監査委員が監査報告で伝えているもの
監査を構成する主体は、監査対象(監査客体)を監査する監査人と、監査人に対して監査客体を説明する被監査組織と、監査人の監査報告を受けとる報告利用者の三つです。この記事では、この三つの立場から監査報告について考えていきます。
まず、被監査組織の立場から考えます。被監査組織が監査客体を監査人に対して説明するのは、監査客体について対外的に説明責任を有しているからです。したがって、監査報告に記載された異状についても、その異状認定を是として修復・予防を行うと説明するか、否として無視するか理由を説明する責任があります。被監査組織は、監査報告に記載された異状について監査報告で初めて承知するわけではありません。監査人は監査を受ける過程で様々な特異点について被監査組織に対して事実確認を求め、その中で異状と認定したものを監査報告に記載しますので、被監査組織は監査報告に記載された異状について簡単な記載だけで特定することができます。被監査組織にとっては、対外的に対処を説明すべき異状が監査報告で特定できることが監査報告の意味です。この被監査組織が対処すべき異状が特定されているという監査報告の側面を、筆者は異状特定性と表現しています。被監査組織にとっては異状の記載は特定できれば簡素なもので足りますので、監査報告の読者として被監査組織だけを意識している監査人は、監査報告での異状記載を簡単なものにする可能性が高いことになります。
次に、監査人にとっての監査報告について考えてみます。監査人にとって監査報告は、提出先の報告利用者に対して監査業務の遂行について説明する手段であり、監査報告を提出することで、監査人は自らが実施した監査活動の実績を報告することになります。つまり、監査報告で監査人の説明責任を果たすことができるという側面が監査報告にはあります。この監査報告のこの側面を筆者は活動説明性と表現しています。
最後に、報告利用者にとっての監査報告について考えます。監査報告には、監査客体について監査人が認定した異状が記されています。報告利用者は、監査報告によって監査客体に関する情報を入手して、自らの意思決定の基礎とすることができます。むしろ、監査報告利用者の意思決定のために監査報告があると言っても過言ではありません。例えば、無限定適正意見が記載された財務諸表監査報告は、その財務諸表を信じて良いという監査人の認定を利用者に提供し、報告利用者は、その認定に基づいて投資や取引を判断します。このように、監査客体に関する監査人の認定が記載されている監査報告には、報告利用者の意思決定の参考になるという性格があります。このような、監査報告に記載された監査客体に関する情報が報告利用者の判断の基礎となる側面を判断貢献性と筆者は表現しています。
監査人が監査報告を作成するに当たっては、濃淡はあれ、上の三つの側面を考慮することになります。
それでは監査委員監査について上の三つの側面をみていきます。
まず、監査委員監査では、その異状特定性は制度的に求められていることから重要なものになっています。というのも、被監査組織は、監査報告に記載された監査結果に基づいて又は監査結果を参考として措置を講じたときは、措置の内容を監査委員に通知し、監査委員がその措置の内容を公表することになっている(地方自治法第199条第14項)からです。監査で発掘した異状を全て監査報告に記載しているわけではないことを監査報告で明らかにしている監査委員も存在しますが、おそらく、これは何らかの措置を求めるものに限って監査報告の記載しているのだと思います。山口県監査委員は令和5年度(上期分)定期監査結果報告書で、「2 監査の結果」を「定期監査の結果、改善留意を要するもの80機関、308件のうち、不適正の度合いが大きく、 報告・公表すべきと認めたものは20機関、40件あった。」として概況を一覧表で示したのちに「3 報告・公表事項」として部局別に40件を金額などを示して記載しています。続けて、「4 報告・公表事項以外の主な改善留意事項」を置いて態様別の一覧表を示していますが、これには部局を示していませんので措置報告の対象外となります。
このように、被監査組織にとっては、監査報告の異状特定性が必要とされますが、だからと言って、現状の監査報告に十分な記載がなされているとは限りません。上記の山口県監査委員の監査報告は例外的であり、監査報告の記載が簡潔過ぎて、別途、執行側に伝えなければ、十分な修復・再発防止ができないのではないかと思わせるような監査報告も存在します。それで足りているのは、監査人が監査を受けている過程で異状の可能性があるものについて被監査組織に対して事実確認を求めているからです。そのような簡素な記載に問題意識があったためか、総務省が自治行政局長名で通知(平成31年3月29日付け総行行第110号)した監査基準の案では、第15条第4項で次のように監査報告に詳細な記載の努力を求めています。
この総務省案の定めは、ほとんどの監査委員が自ら定めている監査基準に採用しています。ただし、それにより、詳細な記載に努めている監査委員は多くはありません。
監査報告の活動説明性についてみると、監査委員監査の定期監査報告の提出先は議会と首長等です。これらは監査の制度的依頼人とも言えますが、公表されるということからは、住民も依頼人と看做せるでしょう。監査報告は、これらの依頼人に対して監査委員がどのように活動して何を問題視したのかの記録を提供するという側面があります。監査委員が注力する定期監査(地方自治法第199条第4項の規定に基づく義務的監査)の場合、一年に1回の監査報告に取りまとめている監査委員は活動説明性に困ることはありませんが、複数回の監査報告を提出している監査委員もいます、この場合、活動説明性が薄れるため、「総括」という文書で1年分の内容を取りまとめた報告書を作成している監査委員もいます。また、毎年1回作成する決算審査意見書で1年間の定期監査結果を説明している監査委員もいます。さらに、監査委員によっては活動の説明を監査報告に限定することなく別な媒体を用意しています。例えば、山形県監査委員事務局は、毎年「監査のあらまし」(令和5年3月発行)を発行して、各年度の監査結果を取りまとめていますし、埼玉県監査事務局は、毎年度の「事務概要」を作成しています。また、東京都監査委員は、毎年、「事業概要」を作成しているほか、都議会定例会監査委員報告を行なっています。
三つ目の判断貢献性については、監査委員監査の報告を受けるのは議会と首長等です。議会は予算や条例を制定して財務事務に規範を付与する立場であり、首長は予算案を作成し、規則を制定して、財務事務の執行を統制します(筆者は首長を最高統制責任者と表現しています)。したがって、監査委員の監査報告が有する判断貢献性とは、議会が付与する規範を見直す必要があるかの判断や、首長が最高統制責任者として統制を見直す必要があるかの判断に貢献するということです。これについては、前述の総務省監査基準案が判断貢献性を明確にするような規定を設けています。例えば財務監査について基準案は「監査等の範囲及び目的」を定めている第2条の第1項第1号で財務監査の目的を次のように定めています。
その上で、「監査等の結果に関する報告等への記載事項」を定めている第15条の第2項第1号で、財務監査の結果に関する報告には、重要な点において次が認められる場合にはその旨その他監査委員が必要と認める事項を監査の結果として記載するものとするとし、第3項で重要な点において次が認められない場合にはその旨その他監査委員が必要と認める事項を記載するものとする、と定めています。
この総務省案の定めは、次のように、監査委員の監査報告に強い判断貢献性を求めているものです。
財務監査では大なり小なり誤りが見つかるものです。そして、監査報告に記載するような統制逸脱や公的資源活用不十分といった異状がそれなりにあっても、それが想定の範囲内であれば、それぞれの修復や再発予防措置を講じれば足り、議会も首長等も統制を見直す必要はなく、何らかの意思決定を下す必要はありません。その場合、総務省監査基準案が監査報告に監査結果として記載することを求めているのは、「監査した限りにおいて、重要な点において、監査の対象となった事務が法令に適合し、正確に行われ、最少の経費で最大の効果を挙げるようにし、その組織及び運営の合理化に努めていることが認められる」旨です。一方、経理が紊乱しているなど議会や首長等に統制の見直しを求めたいと監査委員が判断した場合は、「監査した限りにおいて、監査の対象となった事務が法令に適合し、正確に行われ、最少の経費で最大の効果を挙げるようにし、その組織及び運営の合理化に努めていることが重要な点において認められない」旨を監査結果として記載することを総務省監査基準案は求めています。このいずれかを監査結果として記載することを義務付けることで、議会や首長の判断に貢献させようとしているのです。
例えば川崎市監査委員は12月8日付けで公表した監査報告において、「8 監査の結果」の冒頭を次のように監査基準に従って記載しています。
もっとも、このような規定は必ずしも必要ではありません。それは、合理化意見という制度があるからです。この制度は、地方自治法第199条第10項の規定(「監査委員は、監査の結果に基づいて必要があると認めるときは、当該普通地方公共団体の組織及び運営の合理化に資するため、第七十五条第三項又は前項の規定による監査の結果に関する報告に添えてその意見を提出することができる。この場合において、監査委員は、当該意見の内容を公表しなければならない。」)に基づいて監査報告に添付して提出する意見です。その目的である「組織及び運営の合理化」の合理化とは効率性・有効性の向上ということになりますが、効率性というのはインプットとアウトプットの関係の問題であり、求めるアウトプットは監査人が定める筋合いのものではないですし、インプットに選択の余地が大きい問題は存在します。また、有効性はアウトカムの問題であり、許容範囲の設定について選択の余地が大きい問題です。この意見については、添付という位置付けから、当為性に乏しいために監査報告本体に盛り込むことができないようなもの、すなわち、効率性・有効性の観点からの問題で、その対処に選択の余地が大きく、執行側の判断に委ねる性格のものということになりますし、あるいは執行側で対処できずに議会の判断を仰ぐものもあり得ます。その意味で、合理化意見は議会と首長の判断を仰ぐという性格も有していて、判断貢献性を発揮させるための手段ということも言えます。総務省監査基準案が「重要な点において認められない」旨を記載させようしているような場合には、むしろ、その理由を合理化意見として明確に記載する方がはるかに判断貢献性が高いと言えます。
したがって、総務省監査基準案第15条第2項及び第3項に相当する規定を設けていない監査基準を作成している監査委員も少なからず存在します。
例えば、尼崎市監査委員が策定している尼崎市監査基準は、「監査報告等の内容」と題した第21条に、総務省監査基準案第15条第1項に相当する規定を第1項として設けていますが、第2項から第4項までに相当する規定は設けていません。「監査等の結果」に記載する内容については、監査報告を作成する監査委員にフリーハンドを与えています。
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