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サクブン 北朝鮮「特別列車」狂騒曲

上の写真、パッと見はヨーロッパのような趣きもありますよね。でも、撮影場所は中国・遼寧省の丹東、2011年です。流れる川は鴨緑江。対岸は、北朝鮮・平安北道の新義州(シニジュ)です。丹東と新義州の間にかかる橋は「中朝友誼橋」と呼ばれ、中朝両国にとって最大の交通・貿易ルートとなっています。正確を期すと、手前の橋は途中で断絶していて、奥の橋が交通の大動脈です。さらに詳しく知りたい方は、こういった観光案内のサイトをご覧いただければと。

丹東に集結する日本メディア

北京に駐在していたころ、私もたびたび丹東に行きました。貿易に携わる中朝両国の人たちが多く集まるので、北朝鮮の内情を探るには格好の街なのです。

ただ、ひたすら「張り番」の出張も少なくありませんでした。中朝友誼橋を見下ろせるホテルがあり、そこにカメラマンらと籠るのです。北朝鮮の最高指導者(当時は金正日総書記)が乗った「特別列車」が橋を渡って中国側に入ってくるのに備えるわけですね。部屋の窓際にカメラを置き、列車を撮り逃さないよう、スタンバイ。昼夜を問わず待つことになるので、夜はカメラを回しっぱなしにして仮眠をとることもありましたが、テープやハードディスクの尺にも限りがあるので、一定の時間ごとに取り換える必要があります。結局、あまり眠れません。ほかの日本メディアもNHKと同様、あるいはそれ以上の分厚い態勢でした。こうして取材狂騒曲の幕が上がります。今回はその裏側についてサクッと分析、略して「サクブン」。

厳重な警備をかいくぐり…

当時の北朝鮮は今以上に秘密主義の国で、最高指導者の行程を前もって明かすなど皆無でした。身辺警護に細心の注意を払いたいのでしょう。それは分からなくもないのですが、自分も含めた外国メディアが閉口したのは、視察や外遊がすべて終わってから初めて「敬愛する将軍様はどこそこに行かれた」と伝えることでした。そして、そういう北朝鮮の極端な秘密主義に中国側も足並みを揃えていました。新義州から丹東に北朝鮮の「特別列車」が入ったのを我々メディアが確認しても、北朝鮮国営メディアはもちろん、中国外務省でさえ記者会見で「何も提供できる情報はない」と木で鼻を括ったようは応対に終始。

北京などでの首脳会談を終え、また金総書記が列車に乗って丹東から新義州に帰ったとたん、新華社通信などが一斉に「北朝鮮の最高領導者・金正日朝鮮労働党総書記が中国を訪問した」といった具合に報じ、首脳会談の映像が堰を切ったようにテレビで流れます。実際には数日前に行われた会談ですよ。白々しいこと、この上なし。

日本はじめ外国メディアは振り回されっぱなしです。丹東での待ち伏せをスタートに、鉄道の沿線で「警備が厳しくなった」という情報を手がかりにそこに疾走し、また列車をレンズ内におさめるべく警備をかいくぐって接近をはかる。が、あえなく中国の公安(警察)にみつかってしまい、撮影禁止、映像没収、果ては記者やカメラマンが一時拘束される事態も、全く珍しくありませんでした。

北朝鮮の術中にはまっているのでは?と自問自答も

いま振り返ると、懐かしくもありますが、それ以上に徒労感が鮮明に蘇ってきます。いくら列車を撮っても金総書記本人が窓から身を乗り出して手を振ってくるわけでもありません。結局のところ、全ての情報は中朝両国の国営メディアが独占していて、一行が北朝鮮側に帰ったところで大々的に伝える。我々はその内容を引用して伝えるほかなし。カーチェイスまがいの「特別列車」追っかけに多大な時間とエネルギーと大勢のスタッフを投入して、果たしてどれだけの意義があったのか、という徒労感。

今回の金正恩総書記のロシア訪問でも、程度の差はあれ、似たような追っかけが繰り広げられています。

ロシアの草原で「特別列車」を待ち構える取材陣の苦労がしのばれます。そうした苦労を全否定するつもりはありません。自分も同じような経験しました。それに「あの列車に本当に金正恩氏は乗っているのか?」と視聴者の関心は呼べます。隠されると余計に知りたくなるという、人間の性(さが)ですね。

ただ、当時からこうも考えることがありました。外国メディア(とくに日本のテレビ局)が必死に列車を追いかければ追いかけるほど、そして「撮れた!」と喜び勇んで大きく報じるほど、北朝鮮の術中にはまってやいないかと。つまり、「世界が注目する将軍様」という、彼らが望む演出に一役買っているのではないかと…

本当に重要なのは首脳会談の内容であり、中朝あるいは露朝の間でどのような協力で合意がみられたのかであるのは、論を俟たないでしょう。かといって、「いつ、どこに向かうかを隠したがる」北朝鮮のこと、列車の動線を無視するのも難しい…

ひとつの考え方として、「プール取材」方式があるでしょう。テレビ各社が少しずつ手分けして違う場所で待ち構えることで、全体として投入される人員や機材の数を減らし、撮った映像は共有のものとする。そうすれば各社とも取材が効率化でき、記者の疲弊ぶりも軽減され、より「本題」の分析に時間や労力を割くことができる。そして、北朝鮮の術中にはまっているか…という自問自答も、少しは軽くなるように思えるのです。

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