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Z世代が「90年代後半の邦楽シーンでのLUNA SEAの立ち位置」を考える

はじめに

この記事を書いている僕は2003年生まれで、今月21歳になったばかりです。

バリバリ終幕中に産まれたのですが、中学3年生(2018年)のある日、YouTubeで昔のLUNA SEAのMVを見て、
なんて個性的なことをやっている人たちなんだ!!
と衝撃を受け、それ以降宇宙一大好きなバンドになりました。

LUNA SEA
(2024年)

そこから、LUNA SEAのLIVEに足運んだり、SNS上でLUNA SEAが好きな方々と交流を持ったりしていたのですが、ファンをやっていく中である1つの疑問が浮かんできました。

それは、
90年代後半を代表するヴィジュアル系バンドは、
"L'Arc〜en〜CielとGLAYの二大巨頭
次いでLUNA SEA。"

のような風潮があるのではないか?」
という疑問です。

L'Arc〜en〜Ciel
(2024年)
※バンドとしては
"ヴィジュアル系ではない"
というスタンスをとられている
GLAY
(2024年)

僕はLUNA SEAの後追いファンをやっていく中で、
・「TRUE BLUE」「Dejavu」などの楽曲でV系の"基本の型"や"佇まい"を作り上げたレジェンド
・楽曲や演奏はとても音楽的なことをやっている
・SNSのV系好き/音楽好きの間で絶大な人気を誇っている
・LIVEに行ったらLUNA SEAが大好きな人たちが沢山集まっている
・「LUNA SEAに憧れていました!」というプロミュージシャンの方々が凄く多い
といったことを感じていたため、
LUNA SEAは90年代後半のヴィジュアル系バンドの中で天下一の存在感だったのだろう
と考えていました。

しかし、
・90年代後半のヴィジュアル系バンドだと"ラルク対GLAY"がトップ2のように語られる
・僕と同年代の若者の間でのLUNA SEAの知名度/ファン率はラルクとGLAYに比べると劣る
(僕の周りだとラルクはそこそこ有名でした。)
・テレビの90年代名曲特集でもラルクとGLAYは確実に取り上げられるのに、LUNA SEAは"たまに取り上げられる"くらいの頻度
などの点から、少しずつそういった疑問を感じるようになりました。
※勿論ヒット曲やCDの売上、活動休止の有無なども関係しているとは思います。

近年、僕も音楽業界でお仕事をさせていただくようになり、30〜40代以上のLUNA SEA直撃世代の方々とも関わることが増えてきました。

「この件の真相を知るにはやはり当時の知る方に話を伺わないと!」
と考えた僕は、そういった方々とLUNA SEAの話題になる度、
90年代後半の邦楽シーンでLUNA SEAってどういう立ち位置だったんですか!?
ラルクとGLAYはどういう感じの売れ方をしていたんですか!?今のKing Gnuみたいな感じだったんですか!?
と積極的に聞き込み調査を行いました。

その中で皆さんから少しずつ証言をいただくことが出来たので、それらをこの記事にレポートとしてまとめて、
「90年代後半の邦楽シーンでのLUNA SEAの立ち位置」
を考察していきたいと思います!

※もしかしたら読み進めていく中で、当時を知る方からすると「いや!これは違う!」と思われるかもしれませんが、この記事は"当時を知らないZ世代が書いた記事"という点を楽しんでいただきたいと考えています。

90年代後半の邦楽シーンでの"LUNA SEA、ラルク、GLAYの立ち位置"や"当時の風潮/文化"についての証言

※"90年代後半"とは、
X JAPAN解散、LUNA SEA活動再開以降の1998年以降の邦楽シーンのことです!

当時のLUNA SEAの公式アー写

①LUNA SEAはラルクとGLAYよりちょっと先輩だった

「ラルクとGLAYはデビューやブレイク時期が近かったため比較されやすかったが、LUNA SEAは世代的にちょっと先輩だった」
という証言をいただきました。

確かにLUNA SEAはデビュー時期や売れた時期、武道館/ドーム公演を開催した時期も早く、デビューや売れた時期が近かったラルクとGLAYよりは少し先輩だったため、
「ラルク or GLAY or LUNA SEA」
という"3択"にはなりづらかったのかと考えられます。

また、学校内でのコミュニケーション手段としても
「ラルク派?GLAY派?」
という2択があったそうなので、
「きのこ派 or たけのこ派」
「亀梨くん派 or 赤西くん派」
「髭男派 or King Gnu派
(これは僕が高校の頃にありました。音楽性は違えど売れた時期が近かったからだと思います。)」
のような感じでトークの議題になっていたのかもしれません。

※ちなみに僕が高1の頃、隆一さんはファミリーマートできのこの山とコラボキャンペーンをやられていて、
「今日登校前にファミマでお菓子を買ったら、お前の好きな河村隆一さんのクリアファイルキャンペーンをやっていたぞ!」
って沢山の友達から言われたことがあります。

②RYUICHIさんソロがLUNA SEAより先に大衆に大人気になった

①の理由に加えて、
「LUNA SEAが絶頂期に活動休止し、1997年のヴィジュアル系シーンが"ラルク対GLAY"のような状況になっている中、RYUICHIさんのソロ(河村隆一)がJ-POPシーンで爆発的に売れた」
ことも、3択になりづらかった一因だそうです。

「RYUICHIさんのソロシングルが今までのLUNA SEAが達成出来なかったミリオンヒットを記録し、ソロアルバムが300万枚売れて紅白にまで出場したので、1年間で本体(LUNA SEA)の知名度を超えた。結果的に幅広いポピュラー層からの人気を獲得した。」
「RYUICHIさんのことを"LUNA SEAのボーカル"ではなく"新人ソロシンガー"として知った方も居た。LUNA SEAを知らない層にもソロ曲が刺さっていた。」
「ポピュラー層の中には、LUNA SEAは"河村隆一さんのバンド"という見方をしている方も多かった。」
「J-POP枠で売れたこともあり、正直活動再開後のLUNA SEAは"河村隆一さんがロックバンドをやっている"というように見えることもあった。」
などの証言をいただきました。

僕は活動休止中のLUNA SEAのソロ活動だと、
・実験的なエレクトロニカロックのSUGIZOさんソロ
・ハードコアのJさんソロ
も好きなのですが、やはりRYUICHIさんのソロは圧倒的な売上記録を残されていますね。

「人気絶頂のヴィジュアル系バンドが活動休止する」
「ボーカルのソロが別のジャンルで爆売れする」
ということは、ヴィジュアル系シーンの勢力図すら左右するレベルの出来事なのかもしれません。
実際に、
90年代にX JAPANの活動が停滞/ソロ活動が多くなってきた頃から、Xファンの受け皿として
LUNA SEAなどの他のバンドに勢いが出てきた

ということもあったそうです。

③ラルクとGLAYは売れ過ぎて、もはや"J-POP"という枠で見られていた

ラルクやGLAYのヒット曲は「カラオケで人気が高い曲」も多く、アニメやドラマのタイアップも多かったそうです。
※当時は「カラオケで歌われやすい=人気曲」の風潮も強かったそうです。

そのため、
ラルクとGLAYは売れ過ぎて、もはや"ヴィジュアル系/ロック"ではなく"J-POP"という枠で見られていた」
「軽音部でラルクやGLAYをコピーしている人はほぼ居なかった(特にロック志向の軽音部員は)」
という証言がありました。

個人的に「ラルクとかはコピーされていたんじゃ…」と想像していたので驚きです。

また、
「"LUNA SEAはアニメやドラマのタイアップがそれほど多くないのに楽曲に知名度がある"ということは凄いことだと思う」
という証言もありました。

確かに「I for You」はドラマのタイアップがありましたが、「ROSIER」や「STORM」がノンタイアップなのに知名度があるのはタイアップ全盛の時代を考えると凄いことですね…。
むしろ「I for You」はキャッチーな曲でドラマタイアップがあったから代表曲になるレベルで売れたという見方も出来ます。
RYUICHIさんのソロが売れたのもポップス寄りだったからこそなのかもしれません。

(しかし、当時そこまで売れていたラルク、GLAY、LUNA SEAが大衆から売れてからも"ヴィジュアル系"という枠で見られていたのかどうかは未だに謎です。
この時代はメディア主導によるヴィジュアル系ムーヴメントがあったそうなのですが、
普通に"ロックバンド"の枠だった可能性もあります。)

④しかし、LUNA SEAは"ロックなことをやっている人たち"という見られ方だったので、バンドキッズはV系だと基本的にLUNA SEAをコピー

何人かの方から
軽音部や楽器をやっている人はV系だと基本LUNA SEAをコピーしていた。
何故ならLUNA SEAは"売れてるけどロックなことをやっている人たち"という枠で見られていたから。

「明らかにLUNA SEAの曲はJ-POPとは全然違うロック味があった」
という証言をいただきました。

この証言のおかげで
・LUNA SEAに憧れて楽器を始める人が多かった
・LUNA SEAメンバーシグネイチャーモデルの楽器の売上の高さ
(特にJさんモデルのベース)
・LUNA SEAに憧れていたプロミュージシャンの多さ
・LUNA SEAのインタビューの音楽専門用語の多さ
・LUNA SEAファンの楽器経験率の高さ
(なので音に厳しい方や演奏のミスにすぐ気付かれる方も多い)
の理由が一気に分かった気がします。

確かにLUNA SEAの楽曲は、
海外の流行りのオルタナを取り込んだ激しいロックだったり、それでいてバンドでコピーしやすい楽曲も多いです。
(ただLUNA SEAの曲はフレーズ的な難易度は低めでも、雰囲気やグルーヴ感を出すことが難しい曲が多いです、、)

なので、
「バンドキッズはV系だと基本LUNA SEAをコピーしていた=ミュージシャン人気が高い」
「V系の中でもロック味が強かった=V系好きの間で人気が高い」
ことには納得がいきますね。

⑤ただし、90年代後半の邦楽シーンで、V系よりもぶっちぎりでトップで売れていたのはB'zとMr.Children

何人かの方から
「90年代はV系よりもB'zとミスチルの方が突き抜けて売れていた」
「90年代はビーイングと小室ファミリーの勢いが凄かった」
という証言がありました。

確かに
「日本のCDの総売上枚数ランキング」
でずっとトップに君臨されているのはB'zとミスチルです。
B'zとミスチルは90年代から今に至るまで凄まじいレベルで売れ続け、今なお邦楽シーンのトップを走り続けられています。

加えて、小室ファミリーとビーイング(B'zもですが)のアーティストも爆発的な売上記録を残されています。

※しかし、
90年代のヴィジュアル系絶頂期はクラスで30人くらいはV系聴いてたそうなのですが、ミスチルとかの方が売れていた影響で、自分たちば"邦楽シーンのど真ん中ではない"と思っている人が多かった。
といいます。

僕もこのあたりから"90年代は如何にキャッチーでポップ寄りな曲が売れやすい時代だったのか"を痛感し始めています。
"コアなロック/濃いロック"は売れづらい時代だったのだと思われます。

また、今となっては「LUNA SEAの10万人LIVE」と「GLAYの20万人LIVE」は伝説扱いで、沢山のメディアで取り上げられているものの、当時としては「動員数」より「売上枚数」の方が「凄さの証」だったそうです。
90年代のヴィジュアル系は度々「◯万人LIVE」を開催していましたが、音楽業界からは「◯万人LIVEは良いからCDを売れ!!売れる曲を作れ!!」と思われていたのかもしれません。

※余談ですが、今年に入って、
大黒摩季さんと真矢さんと高橋和也さん(男闘呼組)が、同い年セッションバンド「6970's」としてLIVEを開催されていたので、あのあたりのビーイング、V系、旧ジャニーズの方々は「ほぼ同い年」であると考えられます。

⑥90年代の音楽評論の基準が今とちょっと違った

90年代は今ほどネットは普及しておらず、とにかくテレビや雑誌の影響力がハンパじゃなかった時代です。

そのため、音楽雑誌での評論の影響力も強かったそうなのですが、当時の音楽評論の基準は、
「洋楽を中心に据えた(日本の音楽は海外より遅れている!という感じの)評論」だったらしく、
・音楽評論家によるガチのヴィジュアル系の評論
はほぼ無かったそうです。

※この話は僕が以前トークイベントをやった時にも
「その音楽評論の基準だとシューゲイザーを海外のブームより数年遅れでやっていたV系はどう見られていたのか」
というセクションでも出て来ました

なのでV系バンドが良い音楽を出しても評論家にちゃんと評論されることは少なかったのかもしれません。
それが当時のLUNA SEAの立ち位置に繋がっている可能性もあります。

⑦そもそも90年代後半はKing Gnuみたいな売れ方や立ち位置のバンドはいなかった

これも沢山の方から証言をいただきました。

90年代後半は、今のような
「ネットで手軽に色んな音楽が聴けるため、リスナーの音楽レベルが高い。
そのため、音楽的にマニアックなことをやっていても大衆ウケする(メジャーアーティストになれる)し、音楽好きな人たちもそういうメジャーアーティストを聴いている。」
という風潮が無かったようで、

「King Gnuや藤井風さんのように
"音楽的にマニアックなことをやっているのに大衆/評論家/音楽好きの全員から大人気で、LIVEツアーはいつもドームクラス。若者はみんなSNSフォローしてる。"
という立ち位置のアーティストは居なかった 」
そうです。
(ネットやSNSは無かったので当たり前ですが…)

なので、当時は本当に
「音楽的にマニアックなことをやっているアーティスト/コアなロックのアーティストは売れづらかった」
「分かりやすい曲/カラオケで歌いやすい曲/ポップ寄りでキャッチーな曲の方が売れやすい」
という風潮があったと思われます。
(当時のクリエイターさんも
「当時は歌いやすさ/売れ線メロディ/インパクト重視で楽曲を作っていた」
とインタビューで語られているのをよく目にします。)

音楽好きな僕としては、
King Gnuや藤井風さんがメジャーアーティストになれる世の中って良い世の中だなー
と思っていますが、もしかしたら
「ああいうのはアンダーグラウンドの世界で音楽好きな人だけ聴いてればいいんだ!!!」
と思われている方もいるかもしれません。


総評

恐らく90年代後半の邦楽シーンで、LUNA SEAは"売れてるけどロックなことをやっている人たち枠"だったと考えられる

LUNA SEAは、やっている音楽やバンドとしての動き方も、「ロック味/ヴィジュアル系味」が強いので、
売れているヴィジュアル系バンド/ロックバンドの中でも"ロックなことをやっている枠"だとピカイチだったと思います。

しかし、それが理由で大衆的な人気や売れ方だと「ラルク対GLAYに次いでLUNA SEA」
という見え方になり、今もその風潮が残っているのかもしれませんが、
LUNA SEAが"ロックなことをやってる人たち枠"を貫いたからこそ、
・邦楽シーンでは"憧れポジション"
・ヴィジュアル系シーンでは"始祖ポジション"
という、今の立ち位置があると考えています。

そう考えるとLUNA SEAがあの時代に「ロックなことをやっている人たち」の立ち位置で10万人LIVEを成功させたのは凄いことなのでは

そう考えると、
・LUNA SEAがタイアップがそんなに無い+コア寄りの音楽性なのにヒット曲を出していたこと
・ロックなことをやっている人たちという立ち位置でドーム公演や10万人LIVEをやっていたこと
は凄いことなのではないかと考えています。

あの時代はコンテンツが今ほど多岐に渡っておらず、テレビが全てだった時代なので、
(ちょっと言い方が難しいのですが)
「基本"流行りのコンテンツ"を推すことが多かった」
「"推すコンテンツ"がかなり限られていた」
と思いますが、
CD全盛の時代でシーンの入れ替わりも激しく、
「様々なタイプのアーティストが沢山存在していた」
というのもまた事実だと考えています。
その中であれだけ今に残る記録を作っているLUNA SEAというバンド(+メンバーのソロ活動)は凄いと思いますね。

勿論、
・他のトップで売れていたJ-POPの人たちが10万人ライブをやらなかったから、LUNA SEAの10万人LIVEが伝説になった
・活動再開後のLUNA SEAの曲が沢山ヒットしたのはRYUICHIさんソロ旋風の影響もあった
可能性もありますが
・LUNA SEAが決行したからこそ記録を作ったこと
・LUNA SEAの音楽が今なおファンの心に残り、感動を与え続けていること
(近年の再現ツアーはまさにそうです!)
は紛れもない事実です。

僕はこんなにロックなバンドに出会えて、推すことが出来て、本当に幸せ者だと思っています。
LUNA SEAというバンドのファンであることを一生誇りに思いながら生きていく所存です!


まとめ

・90年代後半の邦楽シーンで、LUNA SEAは"売れているけどロックなことをやっている人たち"という立ち位置だったと思われる

※証言してくださった周りの皆さん、本当にありがとうございました!
僕もオジサンになった時に
あの時期の邦ロックって、
髭男派 or King Gnu派だったんですか!?ミセスは!?
と聞かれたら証言してあげようと思います!

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