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そこで飲む価値のある場所 #ここで飲むしあわせ
どうしても行きたいバーがあった。
そこは奥渋谷。なかなか辿り着くのに難しい隠れ家。
前々から知っていた。あるサイトで毎日のように投稿されているとても面白い文章を書く人がオーナーの店。
ーBar Bossaー
私はここの店主である林伸次さんのファンだった。
書籍は全て読破していた。そして林さんが選んだ曲のコンプリートアルバムの大ファンだった。確かAmazonで買ったあとすぐ品切れで買えなくなっていた。そのアルバムで私は初めてボサノバに触れた。そしてその中に収録されていたビル・エヴァンスやブロッサム・ディアリーやアール・クルーを初めて知って、大ファンになって、常にSpotifyで今もなおエンドレスリピートしている。
林さんの文章の魅力はその繊細な感情の機微。
まるで年頃の女の子のように繊細で、懐かしくも愛おしい独自のノスタルジーを感じさせる。
いつか本物の林さんに会いたい。そして話をしてみたい。
憧れと好奇心が入り混じる状態で毎日更新されるnoteの記事を読み、新刊の小説を読んでますます会いたくなった。
よし。行こう。
その頃、付き合い始めて間もない男と初めて訪れた。
ドアを開けてまず驚いたのが、照明の暗さ。
真っ暗。と言っても過言ではないほどの暗さに驚く。
メニューの文字がほとんど見えない。テーブルに置いてある小さなキャンドルが頼りだが、本当にほとんど見えない。
何故こんなにも暗いのか少々疑問に思ったが、2杯目のワインを飲み干す頃にその真意が分かった。
ホワンと酔いが回る頃、この暗い照明は非常にパーフェクトに女性の心にフィットすることが。
まず、女性が綺麗に見える。そしてその暗さに油断する。
心が余計な気遣いを忘れさせるのだ。
酔うと色んなことに隙が出始める。
グラスについた口紅を指先で拭うのを忘れたり、酔いで火照った顔のメイクが崩れたり、おつまみを食べる時のフォークの使い方が雑なのを気にしなかったり。
マイナスをカバーしてくれるだけじゃない。ワインによって時解された心を目の前に座る男に無防備にさらけ出せること。暗いと少々大胆になっても何故か恥ずかしさは半減する。
私が林さんのファンだということを伝えると、とてもわかり易く上機嫌になられた。そこもまた気取りのない林さんの素敵なところ。
そして何気なく私が言った一言を林さんは覚えていてくださって、それから行く度に必ずそのレコードをさりげなくかけてくださる。
あくまでもさりげなく。入店してすぐにはかけない。1杯目のワインが終わる頃。
「私、パティ・オースティンが大好きなんです」
自分の推しを尊重してくださる人に、人は心を砕く。
「好き」を大切に扱ってくれることほど嬉しいことはない。
それこそがパーソナルな接客。自分だけの大切な場所になる。
このウイルスの蔓延で久しく行けていないが、必ずまた行きたいと思わせる場所。bar bossa 。そこは限りなく女性を美しく見せ、心を解き解させ、サイコーに気分良く音楽を聴かせ、美味しいお酒を飲ませてくれる場所。
ここで飲むワインほど美味しいお酒はないと思っている。