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響子と咲奈とおじさんと(27)

  パパ、来ないで!

「…はっ、要らない?、しかしですねぇ~、要らないと言われましても、、、で、ご依頼って、、、何でしょうか。」
「……あれからずっと、死のうとしたんですけど、出来なくて、、、だから、これで、俺を、、、、殺して貰えませんか?、、、」
「はっ、、、イヤ、さすがにそれはダメでしょう。出来ませんよ。」
「……ですよね、、、、、、じゃ、、今度、人の多い所で、、、何人か刺しますから、、、ナイフで刺しますから、、、これで、俺を死刑にして貰ってください。」
「そ、それも出来ません。ご、ご冗談を。」
「……そうですか、、、、、そちらの方、お子さんいらっしゃいますか?」晋平、小林の方を首を曲げながら聞く。
「え、わたくしですか?、、、ええ、居ます。娘がいます。」
「その娘さんを俺に殺させてください、、、、、、、、、、、、その慰謝料って言うか、賠償金でこれ、差し上げますから、、、」
「いやいや、さすがにそれもダメですよ。高杉さん、冷静になって下さい。」と須藤が諭す様に言う。
無言の時間が過ぎて行った。数秒か数分か分からない。

【……この人、本気か?、、、こうなるのか?、、、家族を奪われるとこうなるのか?、、、】小林は震え始めた。なぜか涙も零れ始めた。
「せ、先輩、、、大丈夫ですか?」小林の異変に気付いた須藤が心配そうに肩に手を掛けた。
小林、急に立ち上がり床に正座し、両手を着き、嗚咽と共に話し始めた。
「高杉さん、、、申し訳ありませんでした、、、事故を起こしたのはわたしの父です。
 後期高齢者になったのを機に、車に乗るなときつく申してはいましたが、頑固者で、、、忠告も聞かず、、、あんな事に、、、
 本当に申し訳ありませんでした。……この通りです。」と床にゴンと音を立てて、頭を下げた。
「せ、先輩、、、」須藤も予想外の小林の行動にあっけにとられた。
が、自分にも息子がいる。妻もいる。それが奪われたらと、、、、頭をよぎる。
晋平が来るまでの間に、条件闘争になると話していた事があまりにも人間味の無いように思えた。自分自身に対し、恥ずかしさを通り越え、悔しさがこみ上げてきた。
思わず須藤も立ち上がり、床に正座し、土下座の姿勢を取った。晋平はぼんやりとした目で二人を見ると、
「……良いです、、、、、、、、、、、手を上げてください、、、、、、、、、、、、謝られても二人は戻って来ませんし、、、出来る事は俺の方から二人の元へ行くことぐらいしか出来ないし、、、」
「そ、そんな事をおっしゃらないでください、、、お願いです。」と小林。
「……あれから何度も死のうとしたんですよ、、、、、、、、、ドアノブにベルトを掛けたりして、、、でもね、、、、、、、、、、、、、、娘が出てくるんですよ。パパ、来ないで。って、、、、、、、、、、、生きてる時、あれだけ楽しみにしてた、”来ないで”とか、”ウザイ”とか、”汚い”とか、、、言ってくれなかったのにね、ウっ、、、、、、、
二人の傍に行こうとしただけなのにね、、、、、、、、、、
死んでから言うんですよ、、、、、、、、、、
アイツ、、、、、、、」
晋平の両目に涙が溢れている。顔は力なく笑っている。
須藤と小林、晋平を見てまた、頭を下げる。
それからまた、どれくらい時間が経ったのだろうか、、、。小林の嗚咽が部屋に響く。
「……すみません。……今日は帰ります。」晋平がぼそっと一言。
須藤と小林、床に手を着いたまま、反応できないでいる。
晋平、ゆっくりと応接室を出て事務所の扉へと向かう。
須藤と小林、床に手を着いたままでいる。

それから、1ヶ月過ぎた。
晋平の携帯が鳴った。須藤からだった。
「須藤です。御無沙汰しております。……早速ですが、書類へのご署名と、口座の番号をお教え頂きたく、今からお宅へお邪魔させて頂いても構いませんか?」
挨拶代わりの、天気や世の中の事など話すことも無く、単刀直入に話した。
「どうも、、、ご無沙汰です。良いですよ。お待ちしています。」同じく晋平もあっさりと返す。

「片付けですか、、、動かれる様になられたんですね。」
リビングに通される須藤、廊下や扉の開いた部屋の中に、段ボール、白いポリ袋、都指定の燃えるごみ袋とかが多数あるのを見ながらそう言った。
「ええ、いつまでも廃人の様にしてちゃ事務所にも迷惑掛けるんで、、、来月から仕事復帰するつもりです。」
「そうですか、、、元気になられる方向で何よりです。……早速ですが、こちらの書類に目を通して頂けますか?」
「……はい。保険金の支払い明細とか、示談書とかですか、、、、あ、印鑑、要りますよね。銀行印ですか?認印ですか?」
「両方頂ければありがたいです。」

「じゃ、これで、、、」
「どうも長い間引っ張って、すみませんでした。」
「いえ、こちらこそ、、、高杉さんの心情を何も考えずに、先日お呼び建てして、すみませんでした。反省しました。」
「……お宅様もお仕事ですから、、、」
「すみません、、、そういう事にしてください、、、、。では、失礼します。」
「はい、失礼します。」


「大体、そういう事だったんだ、、、え、咲奈さん、、、どうしたの?」
「ウグっ、、、ウェ、、、、ウ、、」咲奈が泣いている。口をキュっと締めて、流れる涙を拭おうともせず、泣いている。
「さ、咲奈さん、、、」
「……お、思い、、あ、上がりでした、、、おじさんの、おじさんの気持ちを分かろうなんて、、、」
須藤と小林、顔を見合わせる。
「咲奈さん、、、その気持ちがあれば、大丈夫ですよ、、、、、、優しい娘さんだ。」と須藤。
「うん、正解なんて無いからね、、、どうにかしてあげようじゃなくて、、、一緒に居てあげようで、良いんじゃないんですかね。」小林も続く。

お店を出た3人。東京駅方面へと歩く。駅舎へ入ろうかと言う所で咲奈がお礼を述べる。
「今日はありがとうございました。すみません、ご馳走して頂いて、、、」
「うん、良いの良いの。年配者の高給取りの給料なんて、若い子に奢るか、クラブで使うのが目的だから、、、ハハハ。」
「ま、どっちも女の子の為にあるんだけどね。」
「うふ。ご家族の為に使って上げて下さい。あ、すみません。説教じみた事、言っちゃいました。ごめんなさい。忘れてください。」
「ううん、咲奈さんが言ってくれるんだったら、何でも聞くから大丈夫。」とデレデレ顔の須藤。
「こらっ、高杉さんに悪いだろ。お前ごときが色目使うなんて。咲奈さんも気持ち悪がってるじゃないか。」
「ウフっ、ちょっと嬉しいです。私の言う事、聞いてくださるなんて。」と咲奈、はにかむ様に言う。
「高杉さんには、内緒にしといてね。我々に会った事。やっぱ、本人から直接聞いた方が良いからさ。」と小林。
「うん、そうだな。そうしといて。」と須藤。
「ハイ。そうします。すみませんでした。取り乱したりして、、、じゃ、これで失礼します。」とぺこりと頭を下げ、咲奈は駅舎へと入っていった。
「可愛いなあ、、、咲奈さん、、、」
「うん、可愛い。高杉さんが羨ましい。」
駅舎の中から咲奈が振り返り、改めて会釈した。直ぐ後に”バイバイ”と言う様に右手を肩口で振った。
「「デ、へへへへ。」」顔の緩んだ中年、いや年配の男性二人が東京駅に向かって、笑っている。気持ち悪いくらいに顔が緩んだまま、笑っている。


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