地域のつむぎ手の家づくり|大工の技術は地域の人のためにある 文化と風土を味方に「ここにしかない暮らし」を<vol.40/新津技建:長野県佐久穂町 >
今回の<地域のつむぎ手>は・・・
大工で新津技建(長野県佐久穂町)代表の新津裕二さん(37歳)は、墨付けや手刻みといった大工の伝統的な技能や無垢の木材の魅力を生かしながら、若い世代にも響く地域の景観に配慮したデザインや性能に優れた家づくりを手掛けています。新津さんは、これまで地元の大工・工務店として培ってきた力を発揮し、古民家や空き家の利活用にも精力的に取り組みながら、「地域を元気にしたい」と願っています。
広報担当スタッフも迎え入れ、YouTubeチャンネル「温故知新チャンネル」で自らの取り組みを発信。新津さんが目指すのは、地域の人たちと“佐久穂の魅力”を分かち合い、共存していける暮らし方です。
ヒノキ・スギなど選りすぐりの国産の良材を、墨付け・手刻みによって加工。金具を極力使わず、長ほぞ・込み栓により伝統的な形で組み上げる木組みが、新津技建の家づくりの大きな特徴です。新津さんは「趣味的に、つくり手のエゴを満たすために伝統にこだわっているわけではない。丈夫で100年後にも住み継げる家づくりを実現するために伝統的なつくり方を選択しています」とし、そうした家は「住まい手の構成やライフスタイルにあわせながら長く使うことができる」と話します。
伝統生かしながらZEH推進
新津技建では「温故知新」を自社の家づくりのコンセプトとして掲げています。新津さんは「快適で人に住み良く環境にも配慮した、古き良き知恵と現代の知恵を融合させた住宅の在り方」を目指しているのです。住宅に対する現代のニーズや価値観においても高い評価を得られるように、性能やデザイン性の向上にも力を注ぎます。断熱性能は、外張りと内断熱を併用することにより、間取りや大きさによって異なるもののUA値は0.35W/㎡K、C値は0.8㎠/㎡を標準的な仕様とし、ZEH性能にも積極的に取り組んでいます。
デザインについては、軒の長い切妻の屋根や2階の階高を抑えた、周囲の景観によくなじむ低くすっきりとしたプロポーションが特徴です。設計は、基本的には自社で行うものの、建築家との仕事も手掛けます。「私たちはつくるプロフェッショナルですが、設計のプロフェッショナルではない。建築家の創造性を高いレベルで再現することも大工には求められています」と新津さんは話します。建築家とのコラボを通じて、デザイン・設計、ディテールのブラッシュアップを繰り返し、自分たちのオリジナリティーも追究し続けています。新津さんは「素晴らしいと感じてもらい、後世に残していきたいと思ってもらえる建物をつくっていきたい」と熱く語ります。
原動力は“地元愛”
新津さんは、4人兄弟の次男。17歳から大工の父のもとで修業をし、今は現場もこなしながら経営・打ち合わせをメインに担っています。建築士で三男の弟・史也さんが、同社の棟梁として現場の最前線で指揮を執ります。新津家は“ものづくりファミリー”で、長男と四男は、”現代和服”をテーマに、日本の伝統の和服を取り入れた前衛的なデザインが特徴のアパレルブランドを共同経営しています。新津さんは「大工を始めて3年ぐらいたち、仕事をある程度任せてもらえるようになったころから大工の魅力に気づき、のめり込んだ。この道を究めたいと強く思った」と振り返ります。
「伝統を後世へとつないでいきたい」という思いとともに、大工として、工務店として成長していきたいという意欲の源となっているのが、「自分たち大工の技術は地域で暮らす人のためにある。大好きな地元をもっと盛り上げたい」という“地元愛”です。「住まう人にとって、そして自分たちにとってもかっこいい家、“粋でいなせな家”をつくりたい」とその矜持を語ります。
築150年の土蔵を
お試し移住体験施設に
そんな新津さんは最近、地域に残る土蔵や古民家を利活用する取り組みを行っています。現在、地元佐久穂町の隣に位置する佐久市内にある築150年以上の土蔵(約30坪)を自社の隣に移築し、移住のお試し体験ができる宿泊施設として活用していくプロジェクトを進めています。このプロジェクトは、事業再構築補助金の採択を受けたそうです。
長野県東部に位置し北八ヶ岳や八千穂高原など自然環境に恵まれる佐久穂町は、移住・定住支援に力を入れており、近年では公立の小・中一貫校や個性に合わせた教育を実践する私立の小学校、中学校が開校したことなども影響し、子どもの教育も目的としてIターン移住してくる人も増えているそうです。
新津さんは、来年4月の完成を目指す移住体験施設について「家づくりで培ってきたノウハウを生かして快適な住環境を確保しながら、囲炉裏やかまどなども設けて、田舎でしか味わえない暮らしを満喫できるような仕掛けも施し、移住を検討する人たちの背中を押したい。それによって地域活性化に少しでも役立ちたい」と思いを語ります。さらに「ただ、ハード(施設)を提供するだけでなく、木工や大工作業の体験、長男・四男の協力を仰いでの藍染体験など、地域住民を巻き込んだイベントなどのソフト面も充実させ、田舎暮らしの魅力の1つとも言える“地域のつながり”も体感してほしい。より具体的に佐久穂での暮らしをイメージでき、スムーズに移住できるような支援をしたい」と構想を練っています。
もちろん、移住を希望する人たちが、移住後の快適・健康で豊かな暮らしを実現するための良質な住まいを求める場合は、自信を持って自社の住宅を提案していく考えです。
古民家の買取・再販事業も
この土蔵移築活用プロジェクトと並行して、建築に対する志を共有する石川県七尾市の若手建築家の岡田翔太郎さんとコラボし、空き家となっている町内の築100年を超える古民家を買い取ってリノベーションしたうえで、首都圏の企業の保養施設やサテライトオフィスなどとして売却する事業も進めていきます。空き家の増加が社会問題となるなかで、新津さんは「古い建物を壊すのではなく、地域の風景財産として、価値ある建物に目を向けてほしい」と力を込めます。
地域に根差し、地域貢献にもつながる自身の仕事にプライドを持っている新津さんは「このやりがいのある仕事に1人でも多くの若者に入ってきてほしい」と訴えます。自社のYouTubeチャンネル「温故知新チャンネル」では、家づくりについてアピールするだけでなく、クリエイティブで面白い現代の大工・工務店の仕事内容や伝統を次世代につないでいく心意気、地元への思いといったことまで含めて発信し、大工や工務店に興味を持つ若者を1人でも増やしたいと考えているのです。本気で取り組もうと、広報担当のスタッフも採用。すでに2.8万回再生された動画もあり、手応えを感じているそうです。
新津さんは「ハードが得意な建築業は、ソフト(発想したこと)を具現化しやすい。技術を覚えながら、経験と想像を蓄えていった先に広がる道がたくさんある」とし、「なぜ東京ではなく、佐久穂なのか。自分の仕事に土地の文化と風土を味方につけ、互いに結びつけながら、ここ佐久穂でしかできない暮らしを地域一丸となって盛り上げていきたい」と先を見据えます。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?