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『小さな家の思想-方丈記を建築で読み解く』文春新書を出して⑪長尾重武

『方丈記』原本  今日、『方丈記』と言えば、京都府の大福光寺所蔵の巻物に書かれた『方丈記』を底本としています。しかし、江戸時代まで、あるいは近代も大正期までは、異なる底本にもとづいていました。

大福光寺本が、大正期に発見された時、漢字と片仮名だけで書かれているこの本は、鴨長明の自筆本ではないかと考えられて、なんと、国宝に指定されました。

しかし、奥付にある通り、鴨長明没後のかなり早い時期の写本であり、国宝指定は取り下げられましたが、自筆本にかなり近いものと考えらえています。それで、現代の底本とされているわけです。

角川ソフィア文庫(および角川文庫)の梁瀬一雄訳注『方丈記』の解説に詳しく書かれているように、『方丈記』には諸種の伝本があります。大きく、広本と略本に別れ、広本は、流布本系統と古本系統、略本は、三系統があり、長享本、延徳本、真字本の三つです。

近代初めまで、一般に流布していたのは、いずれも流布本系統の、嵯峨本、古活字本、正保版などです。それらは、それほど古くない写本が基になっています。

そして、古本系統と考えられているのが、大福光寺本、前田家尊経閣本、三条西家旧蔵本(学習院大学蔵)などです。いずれも古い写本が基になっています。

略本方丈記とは  略本は、三種あるだけです。いずれも、前半の五大災厄の記述がなく、ごく短いもので、広本の内容とはほとんど直接には重なりませんが、「無常の提示」にはじまり、「現世での人の悲嘆」「心の不安定」「死後の不安」へと展開し、「方丈庵」につづいて、「衣・食」「労働」「仏道と心」「庵と心」「浄土への期待」で結びます。大きく見れば、広本の構成に近いのです。略本をどう見るか、というのが、本書の一つの重要な仮説の提出になっています。すなわち、それこそ、方丈庵のプロトタイプ(原型)を示すものなのです。

しかし、略本の方丈庵についての記述は、その場所のイメージ、方丈庵の作りの説明など、ごく一部に違いはあるものの、見事に一致しています。

しかも、略本の方丈庵は、柱が竹、屋根も壁も、松葉など、いかにも、草の庵といった趣です。組立式ではありません。
仏間的なコーナーと寝床コーナーしか描かれていず、文学・管絃のコーナーが欠けています。

これはいかにも、極楽往生を願いながら、終の棲家を構想した初期のイメージそのものではないでしょうか。そのように解釈できます。また、略本それぞれに、明らかにあとから付加された部分があります。それらを除去すると、原本があらわれます。

こうして、思いがけない仮説が浮かび上がります。鴨長明が書いたのは、漢文(真字本)の略本方丈記でした。それから、それぞれ付加部分のある真字本、延徳本、長享本ができ、延徳本、長享本には、微妙な細部の違いがあります。それは、漢文を読み下したために起こったことだとすれば説明がつきます。

略本の解釈は以上のような、仮説に従ってみていくとき、明瞭になります。まるで推理小説のようですね。しかし、これが歴史学のテキスト・クリティーク(文献批判、批評)の方法なのです。



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