ショートショート『家族を捨てた男が北極で誕生日ケーキを作った話』
間違えて家族を捨てた。
もちろん、現実世界の話ではない。
ゲームの中での話だ。
現実世界では捨てる家族すらいない。
だらだら会話が続くので、画面を連打していたら、「家族を捨てますか?」の問いに「はい」を選んでしまったようだ。
どんなクソゲーだよ。
家族を捨てるか聞かれるゲームなんて。
家族を捨てたことで、一部ステータスの下落が起きてしまった。
その代わり、行ける場所の選択肢がいくつか増えた。
現実世界でも家族を捨てたら、色々失う代わりに時間が手に入るのだろうか。
家族のいない私にはわからない。
増えた選択肢を見ていたら、1箇所気になる場所があった。
北極だ。
「北極?」
思わず声が出る。
わざわざ家族を捨てて得た時間を使って北極に行くなんて、意味がわからない。
ゲーム進行に何の役にも立たなそうだし。
しかし、もう順当なエンディングは迎えられなそうなので、とことんふざけた選択肢を選べば、もしかしたら隠しエンディングに辿り着けるかもしれない。
そんな淡い期待を持ちつつ、私は北極に行くことにした。
北極に着いてみると、そこは本当に何にもない場所だった。
そりゃそうか。
コンビニなんて便利なものはないし、そもそも食料確保すら難しい。
思いつきで来てしまったものだから、アイテムを買い込むのを忘れていた。
それでも何か食べないとHPが減り続けてしまって危険だ。
アイテムボックスを覗いてみると、食料で入っているのは、苺、スポンジ、生クリーム……生クリーム!?
なんでこんなものが入ってるんだ?
……ああ。
家族に誕生日ケーキを作ったら、特別スキルが手に入ると耳にしたので、材料を買い込んでいたんだった。
まさか北極にケーキの材料だけ持ってくる羽目になるとは。
他に食料確保の方法がないので、我ながら意味がわからないが、ケーキを焼いてみることにした。
そう言えば、今日はちょうど家族の誕生日の当日だ。
遠い北極の地から、誕生日ケーキを作ってお祝いしようじゃないか。
ケーキが焼き上がった瞬間、特別画面が立ち上がった。
どうやら、特別イベント発生のフラグを立てられたようだ。
そのイベントの特別報酬は「家族を手に入れる」だった。
どうやら、家族を取り戻せるらしい。
いや、だったら最初から家族捨ててねーし。
そんな悪態をつきつつも、結局は家族を手に入れるためにイベントの「挑戦」を選択した。
……家族を手に入れるための挑戦、か。
ふと、ゲーム画面を閉じ、ある連絡先を表示させた。
久しぶりに見たその名前を眺めながら、連絡を取ろうか悩んだが、結局はやめた。
はは。何を今さら。
画面をロックして、スマホを放り投げる。
危うくゲームに感化されるところだった。
でも、一瞬とは言え、あの頃の気持ちを思い出せたことを嬉しく思う。
案外面白いゲームじゃないか。
「さて、」
気を取り戻して、スマホを手に取り、ゲーム画面を立ち上げる。
そこには、イベントのクリア条件が表示されていた。
クリア条件は「北極から誕生日ケーキを壊さずに家に持ち帰る」だった。
「なんだこれ、やっぱりクソゲーじゃないか。」
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