あなたの体のキズ跡のメッセージとは?「身体言語」-医療系心理学

■ナレーション
・Haru
・あんな
■イラスト提供
・陽炎
■台本と編集
・鈴木めいや(柴犬ルーベンス)

■台本
みな様こんにちは、医療の分野から生まれた分析心理学のチャンネルへようこそ。
さて、突然ですが「身体言語」という言葉を聞いたことはありますでしょうか?
このキーワードで、Google検索すると「ボディーランゲージ」と出てきますが、臨床心理学の本に書いてある身体言語という言葉は、ボディーランゲージとは、まったくの別物で、それとは関係がございません。
この言葉に関しまして「ユング派の心理療法」という本の146ページあたりには、このように書かれています。
日本語には、身体をつかった感情表現が多い。
たとえば、「頭が痛いは(困っている)」「腹が立つ、はらわたがにえくりかえるは(強い怒り)」「吐き気がする、ムカツクは(不快で受け入れることができない)」など。
臨床現場でこれらの症状が訴えられたときに、とくに客観的所見が見つからない場合は、感情が、非言語的に表現されている可能性がある。
言葉がひっこむと身体が語り出す。
強い情動は、自律神経を介して最初は機能的に、血圧が上昇したり、心拍が増加したり、腸管がけいれんしたりする作用を及ぼす。
その影響が強すぎたり、長期にわたったりすれば、各臓器に明らかな病変を生ずる。このように、人間のこころと身体は一体として反応する。
身体症状は人間関係を媒介したり、患者の「存在」をアピールしたりする言語のような機能をもつ。すなわち、身体言語として、なにかを表現している可能性がある。
さて、ここからは、これはもしかすると身体言語かもしれない、と判断できそうな実例を紹介します。
たとえば、ユング先生の師匠であった精神科医のジークムント・フロイトは、人生の晩年期に、アゴにガン細胞ができてしまい、アゴの手術を33回も受けています。
相当な激痛に襲われていたことは間違いのないことで、フロイトにとっての晩年は、この激痛との戦いだったと言ってもよさそうです。
わたし達の体のなかでも、アゴは食べ物を咀嚼したり、言葉を話すときに動かす部分です。
なのでアゴの象徴性について考えると、受け入れ難い出来事を、受け入れやすくするために咀嚼する、ということや、発言をする、ということと関係があります。
そしてフロイトの人生について考えると、彼がずっと書いていた論文は、当時の人々にとっては前衛的すぎたためか、当時は長いあいだ、無視され続けていました。
彼が書いた書籍も、当時はほとんど売れることはありませんでした。
つまりフロイトの人生には、受け入れることが難しい、厳しい現実がたくさんあったように思われます。
また、フロイトはユダヤ人の家系に生まれているため、ナチスドイツの迫害にあい、フロイトの妹は、強制収容所に連れて行かれて、56されています。
つまりフロイトの人生は、晩年期になってさえも、自分の身に起きた出来事は、どう咀嚼しても、受け入れることが難しい人生を歩いてきた人、と言えるでしょう。
そんな彼の心の背景を表現するのに、もっとも適切な体の部位は、どこだろうか?と考えると、やはり、物事を咀嚼するために必要なアゴが、一番ピッタリなのかもしれません。
さらにいうと、フロイトは、性発達理論を世界中に広めることによって、当時のヨーロッパ人の心を大きく傷つけた人物、とも言えます。
フロイトが「赤ちゃんにも性欲はある」と言って、それを証明したことにより、当時の人々の
「赤ちゃんとはまっさらで純粋な天使のようなものだ」
というイメージを、根底から破壊してしまった印象があります。
フロイトは実際に、多くの人々から多大な批判を受けて、バッシングされても、性的な心の働きを重視して、それを主張し続けました。
当時のヨーロッパ人は、ショックを受けて、精神的に傷つく人がたくさんいたのです。
フロイトのアゴのガンは、まるで目に見えない高い次元のなにかから
「黙れフロイト!これ以上、言葉の力で人々を傷つけるのであれば、その口を動かないようにしてやるぞ!」
とでも言われて、アゴにガン細胞が出来たかのようにさえ、感じてしまいます。
フロイトのこのような人生とアゴのガン細胞は、科学的には、なんの因果関係もなく、ただの偶然に過ぎません。
ですがユング先生によるシンクロニシティの理論から見ると「意味ある偶然の一致」という判断が成り立つように思います。
フロイトのアゴの、手術のキズ跡は、まるで彼の人生の背景をそのまま映し出しているかのようにさえ見えます。
また、もう一つ実例をあげると、このchの投稿主の親戚に、バイク事故で片足を複雑骨折をしたAさんがいます。
Aさんには弟がいて、小中学生の頃に、Aさんは周囲からよく、弟を見下したりバカにしたりという態度は良くない、ということを指摘されていました。
そして時折、弟はそんな兄に我慢しきれず、しびれを切らしてケンカになるのですが、それでもAさんが弟を見下すような態度は続いてました。
わたし達の体のなかでも「足」の象徴性について考えると、足は地面から立ち上がり、歩いたり走ったりするための部位です。
なので足は、自分の立場や論理的基盤などを象徴する場合があります。
また、足は下半身ですので「劣っていて低い立場の側面」という意味合いを持つこともあります。
Aさんが、周囲から「弟さんをイジメるのはやめろ」とよく言われていたことと、片足の複雑骨折は、これもまた、科学的には、なんの因果関係はありませんので、ただの偶然に過ぎないと言えるでしょう。
ですがユング先生による分析心理学から見ると「意味ある偶然の一致」、つまりシンクロニシティと関係している可能性がありそうです。
フロイトにしてもAさんにしても、なぜこのような、その人の人生の背景にピッタリな体の部位にキズ跡が残る、ということが起きるのでしょうか?
ここからは、そのメカニズムとも言える、一つの説を紹介します。
こちらは、ユング先生の元型論をアンソニースティーブンズが図にしたものです。
この図の中心には、セルフとあります。
「おとぎ話のなかの救済」という本の15ページには、こうあります。
「ユングは全体を自己調整する活動を、元型的セルフと定義します」
元型的セルフは、補償作用と言って、心の全体的な調和をはかり、バランスの悪い状態をできるだけバランスの良い心の状態に整えようとする自己調整の働きを持っています。
具体的な例を3つあげると、
例えば、砂漠でのどの渇きに苦しんでいる人が、眠りについたとき、オアシスの水をゴクゴクと飲んでる夢を見た場合…
また、例えば発言力に優れていて、男性的な性格の傾向が強くて、気遣いなどが下手で女性的な働きに欠けているタイプの人が、タイプの女性と手を繋ぐ夢を見た場合…
また、例えば宗教やスピリチュアルに偏見を持っている唯物論主義的なタイプの人が、神社の住職に追いかけ回される夢を見たという場合…
これらの夢はすべて、ユング派の心理学では、心の欠けている側面を、セルフの自己調整作用によって、バランスを整えようとして生じた夢であると解釈することができます。
基本的に、わたし達の無意識の働きは、このようなセルフによる自己調整の法則によって機能している場合が多いと考えられるのですが、この理論から見たときの、Aさんの複雑骨折について考えてみましょう。
つまり、Aさんの小中学生の頃の意識は、
「弟は自分よりも劣っている人物であり、雑用などはすべて押し付けてもよい人」
というような固定概念を持っていた疑いがあるのだとすると、そのような極端な偏見は、ものの見方や、あるいは「意識そのもの」の状態が、極端に偏っていたことを意味しています。
バイク事故で、片足を複雑骨折をしたAさんの場合、そんなAさんの無意識下でセルフが活性化したときに、そんな極端でアンバランスな意識の偏りを、無意識下のセルフは、強引に補償してバランスを整えようとして、そのエネルギーが物理世界に大きく影響を与えてしまった、と考えることができそうです。
つまり…
事象1、バイクに乗る
事象2、前日は雨が降っていて地面が滑りやすい
事象3、寝不足が続いてボンヤリしている
事象4、事故が起こりやすい急カーブの道に、好みの女性が通りかかって見とれてしまう
などの、たまたまの偶然が、1、2、3、4と見事に布置されてしまい、それはまるで完璧に整った星座の配置であるかのように、事故が起こりやすい事象が重なってしまった、ということでしょう。
その結果、足の複雑骨折に至る、というような流れがあったのかもしれないと、このチャンネルでは考えています。
おそらくフロイトの場合も、晩年になって、彼の無意識下の全人類に共通のセルフが活性化したときに、そんな自己調整の法則によって、ガンになりやすい諸要素が、物理的側面に布置されてしまったものと思われます。
それは具体的には分かりませんが、例えば、癌になりやすい食べ物を好むようになったとか、葉巻の成分がどうのというように、その環境が整ってしまったことによって、晩年、アゴの癌に苦しむ結果に陥ったのかもしれません。
ちなみに、仏教では、「意識」「物質」「エネルギー」の、この3つは、等価である、と説いており「意識は物質化する」「意識はエネルギー化する」という教えがあります。
そして量子力学では、そんな仏教の考えと見事に一致するという見解があり、
「仏教は、そうとう古い時代から、量子力学をもう既に説いていた」
という人さえいます。
このchでは、無意識の本能的な側面である「セルフの活性化」と、このようなシンクロニシティの現象には関係があると考えています。
最新の科学である量子力学と、古い歴史を持つ仏教、そして、ユング派心理学のこの3つは、それぞれが同じものを見ていて、それぞれが違う立場から、違う言葉でいろいろと語っている、ということが言えるのかも知れません。
さて、このような身体言語の考えを、視聴者様は、どのように思われますでしょうか?
そんなものは、なんの根拠もないただの妄想として切り捨てますでしょうか?
それとも、積極的にこの現象と向きあって、御一行してみますでしょうか?
もしこの動画の視聴者さまの体のどこかしらに、キズ跡がある方は、自分自身の心の背景と、なにか関わりがあるかも知れない、という観点から考えてみると面白いのかも分かりません。
ですが基本的に、それはご本人には気がついていない無意識の心の背景と関係している場合も多々ありますので、ご本人よりも、身近にいる親しい人のほうが指摘しやすい、という場合もございます。
さて、今回の動画は、いかがだったでしょうか?
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最後までご視聴、ありがとうございます~

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