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【3月21日】(初短編)夜になる美容室

くせ毛で多毛で広がりやすい私の髪を上手くあやし、
手なずけてくれる美容師を探していたが、どうにもこうにも
「美容室」という場所が苦手でならない。

自分に知識がないせいで「こうして欲しい」と正確に伝えられず、
何度も悔しい思いもしたし、傷ついてきた。
私の心はますますこじれていくことになったのだ。

しかし、それでも髪は伸びていく。


私は重い腰をあげて美容室に予約をした。


HPを見た所、
男性のオーナースタイリスト1人で切り盛りしてるようだ。


私は1対1が好きだ。


アシスタントが嫌いなわけではなく、「担当するのが複数」というのが苦手なのである。
私は実は小心者で過剰に人に気を使う所がある。
それをわかっているからこそ、気を使うのは最少人数にしたい。
駐車場も無料というのが嬉しいポイントだった。

当日、ようやく鬱陶しい髪の毛を切れる、という嬉しさと
初対面の人と合う、という緊張で
昨夜は髪の毛を念入りに洗ってしまった。


その美容室は高台の坂道の途中にあり、市内が一望できるだった。
住宅街の中にあるので回りも静かで人も歩いていない。
3階建ての一軒家だった。


ここでいいのか・・・と躊躇しているとドアの前に
「美容室は3階です」と、黒板の案内板が出ている。
木の大きなドアに銀色のひんやりとしたドアノブの不調和音に若干の不安を感じながら覚悟を決めて中に入っていく。


自分の気持ちをなだめるように、
ゆっくりゆっくり3階を目指す。


入口近くにあるカウンターに一人の男性佇んでいた。


「いらっしゃいませ。お待ちしておりました。」

彼が着ている真っ白なシャツの質感でこれから夏がやってくることを
唐突に思い出す。

自分もそれらしい季節感の恰好をしているくせに、
緊張で忘れていたのだ。


私は心臓の音を悟られないよう、静かに1つ深呼吸をした。


改めて店内を見たその瞬間。


私の時間はいきなり夜になり、
眠りにつくために閉じていく蓮の花を感じた。


花びらがゆっくり1枚1枚中央に向かって閉じていく。


しかし、目の前には彼のまぶしいほどの白いシャツが
太陽に照らされている。
店内は明るく大きな窓が3面、市内の景色が一望できる。

確かに私は約束の「朝の10時半」にここにいる。
今日は天気の機嫌もすこぶるいい。
真っ青な青と遠くに見えるビル群の白とグレーがとても綺麗だ。

だが、私の時間はたった今
「蓮の花が閉じていく夜」になったのだ。


「両目」では、さんさんと太陽に照らされる店内を映し出し、
「脳裏」では、蓮の花が閉じていく夜。が映し出されている。


生まれて初めての経験。
私は霊感は全く無い。とは言わないが、頻繁に何かをみることはない。


だが、この時ハッキリと感じたのだ。


今、私の時間は「夜」だ。と。


髪の毛のカウンセリングも、目の前にひろがっている展望も、
スタイリストである彼の言葉も、
耳にしっかり届いている。


感じる時間だけが確実にズレている。








夜の魔力によって、私の「何か」が閉じられていく。

高ぶる感情が蓮の花に包まれて眠りについていく。


これは

強制的なリラックスだ。


1時間がたち、シャンプー、カット、ブロウが終わった。


私はこの美容室にいる間、
「夜」から逃げることはついに出来なかった。


会計をすませ、店を出る。


あまりにも遠慮がない太陽の光に圧倒されながら
もしかしたら私は違う世界に行ってしまっていたのではないか、と思って
振り向いて店の窓を見た。


彼は私を見下ろしていて、小さく手を振ってくれた。


その姿をみてこれは現実だったのか、と、素直に思う。


ただ、窓に光が反射して本来ならぼんやりとしか見えない彼の表情が
なぜハッキリ無表情に見えたのか。


「両目」で見えたものなのか、

それとも

「脳裏」で視えたものなのか、


今でもわからないままでいる。


なぜ

あの美容室だけ

夜の時間になったのかも。


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