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大分194キロ死亡事故 地裁判決 雑感 補記

過去に以下の記事を作成した。

この事故の裁判例が公開されていることに先日気づいたので、裁判例を確認することにした。

なお、交通法規や法の専門家ではないので、正確性は裁判例、紹介書籍、さらに正確性を望むなら弁護士相談などで補完してほしい。


裁判例の公開に関する情報

令和4(わ)178
大分地判令6.11.28
過失運転致死(変更後の訴因危険運転致死、予備的訴因過失運転致死)

◆公開場所
https://www.courts.go.jp/app/hanrei_jp/detail4?id=93659

裁判例を読んで

(2号)因果関係

先に作成した記事では、『ケーススタディ危険運転致死傷罪第3版』に記されている以下の点に、今回の裁判は疑問を感じると記した。

もっとも、「危険運転行為と死傷結果との間には因果関係が必要になる。刑法上の因果関係の意義について、現在の判例・通説は、実行行為の危険性が結果に現実化した関係が必要であると解している。したがって、運転行為に内在する危険性がまさに死傷結果を引き起こしていると評価できる限度で因果関係が認められ、本罪が成立することになる。例えば『進行を制御することが困難な高速度』で自動車を走行させたためにカーブを曲がり切れずに歩道に乗り上げ、歩行者を死傷させた場合には因果関係が肯定され、本罪が成立する。これに対して、高速度で運転中、突然、歩行者が道路に飛び出してきて死傷事故に至った場合のように、運転行為の危険性とは無関係に事故が発生した場合には、本罪は成立しない。」(橋爪隆「危険運転致死傷罪をめぐる諸問題」法律のひろば 2014年10月号22頁)と解されていることも理解しておく必要がある。

ケーススタディ危険運転致死傷罪第3版』p.235~236

この点、因果関係に直結した部分は以下である。

 ⑵ そして、本件の事実関係に照らすと、被告人が法定最高速度を遵守した適切な運転行為をしていれば、本件事故の発生を確実に回避することができたと認められるところ、被告人において、前記危険運転行為の後、更に別個の交通法規違反行為が介在したという事情はなく、他方、被告人車両の速度超過の程度に照らし、被害者車両の右折進行態様が不適切・不相当であったともいえないから、本件事故は、被告人の運転行為の危険性が現実化したものであり、被告人の運転行為と本件事故との間には因果関係があるといえるし、被告人は、本件道路の状況や、被告人車両が著しく速い速度で走行していることといった進行の制御の困難性を基礎付ける事実を認識しながら、前記危険運転行為に及んだものと認められるから、法2条2号の罪の故意に欠けるところはない。

大阪地裁令和4(わ)178 p.8

上を見る限り、危険運転行為を考えるうえでは制御困難性を考えていたのに対し、危険運転行為と死傷事故との因果関係を考える段階ではもはや制御困難性という観点を見ていないということのようだ。

過去に作った記事にまとめた、以下の捉え方であっているように思う。その適否が高裁でどう判断されるのかという点が気になるところである。

(従来)
制御困難性
 → 制御困難な高速度の該当性判断
制御困難な高速度
 → 死傷事故との因果関係判断
   ※ この段階でも制御困難性を考慮
(今回の裁判)
制御困難性
 → 制御困難な高速度の該当性判断
   ※ この部分の判断は変わらない
   ※ この認定は「客観的事実」「実質的危険性」による
     東京高裁令和3年(う)第820号 同4年4月18日判決
制御困難な高速度
 → 死傷事故との因果関係判断
   ※ この段階では制御困難性を考慮しない

危険運転致死傷罪の「よって」
※説明が分かりにくい部分に少し訂正を加えた

(2号)制御困難性と対処困難性

制御困難性と対処困難性の話は、過去の記事で以下のように記した。

なお、前記判断の前段、制御困難性を考える際には対処困難性を考慮しないということは、以下から読み取れる。

大分194キロ死亡事故 地裁判決 雑感

なお、この判決では、先日法務省有識者検討会でまとめられた報告書において、対処困難な高速度運転につき新たな危険運転の類型を設ける方向で検討すべきとされた点についての関係性を意識して、『本罪が捉える進行制御困難性は・・・(対処困難性)とは質的に異なる危険性であることに留意する必要がある』と述べ、有識者検討会の議論を混乱させないよう配慮している点も注目されます。

大分市194km暴走死亡事故で、危険運転致死罪が認められました

これに相当する原文は以下になる。

……。なお、本罪が捉える進行制御困難性は、他の車両や歩行者との関係で安全に衝突を回避することが著しく困難となる、すなわち、道路や交通の状況に応じて、人の生命又は身体に対する危険を回避するための対処をすることが著しく困難となるという危険(対処困難性)とは質的に異なる危険性であることに留意する必要がある。

大阪地裁令和4(わ)178 p.6

この部分は納得の説明である。

この点、名古屋高裁刑1令和2(う)195とは論点を大きく異とする。名古屋高裁の件は、原審には進行制御困難性と対処困難性の混同という誤審があり、それを控訴審で正した形であるため。今回は進行制御困難性と対処困難性を正しく区別している。

(4号)妨害運転の成立の否定

 ⑵ ところで、法2条4号の「人又は車の通行を妨害する目的」とは、歩行者又は道路上を通行する車全般に自車との衝突を避けるために急な回避措置をとらせるなど、相手方の自由かつ安全な通行を妨げることを積極的に意図することをいい、これらについての未必的な認識、認容があるだけでは足りないと解するのが相当である。

大阪地裁令和4(わ)178 p.9

 しかし、検察官の主張は、通行妨害目的の対象車両の認識は未必的であってもよいことを前提としているが、同目的の要件は、客観面で通行を妨害する危険性が存在していることを前提とした上で、主観面で、そのような危険性の認識・認容を超えて、相手方の自由かつ安全な通行を妨げることを積極的に意図している場合に、法2条4号の罪の成立を限定する面にその意義があるから、それとの関係上、飽くまで妨害することの認識ではなく対象車両の認識であるとはいえ果たして未必的であってもよいのか疑問が残る。その点は差し置いても、……、対向右折車両等の通行の妨害を来すのが確実であるとの認識があったと推認するには合理的な疑いが残る。

大阪地裁令和4(わ)178 p.9

ここは、危険運転行為に該当しない、該当するとまではいえないという判断に見える。そしてその本質は、「相手方の自由かつ安全な通行を妨げることを積極的に意図する」とは推認できないと判断した部分にあるようである。

ここは納得の感想である。

量刑

 以上の諸事情に照らすと、本件は、検察官が主張する量刑傾向(処断罪:危険運転致死、共犯関係等:単独犯、処断罪と同一又は同種の罪の件数:1件、被害者の落ち度:なし、量刑上考慮した前科の有無:すべてなし。なお、当該量刑傾向に含まれる危険運転類型ごとの量刑傾向の差異についても裁判体の共通認識とした。)の中で、中程度からやや重い部類に属する事案といえる。
 その上で、被告人が、常習的に高速度走行に及んでいたことなど自己に不利益な事実を率直に認めたり、本件事故現場での献花を続けたりして、反省の態度を示していること、未だ若年であること、両親が出廷して社会復帰後の監督を申し出ていること、被害者の遺族に対して保険により損害全額の賠償がなされる見込みがあることのほか、被告人の責めに帰し得ない事情のため公訴提起から公判審理までの期間が長引き、被告人として不安定な状態に置かれ続けたことといった一般情状も考慮し、主文の刑を量定した。

大阪地裁令和4(わ)178 p.11

ここはだいたい納得の範囲。

気になるのは、双方控訴したことにより、「自己に不利益な事実を率直に認めたり」「反省の態度を示していること」の部分がどのように扱われるかが気になるところ。

「被告人の責めに帰し得ない事情のため公訴提起から公判審理までの期間が長引き、被告人として不安定な状態に置かれ続けたこと」の部分は何を意味するのだろう。これは、署名を受けて危険運転に訴因変更され、追加の捜査が行われたことを意味するのだろうか。


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