なかった。
「イヤ、、、こんなの、、、こんなのイヤだぁ、、、、」


隆一が居間から自分の部屋へと移動した。
残された響子、上体を起こすと下着とスカートに血が着いている。居間の床にも血が着いている。
レッスンバッグからハンドタオルを出し、床を拭く。
いつもは鍵盤を拭くハンカチを小さく畳み、下着の中へ忍ばせる。
起き上がると、ハンドタオルを濯ぎ、居間の床を再度拭く。
床を拭いていると、零れた泪が床を濡らす。それをまた拭く。
無言のまま、隆一のアパートを出て、自宅の勝手口へと急ぐ。
勝手口の鍵を開け、中に入り、浴室へと急ぐ。着ていた物を汚れていないTシャツで丸める。
響子はシャワーを浴びる。頭から冷たい水のシャワーを浴びる。その内にお湯になる。シャワーを浴び続ける。
身体を流す。痛みが残る下腹部も流す。両足を血の混じったシャワーの水が流れていく。その内に血は流れなくなった。
バスタオルで頭、身体、腕と足、背中、お尻、下腹部と拭く。そのバスタオルも丸めたTシャツと一緒にする。
裸のまま、2階の自分の部屋まで上がり、生理用ナプキンと一緒に下着を穿く。生理用ショーツも穿き、ジーンズを穿く。
ブラトップTシャツを上に着て、階段を降りる。途中に水しぶきと一緒に血も落ちていた。
丸めたTシャツからバスタオルを出し、落ちていたしぶきや血を丁寧に拭いて行く。
台所へ行き、可燃ごみの袋がセットされたゴミ箱へ先ほどの着ていた物やバスタオルを入れる。リビングにあるごみ箱のゴミもその中へ入れ、袋の口を縛り、新しいゴミ袋をセットする。
勝手口から、ゴミの集積場へと持って行く。
ここまでの一連の動作が、自分でも驚くほど淡々と進める事が出来ていた。
ゴミ収集籠に袋を入れた時に声がした。
「あれっ、響子ちゃん。どうしたの?」祖母だった。今日は買い物に出かけていた。
「あ、うん、、、要らない服、片付けたの、、、ついでに台所とリビングのゴミ、集めといた。ほら、明日、収集日だから、、、」
「あ、そう、、ありがとう、、、そうそう、高木屋の蜜豆、買ってきたの。一緒に食べよっ」
「うん、食べる。」
「あれ、響子、シャワー浴びたの?、、髪濡れたままよ。」
「あ、うん、、乾かすの忘れてた、、、ま、直ぐに乾くわよね、夏だから、、、」
「ちゃんと乾かしなさい。それにお手入れしないとすぐ、痛むわよ。」
「ハア~イ。直ぐにします。帰ろっ。」
「はい、帰りましょう。」

「こんな感じかな、、、」下を向いたまま、響子が話し終えた。
「……ウグっ、 ウグっ、ウ~、、、響子、、、響子、、、私、、、、」咲奈が泣いている。響子の手を取り、泣いている。
「ちょ、ちょっと~、、咲奈、、、咲奈さん、、、もう昔の事だから、、、それにこの前、その人と奥さんと会って終りにしたから、、、」
「う、うん、、、終わり?、、、」
「うん、もう良いの、、終わったことにしたの。だから、もう泣かないの。」
「……う、ハ、ハイ。」
「はい、咲奈は良い子ですね。」

紗奈に話したことで、響子の中の隆一は、あの夏の出来事だけゴミ箱へと移動し、そのゴミ箱も”空”になったと思えた。
【隆一と和美さんとの約束、私の方から破っちゃった、、、許してください。私、次に進みたい、、、こうしないと、、、吐き出さなさいと進めないと思ったの。ごめんなさい。】


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?