記憶の中の男
あの男の存在は今以てしてもなんとも不可解だ。
私は昔から自分より背の低い男に好かれる。
何故だか分からない。
そして私の好みは自分よりできれば背の高い男がいい。
気を遣わなくてすむからだ。
その男は私より背が低かった。
またか。
誠実なのはとても良いのだが、やはり恋愛モードにはならないと判断する。酷い話だ。
ひとしきり呑みながらお喋りして、時間の経つのも忘れてしまう。それほどその男は饒舌で、いや違う。私の話をとても真摯に丁寧に聞いてくれる。
私の瞳をじっと見つめながら、一言一言に頷きながら、どこまでも優しく丁寧に話を聞いてくれる。
あれ?なんだか不思議な気持ちになってきたぞ。
そんなはずはないんだけれど。
いつの間にか男の手がカウンターに添えた私の手の甲に重なっている。
あれ?そういうことなの?
拒否るのもなんだか変だ。そして男の手はとても優しく柔らかく温かい。
こういう場合、どのようにリアクションすればいいのだろうか。
男は本能的に「今貴方の手を触りたくて仕方ないから触りました」というような、とても素直で無垢な瞳で見つめてくる。
嫌ではない。好かれることも、遠慮がちに手に触れられることも。
嫌ではないのだか…。
何故あの男とそういうことになったのか、今以てしてもなんとも不可解だ。
女という性とでもいうのだろうか。
求められると応えたくなる。
少しも好みではなかった。
それでも、「貴方が欲しい」と懇願されるとその期待に応えたくなるのも事実なのだ。そうやって付き合い始める男女は普通に星の数ほどいるだろう。
でも、好みではなかった。酷い話だ。
それなのに。
女としての承認欲求を恋愛とはき違えている。
これは非常に危ない。
大きな間違いを犯すところだった。
それなのに。
求められる情熱は甘美な蜜となって身体中にベッタリとまとわりつく。
その蜜を男は熱を帯びた熱い舌で隅から隅まで舐め尽くす。
こんなことはいけない。間違っている。全く好みじゃない男に、こんなことを許す自分は一体どうなってしまったのか。
それでも、そのあまりの巧みな舌の愛撫に頭の中が真っ白に痺れていくのをどうすることもできない。
明日の朝になれば、何もなかったように目が覚めて、記憶の中の男を消すことができるだろう。
容易にできるはずだ。だから今夜はこの快楽に思い切り身を任せてしまいたい。
朝になれば消してしまえる。
そう思うことで自分を納得させる。
だって男は私の好みじゃないから。