監査基準を遵守しているかで監査委員を格付けしてみた
令和2年から監査委員に対して監査基準を作成し、それに従って監査をするという職責が新たに課されました。このnoteは、これを利用して、監査委員を格付けしようとするものです。監査委員が監査基準に従っているかによって「一流」「普通」「二流」「三流」と格付けしますが、用いる監査基準は、外形的に判断できる報告基準、つまり、監査報告を作成する基準です。報告基準に従って監査報告を作成しているかは外形的に調べることができるので、これにより格付けします。また、対象とする監査報告は、地方自治法第199条第4項の規定に基づく義務的な監査の報告を取り上げます。一般に、定期監査とか、定例監査などと表現されている監査の報告です。なぜなら、この義務的な監査は、どの監査委員も行なっているもので自治体間の比較が可能であり、財務諸表監査と類似している審査とは異なり、公権力監査らしい監査であって、一部の自治体で大きな負担となっている住民監査請求に基づく監査を除けば、監査委員が最も注力している監査だからです。
<監査基準制度導入前の監査結果の記載>
監査委員が監査基準に従って義務的な監査の結果に関する報告を作成するかを調べるに当たって、まず、監査基準制度が導入される前に、監査委員が監査結果をどのように監査報告に記載したかをみていきます。
監査基準制度導入前においても導入後においても、監査委員が何を報告すべきか、監査報告に何を記載すべきかについて法律の定めはありません。
国の公監査機関である会計検査院については、会計検査院法第29条で「日本国憲法第九十条により作成する検査報告には、左の事項を掲記しなければならない。」として8項目が列挙されています。しかし、監査委員については、同様な規定はありません。このため、監査委員の報告の記載事項については監査委員の判断に委ねられています。モデルがあった方が良いという考えがあったのか、例えば全国の都道府県の監査委員が集まる全監連(全都道府県監査委員協議会連合会)では、監査基準のモデルを作成していました。ただし、その内容は実施基準だけでした。守秘義務など一般基準に相当するものは地方自治法で定められているため、公権力機関である監査委員が重畳的に定めることはできませんし、監査委員によって区々となっていた報告基準については、取りまとめる意義がなかったのでしょう。
いずれにせよ、各自治体の監査委員が報告に監査結果として記載する内容については様々ですが、どの監査委員も異状を報告しようとする姿勢は同じです。それは、監査というものが、監査対象に期待外れのことがないかを点検して期待外れの異状があった場合にそれを報告するものだからです。
ただ、期待外れのことが無かった場合の記載については、監査委員によって、二つのパターンがありました。一つは、「指摘するものはなかった」などと異状なしを記載したり、何も記載しないパターン。今一つは、「適正であった」や「良好であった」など肯定的評価を記載するパターンです。ここでは、前者を異状報告型、後者を妥当認否型と表現します。
異状報告型の例を挙げると、岐阜県監査委員が令和元年6月実施分定期監査の結果として公表している監査報告があります。この報告の「第2 監査結果」の冒頭では「監査の結果、23 機関において、18 件の指摘事項及び 15 件の指導事項が認められたので、対象機関に対し是正又は改善の措置を講ずるよう求めた。」と記載しており、その上で、続く機関別の「監査の結果」では「特に指摘及び指導する事項はなかった。」と記載したり、「次のとおり指摘又は指導する事項があった。」と記載したりしています。
妥当認否型の例を挙げると、新潟県監査委員の令和元年6月14日公表の定期監査の報告があります。この報告では、監査結果を機関の別に記し、異状があった機関については当該異状を「指摘事項」「注意事項」といった分類を付して記載し、異状がなかった機関については「適正と認めた。」と記載しています。また、川崎市監査委員は、元年12月10日付けの監査報告の「6 監査の結果」の冒頭を、「監査の結果、おおむね適正に執行されているものと認められたが、次のとおり改善措置を要する事項があった。」と記載しています。
上記の異状報告型のアプローチと妥当認否型のアプローチは、それぞれ、会計検査院の検査報告と財務表監査の監査報告と類似しています。
会計検査院の検査報告は異状報告型です。会計検査院法は、第29条第3号で「検査の結果法律、政令若しくは予算に違反し又は不当と認めた事項の有無」を検査報告に記載することを義務付けています。つまり、異状の有無を監査結果として記載すると規定されており、検査報告書においては、異状があった所管・団体について記載しているので「無し」との記載はありませんが、国会においては、全所管について検査報告の説明をしているので、例えば「令和元年度国会の決算につきまして検査いたしました結果、特に違法又は不当と認めた事項はございません。」(令和5年4月24日衆議院決算行政監視委員会第1分科会)などと異状が無かったことを説明しています。このように異状の有無を報告するスタイルとなる背景は、会計検査院の活動の性格です。会計検査院の活動(監査委員の「審査」に類似する「決算の確認」を除く。)は、公的資源に関する契約、支出など個々の会計行為を点検して、その当否を認定していく活動です。会計行為は人間の行うことですから錯誤が生じ得ます。そのほとんどは、相互点検や上司の審査などの組織内点検で是正されますが、対象が膨大なだけに組織内点検の漏れも生じやすいものとなります。また、錯覚が処理組織内で共有されている場合は内部点検の網にはかかりません。したがって、個々に監査していけば、忙しい部署、人事異動が少ない部署ほど何らかの異状が発見できることになりますし、会計検査院は、異状が看過されやすいところ(異状のリスクが高いところ)に重点的に監査し、内部点検の漏れを摘出していきます。この結果、異状が発掘されて報告に記載されるのが普通であり、いわば、異状があるのが通例です。無かった場合であっても、発掘から漏れただけであり、「適正であった」とか「良好であった」との認定には至りません。
一方、財務諸表監査は、特定の財務諸表を点検して、大きくは間違っていないという保証を与えるものです。財務諸表は膨大な情報の集約ですが、その組織内点検は集中して行われるのが通常です。したがって、通常であれば、その監査報告は無限定適正意見、すなわち、「経営者の作成した財務諸表が、一般に公正妥当と認められる企業会計の基準に準拠して、企業の財政状態、経営成績及びキャッシュ・フローの状況を全ての重要な点において適正に表示していると認められる」旨の意見が記載されることになります。
<監査基準制度創設の背景>
地方自治法は平成29年に改正されましたが、その眼目の一つは監査委員制度の充実であり、その大きな柱が監査委員の監査基準制度です。その29年法律改正の基礎になった答申が、「人口減少社会に的確に対応する地方行政体制及びガバナンスのあり方に関する答申」(第31次地方制度調査会答申 平成28年3月16日)です。この答申では監査基準制度を必要とする理由を次のように説明しています。
上記の文章(ゴシックは引用者。以下同じ)は、ほとんどの人にとって分かりにくいものになっています。なぜなら、この文章は、財務諸表監査の監査基準を理解している人を念頭に置いて書かれているからです。
財務諸表監査とは、財務諸表を作成した企業が、その点検を専門の監査人に依頼して行ってもらう監査です。監査の対象はその財務諸表であり、依頼された監査人は、監査の結果を踏まえて監査報告を作成して依頼人に提出します。その監査報告は、監査対象となった財務諸表と一体のものとして利用されます。そして、財務諸表の利用者に対して、当該財務諸表が大きくは間違っていないという保証を与えます。大きくは間違っていないという意味は、当該財務諸表を信じてその企業に投資したり、その企業と取引したりして大丈夫です、ということです。財務諸表は企業の数だけあり、監査人は多数いますから、監査人によって監査報告の記載方法が異なっていては監査報告の利用者が戸惑うことになりますし、そもそも監査報告の基礎として実施した監査の実施内容が監査人によって異なるようでは監査報告に信が置けないということになりかねません。また、監査報告の利用者は監査人を拒否したりできません。そのような監査報告の利用者が「監査結果についてどのように受け止めるべきか」を明確にするために監査基準が必要とされます。財務諸表監査の監査基準は、「監査人は、適正性に関する意見を表明する場合には、一般に公正妥当と認められる企業会計の基準に準拠して、経営者の作成した財務諸表が、企業の財政状態、経営成績及びキャッシュ・フローの状況を全ての重要な点において適正に表示しているかどうかについての意見を表明しなければならない。」とした上で、表明する意見として、無限定適正意見、限定付適正意見、不適正意見、意見不表明の4類型を示し、どのような場合にどの類型の記載をするかを定めています。したがって、監査報告付きの財務諸表を利用する株主、投資家、取引先など不特定多数の者にとって、「監査結果についてどのように受け止めるべきか」は監査基準があるからこそ明確です。つまり、様々な監査人が同一の監査基準に従って監査報告を作成することで、監査報告を利用する不特定多数の者に対して「監査結果についてどのように受け止めるべきか」を明確にしている訳です。上で引用した答申の(2)の「このため」で始まる第2段落は、このことが理解できれば分かりやすくなります。
もっとも、この議論が監査委員監査についても当てはまるのかは疑問です。財務諸表監査の場合、監査報告の利用者は不特定多数ですし、それぞれの利用者が監査人に対して「監査結果についてどのように受け止めるべきか」を質す機会は存在しません。したがって、監査基準がなければ「監査結果についてどのように受け止めるべきか」は明確になりません。しかし、監査委員監査の場合は事情が異なります。
監査委員監査の場合、監査報告はそれぞれの議会と首長等に提出されます。提出を受けた議会や首長等は、「監査結果についてどのように受け止めるべきか」が明確でない場合には、提出した監査委員に対して質すことができます。したがって、真面目な議会や首長にとって「監査結果についてどのように受け止めるべきか」は明確です。また、真面目な監査委員は、住民に対しても監査結果の用語については監査報告で説明を加えており、「分かりにくい」ものではありません。そして、真面目でない監査委員(「職務上の義務違反その他監査委員たるに適しない非行がある」監査委員(地方自治法第197条の2第1項))は監査報告の利用者が罷免できます。
つまり、財務諸表監査の場合に監査基準が必要とされている理由は、監査委員監査の場合には成立しません。
それでも、答申は監査基準が必要だとしています。その理由を理解するためには、財務諸表を監査する監査基準の位置付けを理解する必要があります。企業の財務諸表とは、その企業に投資するか否か、その企業との取引を継続するか否かなどの意思決定の基礎になるもので、その監査報告は、財務諸表利用者の意思決定を支えるものです。そのような意思決定の基礎としての監査報告に馴染んだ人が、監査委員の監査報告を読んでも、「監査結果についてどのように受け止めるべきか」は明確ではありません。それは、監査委員の監査報告は第一義的には監査委員の活動報告であり、監査報告の利用者が、そこに記載された監査結果を踏まえて意思決定を行う性格は希薄だからです。監査委員が報告提出先の議会や首長等に何らかの意思決定を求める場合には監査委員は監査報告にその旨を記載しますし、場合によっては勧告や意見添付も行うでしょうが、その必要がない場合には、単に異状の報告をすれば足ります。つまり、平時は財務諸表が信頼に足るものだと表明する財務諸表監査に対して、平時は、生じている個々の異状の報告を行うのが監査委員監査です。
その相違を理解していない人々によって答申の議論が展開され、監査基準制度が創設されました。監査基準を取り上げた理由は、財務諸表監査においては、監査基準が、大きな粉飾決算が生じて社会問題となるたびに、監査の失敗を踏まえて創設・改訂されてきたという性格を有しているからです。近年の大きな改訂としては、2002年(平成14年)に「懐疑心」の表現や継続企業の前提に対する対処が監査基準に盛り込まれたことを挙げることができます。そのときの背景には「最近、経営が破綻した企業の中には、直前の決算において公認会計士の適正意見が付されていたにも関わらず、破綻後には大幅な債務超過となっているとされているものや、破綻に至るまで経営者が不正を行っていたとされるものもある」(平成14年1月25日企業会計審議会意見書)ことがありました。このような、財務諸表監査における監査基準の位置付けを踏まえて、「地方公共団体の不適正な予算執行」を看過してきた監査委員の監査の失敗に対して監査基準の導入によって対処しようとしたのだと理解できます。
<総務省作成の監査基準案>
地方自治法の平成29年改正は、そのほとんどが令和2年4月1日に施行され、以後、監査委員には、監査基準を作成してそれに従って監査等を行うことが義務付けられました。施行の1年前に、総務省は自治行政局長名で通知(平成31年3月29日付け総行行第110号)を出し、監査基準の案を示しています。この通知では、「改正後の地方自治法(‥)第198条の4第5項の規定により、総務大臣は指針を示すとともに、必要な助言を行うものとされました。」と説明した上で、「総務省としては、監査委員が定める監査基準について総務大臣が示す指針等に関し具体的な検討を行うため、有識者並びに地方公共団体の監査委員及び職員で構成される「地方公共団体の内部統制・監査に関する研究会」をこれまで開催してきたところです。」と通知の背景を説明しています。その上で、「今般、当研究会における議論を踏まえ、地方公共団体に共通する、監査等を行うに当たって必要な基本原則と考えられる事項を規定した「監査基準(案)」(別添1)を策定しました」ので通知したと説明しています。
依命通知ではありませんから、この局長通知は、地方自治法第198条の4第5項に基づく総務大臣の助言には該当しませんが、そうであるにせよ、この通知で示された監査基準案に対する監査委員の対応は、自治体によって大きく異なりました。示された総務省案を一顧だにしないで監査基準を作成しているところもあれば、総務省案にある表現の重複や公用文らしからぬところを修正した上で採用しているところもあります。
例えば、義務的な周期的監査(地方自治法第199条第4項の規定に基づく監査)で何を監査の結果として監査報告に記載するのか、ということについてみていきましょう。総務省案は、監査結果と記載する内容を、第15条の第2項、第3項及び第4項で次のように定めています。
つまり、第2項と第3項では肯定的評価又は否定的評価を記載することを求めており、第4項では異状を記載することを求めています。
この総務省案に対し、監査の結果の記載について何も規定していない監査基準も存在します。大阪府監査委員が作成した大阪府監査基準です。大阪府監査委員は、監査報告について独自のアプローチをしており、それを拝見すると、真面目に監査業務を遂行していると思います。監査基準をそれぞれの監査委員が作成することとしている一つの成果がこの監査基準であると言っても過言ではありません。一方、上記の総務省案第15条の第4項は採用しているものの、妥当認否の記載を求める第2項と第3項は採用していない監査委員もいます。例えば、八戸市監査委員が作成している八戸市監査基準がそれですが、八戸市監査委員は、監査基準制定前(例えば令和元年11月19日付け監査報告)も制定後(例えば令和5年12月1日付け監査報告)も、監査報告には、監査の結果として「監査の結果、財務に関する事務は適正に執行されていると認められた。」との記載があり、妥当認否を回避するために2項と第3項を採用しなかったということではないようです。ほかに、鳥取県監査委員が作成している鳥取県監査基準も、妥当認否を記載させる規定(総務省案の第15条第2項及び第3項)を置いていません。こちらは、令和5年11月28日付けの監査報告でも妥当認否を記載しておらず、異状がなかった機関については、監査の結果として「財務に関する事務の執行について、処置する事項は認められなかった。」と記載しています。
総務省案では、第15条第2項で監査の種類に応じて第1号から第8号まで記載内容を規定していますが、この規定は、第2条(第1項第1号から第8号まで)で規定している監査の種類別の目的の規定と表現に重複があります。この重複を解消したのが埼玉県監査委員で、埼玉県監査基準では、総務省案の第15条第2項に相当する規定(第16条第2項)を、「前項第六号の監査等の結果には、第3条第1項各号に掲げる監査等の種類に応じて、重要な点において第2条第1項に掲げる趣旨が認められる場合にはその旨その他監査委員が必要と認める事項を記載するものとする。」と監査目的を定めた条項(第2条第1項)を引用することで、総務省案にある表現の重複を回避しています。さらに、総務省案の第2項と第3項を統合した表現としているところもあります。盛岡市監査委員が作成する盛岡市監査基準第21条第2項は「前項第7号の監査等の結果には,監査等を実施した限りにおいて,第4条第1項各号 に掲げる監査等の種類に応じて当該各号に定める事項が,重要な点で認められるか否か その他監査委員が必要と認める事項を記載するものとする。」としています。
一方、総務省案を何も変更せずにそのまま採用しているところもあります。令和5年末で、67都道府県・政令市のうち45、62中核市のうち49の監査委員が、監査結果の記載について総務省案をそのまま採用しています。
<監査対象の個別事績に対する妥当認否と全体に対する妥当認否>
先述したように、監査基準制度導入前でも、監査委員によっては、異状がない機関について「適正と認めた」など妥当と認定した旨を監査結果として記載していました。それは、異状がなかった機関について肯定的な評価を表明していただけで、異状があった機関については異状を記載するだけで否定的評価の表明は行なっていませんでした。しかし、総務省案は第3項で妥当性の否認を記載することも求めています。それは、財務諸表監査では、大きくは間違っていないと判断した財務諸表について肯定的な評価(無限定適正意見)を記載する一方で、それができないものについては、限定付適正意見、不適正意見又は意見不表明として程度の差はあれ、鵜呑みにしないようにとの否定的評価を記載するからです。
この否定的評価の記載は、財務諸表監査の監査人にとってもハードルが高いものです。それは、通常は肯定的評価であり、否定的評価が必要な場合が稀な上に、肯定的評価が困難であるとの判断にどうしても裁量的要素が強く出てくるという面もあるでしょうが、財務諸表監査の作成者と監査依頼人(監査報告提出先)が同一である、ということもあるでしょう。
一方、監査委員にとっても否定的評価のハードルは高いものがあります。否定的評価の判断に裁量的要素が強く出てくることは財務諸表監査と同様ですが、一つの財務諸表に対して一つの監査報告が対応する財務諸表監査と異なり、監査委員の周期的な義務的監査の対象は、財務事務の執行の集積であり、個々の執行に対する当否の認定はできても、その集積に対しての当否認定は裁量的要素が一層強いということがあります。総務省案が「重要な点において」と限定しているのは「大きくは間違っていない」という趣旨であり、これを理解していない監査委員も存在します。さらに、個々の当否でも、3E監査の認定の対象は個々の事務執行ではなく、執行結果であり、合規性監査より困難である、ということもあります。また、監査委員によっては、財務監査の対象の責任者と監査依頼人(監査報告提出先)が同一である、と誤解する向きもあるようで、その誤解に立っている監査委員にとってはハードルが高くなります。
まず、否定的評価の困難さについてみてみると、財務諸表監査の場合、否定的評価の記載は、監査報告の利用者に対して、当該財務諸表を信用して意思決定してはいけない、というメッセージを与えることになります。そのメッセージは限定付適正意見、不適正意見又は意見不表明の三つに類型化され、それぞれの類型が監査報告の利用者に対して、どうして鵜呑みにしてはいけないかの情報を提供します。では、監査委員の監査報告の場合、監査報告の利用者に対してどのようなメッセージを届けることになるのでしょうか。監査報告の利用者は議会と首長です。議会は条例を定めますが、自治体が「義務を課し、又は権利を制限するには、‥、条例によらなければならない」(地方自治法第14条第2項)とされ、課税を定めたり、公金を支出する予算を決定したり(同法第96条第1項)する権限を有します。被統治者から選挙された議員によって構成される議会が課税徴収や公金支出について決定して、統治機関に対して課税徴収権能や予算(公金支出権能)を付与する統治を財政議会主義の統治と言いますが、監査委員が監査報告を提出する議会は、そのような財政議会主義に基づく議会です。このようなシステムの下では、監査報告で表明する議会に対するメッセージは、平時は、たとえ指摘が数多くあっても、問題ありません、ということになるはずで、それを受けた議会は特段の意思決定やアクションを起こす必要はありません。一方、議会に特段の意思決定やアクションを求めたいと監査委員が判断したならば、否定的評価を記載することになるでしょう。そのように考えれば、否定的評価の記載についてのハードルは一段下がるでしょう。
以上の議論は、監査報告の提出先が議会であるということが前提になります。しかし、監査委員の中には、監査報告の提出先として議会を意識していない向きも散見されます。というより、提出先として首長だけが意識されていて議会をその他としてしかとらえていない監査委員もいらっしゃいます。例えば、公式サイトに掲出している監査報告において、併せて掲出している提出文が首長宛のものだけだったり、列挙している場合も首長を先頭にしていたり、公式サイトに首長宛に提出している写真だけを掲出したりしている監査委員は、財政民主主義のもとでの議会の位置付けを理解していないことを示しています。もっと甚だしいのは、公式サイトで自らを内部監査であると説明しているところもあります。おそらく、外部監査人制度との比較で内部監査と誤解したのでしょうが、その誤解の一因として、首長のために監査をしているという意識もあると思います。なぜなら、監査報告の利用者が監査対象のトップであるのが内部監査で、監査報告の利用者が監査対象の外に存在するのが外部監査ですから、首長に報告する意識が高いと内部監査という誤解が生じやすいことになります。
次に、監査の対象が個別の執行事務であり、監査対象全体の評価との間に評価の次元の差があるいう点について説明します。おそらくはこのために、少なからぬ監査委員が、監査基準どおりに肯定的評価を記載できなくなっています。例えば、茨城県監査委員は、監査報告の記載について総務省案と同様な規定を設けていますが、令和5年12月25日付けで公表した監査報告では「第2 監査の結果」「2 監査結果」の冒頭を次のように記載しています。
そして、この記載に続いて「ア 指摘事項」「イ 注意事項」の項を設けて該当する異状を説明しています。この記載は、個別執行事績の当否認定(監査対象に対するメッセージであり、議会に対しては活動報告)と監査対象の当否認定(議会に対するメッセージ)に次元の差があることを理解していない記載と言えます。それは、「重要な点において」という記載がないことからも分かります。
「重要な点において」を記載している監査委員も存在します。例えば、川崎市監査委員が5年12月8日付けで公表した監査報告では、「8 監査の結果」を次のように記載しています。
つまり、事務の一部で異状はあったが、重要な点においては問題なかった、という立論になっています。しかし、これはこれで、次元の差を意識していないようにも思えます。それを示しているのが「努められたい」で締めている第2段落で、ここでは、監査対象に対するメッセージしか意識されていません。この記載は、監査報告提出先の議会が、公的資源委託者として規範を付与する立場であるという理解に欠けているのではないかとの疑念を生じさせます。
次に、次元の違いを認識している例として、滋賀県監査委員が5年12月1日付けで公表した監査報告の「5 監査結果」の冒頭部分を挙げておきます。
この報告では、異状を「なお」書きで付記しており、滋賀県監査委員が次元の違いを認識していることを示しています。
<監査委員の「格付けチェック」>
上記を踏まえて、格付けしますが、その前に、一部に存在している誤解について説明しておきます。それは、地方自治法が義務付けている「監査基準に従って監査する」を、監査基準に従って監査を実施することを意味しているとする誤解です。この誤解は地方自治法における監査基準の定義の誤読から生じています。地方自治法第198条の3第1項は、監査基準を「法令の規定により監査委員が行うこととされている監査、検査、審査その他の行為(・・)の適切かつ有効な実施を図るための基準をいう。」と定義しています。これを、一部の監査委員は、適切かつ有効な実施の基準、と誤読されているようです。そもそも監査の効果は、実施過程のみならず、監査報告によっても生じます。実施する監査の内容自体、監査報告に何を記載することとしているかで変わってくるわけで、有効な実施を図るためには監査報告も重要になってきます。だからこそ、監査基準は報告基準も構成要素になっているわけです。つまり、地方自治法が義務付けている「監査委員は、その職務を遂行するに当たつては、法令に特別の定めがある場合を除くほか、監査基準(・・)に従い、常に公正不偏の態度を保持して、監査等をしなければならない。」との「監査をする」ことには、監査報告の作成も含まれます。
それでは、本題の格付けを行います。まず、「一流」に位置付けるのは、監査基準に従って監査報告を作成している監査委員です。ここには、監査結果の記載について何も定めていないか、異状報告のみを定めている監査委員が該当しますし、また、妥当認否を定めている監査基準に従って、その文言で監査報告を記載している監査委員も含まれます。
令和5年末で前者に該当する都道府県・政令指定都市・中核市は、栃木県、群馬県、東京都、神奈川県、山梨県、長野県、静岡県、愛知県、京都府、大阪府、兵庫県、奈良県、鳥取県、山口県、札幌市、京都市、堺市、神戸市、八戸市、宇都宮市、川越市、八尾市、尼崎市、吹田市、奈良市の25自治体です。
後者に該当するのは、岐阜県、滋賀県、高知県、川崎市、静岡市、大津市、豊橋市、呉市の8自治体です。
〔'24/8/7追記:2024年4月1日から岐阜県監査委員が監査基準を改訂していて、監査結果として異状を記載することとしており、前者は26自治体、後者は7自治体になっています。'24/9/3追記:さいたま市監査委員は2024年度から静岡市監査委員と同様な記載をしており、後者は8自治体になりました。'24/9/4追記:長野市が該当していることが判明して後者は9自治体になりました。'24/9/9追記:前者には'24/8/30に監査基準を改正した北海道が加わって27自治体になりました。'24/9/16追記:横浜市は監査基準は総務省案と異なっていますが後者に該当していますし、秋田県は言葉足らずですが後者に加わっており、また、和歌山市も後者に該当していて後者は12自治体となっており、前者27自治体と合わせ、一流の監査委員は39自治体となっています。'24/10/29追記:相模原市が後者に該当することが判明し、後者は13自治体となり、前者27自治体と合わせ一流の監査委員は40自治体で、都道府県・政令市・中核市144自治体の27%まで増えました。〕
次の「普通」に該当するのは、ちょっと惜しい監査委員であり、監査基準の文言に従おうとはしているのですが、個別事績と事績集積の次元の違いが理解できないまま、「重要な点において」を表現することなく、〇〇以外では妥当だったなどと記載している監査委員です。
令和5年末で該当するのは、福島県、茨城県、岡山県、三重県、愛媛県、大阪市、福島市、いわき市、八王子市、福井市、松本市、長野市、岡崎市、一宮市、豊中市、宮崎市です。〔このうち長野市はその後「一流」へ昇格しています。また、新たに、山形県、前橋市、鳥取市、松山市、高知市がランクインしています。〕
上記以外は「二流」以下ということになりますが、該当する監査委員のなかには不本意と思われる方もいるかもしれません。例えば、「良好である」と記載している監査委員です。そのように記載している監査委員は、当該記載の意味は、重要な点において、監査の対象となった事務が法令に適合し、正確に行われ、最少の経費で最大の効果を挙げるようにし、その組織及び運営の合理化に努めていることが認められた旨であり、監査基準に従った記載であると理解していれば不本意と感じるでしょう。たしかに、自分が作成する責任を有していない監査基準であれば、そのように解釈しているという主張は可能でしょう。しかし、従うべき監査基準は自らが作成しているものです。したがって、そのように解釈している監査委員は、例えば、自らの監査基準を、「監査の対象となった事務が法令に適合し、正確に行われ、最少の経費で最大の効果を挙げるようにし、その組織及び運営の合理化に努めていることが認められたときは良好である旨を記載する」といった規定にするはずです。そうしないのは、横並び意識など他者志向があるか、総務省や監査基準統一論者への忖度が働いているか、前例踏襲の事なかれ主義と解するしかありません。そのような他者志向や忖度や事なかれ主義は、監査対象に課されている規範と監査対象の事実に基づいて判断すべき監査人としては絶対に避けるべきことですから、「二流」以下と判断せざるを得ません。
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