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カビキラーの世界

この前、突如思い立ち、風呂掃除をした。
私はいつも「もうそろそろ掃除しないとやばい」という所までいかないと、毎日使う浴槽以外の風呂掃除はできないタイプの人間だ。

その日も、私は慣れた手つきで、梅雨時期の頑固な黒カビ、赤カビに向けてカビキラーを噴射していた。

噴射後の待ち時間を確認するため、裏面を見ると、よりきれいにしたい場合は20~30分待つと書いてあった。

その20~30分の間、ほかの家事をこなしながら、カビキラーについて考えていた。この時私は、「今、カビキラーの会社の社員さん以外で、世界で一番カビキラーについて考えてるのは間違いなく私だ」と思った。

カビキラーは、私達人間にとっては、特に手を汚すこともなく、ただ噴射するだけで、ほぼ一瞬で、頑固なカビをなかったことにすることができる、非常に便利なものだ。

ただ、カビ側にとっては、かなりの脅威となっているだろう。
いつ来るかもわからない不意打ちの一発で壊滅させられる。

カビは菌なので、壊滅させられても、痛くも苦しくもないのかもしれない。
カビ側も、カビキラーの噴射によって、一瞬で殺されるなら、別に何も思わない。仕方ないとも思うだろう。


ただ、もし万が一、カビ側が痛みなどを伴っている場合、一瞬で壊滅できず、私が今待っている20~30分の間にジワジワ殺されているならば、本当にしんどいことだなと思った。

真意の程は、人間の私にはわからないけれど。

ここで私の思考が止まらなくなり、これを人間に置き換えて考えてみた。

え、猛烈に怖い。

痛みも何もなく、一瞬で何もなかったように壊滅させられるならまだいい。でも、得体はしれないが、確実に殺される脅威物によって、いたぶられ、苦しみながら死ぬのもつらいし、その時はたまたま生き延びれたとしても、またいつ来るかわからない脅威物の存在を、常に意識しながら生き続けるのもしんどい。

カビキラーの話とは比べ物にならないし、比べる対象としても、並べてはいけないのかもしれないけど、戦争中の生活もこんな気持ちなのかなと思ってしまった。

そんなことを考えていたら、30分が過ぎた。
私は、自分が噴射したカビキラーの泡と一緒に、待ち時間の30分の間に抱いた、複雑な感情を緩やかな水圧で流した。

そして、なんとなくだけど、これからは、カビキラーを使わなくても掃除できる段階で、ちゃんと掃除をしてみようかなという気持ちと、今ここで、快適に生きるための掃除ができている、日常の平和に、感謝の気持ちが芽生えた、湿度高めな梅雨の風呂場だった。

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