喋り上手は聞き上手。隣の席の南田さん。
よく喋る人が好きです。
ただし、大袈裟なリアクションはできないので、求められると困ります。
あくまで、
私がふーん、ほー、と相槌を打てば、
何時間でも喋ってくれるような人が好きです。
あと、ちょっとズレてる私の質問にも、
キチンと答えてくれる人。
知らない世界について、
その世界を好きな人の口から語られる内容は、キラキラ魅力的だし、
私もその知識を分けてもらって、世界が広がるような感覚がとても面白い。
あまり意識したことはなかったけれど、
父親が話し好き、というのも実はあったのかなぁと思ったりします。
だれが返事しなくても、夕食の間、
ずっと何か話してる人です。
我が家は、食事中テレビをかけない家でしたから、父の話を、聞くともなく聞くのが常でした。
人の声って聞いているだけで、
落ち着きます。
おうち時間が増えて以来、ラジオをかけっぱなしで何かしていることが多いのも、きっとそのせい。
会社の大先輩で、
仕事はすごく早くてよくできる。
そして、ずーーーっと喋っている人がいました。
南田さんです。
きれいな白髪の、陽気なおじいちゃんです。
会社の愚痴から、仕事のやり方、
ドラマの話、家電の話、文房具の話、お菓子の話。
その幅の広いこと。
広いだけじゃなくて、一つ一つの知識が深いんです。
この人は、こんなにずっと人と喋っているのに、その知識をいつ身につけているんだろう。
と不思議に思うほどです。
部長は、席替えのたび、
「南田さん、仕事はできるんだけどね。
素直な若手とかは、隣にできないね。
真面目に聞いてると、仕事できなくなっちゃう」
と言って、頼りにしつつも手を焼いている様子。
私が、南田さんの席の隣になると、
「ごめんね、南田さんの隣大変でしょ?」
と声をかけてくれます。
「いえいえ、全然。
南田さんの隣、勉強になります。」
と私は答えます。
それは本当。
分からないことがあって、調べて、
ちょっと周りに聞いてみて、
それでもやっぱり分からない。
最後の砦が南田さんです。
この分野の歴史も、最新の情報も、なんでも知ってる南田さん。
1を聞くと11、教えてくれる南田さんです。
それに、彼はよく喋るだけじゃなくて、
聞き上手です。
私は、他の人との間に、高い壁を築きがちな人間ですが、南田さんとの間にはそれがない。
子供同士のように純粋に、
なんでも喋れてしまいます。
それは南田さんが、
普段は自分のことをなんでも隠さず話し、
話を聞く時は一転、
人の話を遮らない、
茶化さない、
そして、適度に相槌と質問をしてくれて、
自分も話して、初めて気づくような、深い部分まで喋らせてくれる人だからです。
南田さんとの雑談は、だいたい仕事中です。
私がパソコンをカタカタやっている隣で、
お構いなしに南田さんは話しかけてきます。
「週末にさ、文房具屋のチェックに行ったら、
この間雑誌で見た新しいペンが売っててさ。
ペンはフリクション一択って決めてるんだけど、書き心地良くて悩んじゃった。」
「ペンはジェットストリーム一択じゃないですか?」
私は、南田さんの顔も見ずに答えます。
「いやいや、ジェットストリームの良さは認めるよ?でも消したいじゃない。フリクションいいよ、昔のと違って、今は色々種類も出ててさ…」
南田さんは、こちらを見て続けます。
私が、パソコンの手を止めなくても、生返事でも、ちっとも気にしていません。
南田さんには大変失礼なのですが、
南田さんの話したい気持ちと、
私の仕事したいけど南田さんの話も聞きたい気持ちの真ん中が、この方法になりました。
私はこれから、20分ほど続く文房具談義中、
薄くアンテナを張って、
自分が気になるところだけ深掘りする。
あとは時々あいまいな相槌を打って、BGMのように聞き流す。
という方法で、南田さんとの雑談を楽しみます。
これは自分が持っている数少ない特技の中で、一二を争うお気に入りです。
そして、月日が流れ、
私は部署異動が決まりました。
その部署の最終出勤の日。
後輩が、色紙とプレゼントをくれました。
プレゼントは、
前から欲しかった銅製のビアマグ。
ビールが冷んやり美味しく飲めます。
「これ、すごく欲しかったやつ!
なんで分かったの?」
と驚いていると、
「南田さんに聞きました」
そうは言われても、南田さんにいつ話したのか、
私は思い出せません。
それくらいごく自然に話の流れで、
本当にそのときに欲しかったものを、南田さんに話していたようでした。
それをちゃんと覚えていてくれたことも含めて、
さすが喋り上手、聞き上手の南田さんだなと思いました。
隣で仕事をする人がいないリモートワークという状況になって、
あの南田さんとの雑談時間は、
より尊いものに思えます。
仕事の時間に別世界の風が吹く、
最高の息抜き時間でした。
南田さん、雑談を配信してくれるように、
今度お願いしてみようかしら。
ちゃんと配信に向かって、ふーん、ほー、とチャットで相槌を打つから。
きっと「イヤダ!」と、
子供みたいに言われると思います。
この記事が参加している募集
読んでくださり、ありがとうございます! いただいたサポートは、次の創作のパワーにしたいと思います。