グラントワ =(美術館 + 劇場) × 石州瓦 【内藤廣2】 島根県益田市
1つの都道府県に2つの都道府県立美術館がある自治体は多くありません。島根県は人口こそ47都道府県で2番目に少ない県ですが、東の出雲地方には宍道湖畔のきれいな夕日で知られる島根県立美術館、そして西の石見地方にはグラントワと呼ばれる魅力的なミュージアムがあります。島根は一般的には地味な印象を持たれているようですが(失礼なヤツですみません)、行ってみて実感するのは長い歴史と文化の蓄積。ただし足を運ぶとなるとまあまあ気合が必要。
島根県益田市
益田市は島根県の西端に位置する典型的な地方都市。人口は43,000人。でも面積は島根県内で最大。島根県は出雲と石見と隠岐の旧3ヶ国からなります。経済的な規模では東の出雲の方が大きく(隠岐は離島)、当然人口も比例しています(西側は山間部が多く平野部が少ない)。
益田市の中心部から車で10分ほどの距離には空港があり驚きましたが、交通の便は距離も含めて良いとは言い難い。
関東からは約900km。バイクで行くと着いた時にはお尻がヤバいことになりますが、車であれば1日でこなせる距離。
島根県芸術文化センター
島根県芸術文化センター(以下グラントワ)は島根県立石見美術館と島根県立いわみ芸術劇場からなる複合施設。2005年開館で設計は内藤廣(1950- )。建物を覆う特徴的な石州瓦は、屋根に12万枚、壁には16万枚。石州瓦は主に江津市都野津の土を1300度の高温で焼成します。焼成後の水分が少なくて焼き締められているので、高い耐久性と対候性を誇ります(100年は使える)。内藤さんは現地の古民家再生でその特性を知ったそうです。
愛称のグラントワ(Grand Toit)は公募によるもので、フランス語で大きな屋根を意味します。
トップ画像に写るモニュメント大蛇は彫刻家の澄川喜一(1931-2023)の作品で御影石製。澄川さんは東京スカイツリーもデザインしている島根の人。内藤さんの特別展の少し前に亡くなられています(図録にも記されています)。
島根県益田市有明町5-15
内藤廣という人
内藤さんは早稲田大学大学院で吉阪隆正(1917-1980)に師事。自身の設計事務所設立前には、菊竹清訓(1928-2011)の設計事務所にも籍を置かれています。
内藤作品は日本各地のミュージアム建築に見られますが、和菓子の老舗とらやの店舗も多く手掛けられています。
とらや3選
最近のミュージアムには建築版のパンフレットが用意されている所が増えてきています(ありますかと尋ねるとカウンターの下から出てくるコトも)。グラントワの青焼きならぬ赤焼きの設計図面が掲載されていています。
益田へ足を運んだのは2023年、当日の朝一番にグラントワに近付いてみるとスゴイ行列になっていました。そんなに大人気なのか?とよく見てみると島根県の保育研究会の会場にもなっていて、その出席者の皆さんの列でした。
建築家・内藤廣 BuiltとUnbuilt
今回の特別展は、形にならなかったものも含め内藤さんが過去に手掛けた建築の図面や模型が集められ、図録の執筆(ほぼ彼によって綴られた物語)までやってしまうという彼と関係者(彼の同志やサポーター達)によるまさに内藤劇場というモノ。
そして会場を半分見た時点で、なかなかの値段のするあの分厚い図録を買わないと、とてもじゃないけど頭に入りきれない情報量だと悟ります。
各作品の説明を内藤さん自身の感情面を赤鬼、理性面を青鬼として演じさせ、かつ能楽のシテのように亡くなった方々(当時の澄田知事、彫刻家の澄川さん、菊竹さんら)も語りだすという面白い構成です。
自らの思想や理念を語る建築家は珍しくありませんが、こういった表現方法で自らの歴史を語る建築家・内藤廣はちょっとヤバい人。
内藤さんの初期の図面はよく見る青焼きですが、イメージ画やパースには赤い線で描かれたものが見られます。図録を見ているとグラントワ設計の頃から赤い線の図面が出てきています。
図面と模型の溢れる展示室内は基本撮影不可でした。
内藤さんはオープン時にグラントワを見に来た近所のオバサンから、「昔から建っていたような気がする。不思議な気分。」と言われたそうです。地元の人に違和感を全く感じさせない建物。出来すぎのコメントを放つオバサン。地域の歴史の文脈を読み解き、石州瓦をデザインとして昇華させた建築家とその企みを直観で理解した地元民。多分地域で愛されているミュージアム。
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