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「喪主様だけ、こちらにどうぞ」
呼ばれたのは火葬場の火葬炉の扉の前。
天井高くだだっぴろい場所で係りの方が重々しく開けた扉から熱気が漏れ出す。焼かれ骨になった父をひとりで見つめ、ついに俺の番が来たなと、そう感じていた。今までは誰かの祖父や祖母だったり、誰かの父や母の葬儀に参列したことはあるが、自分の父を見送る番が来たなと。
急性心筋梗塞。
これが父が亡くなった病名だ。
死亡推定時刻は午前3時、自室から起きてこない父を
心配した母が様子を見に行った時にはすでに冷たくなっており、
死後硬直がはじまっていたとのこと。
人が病院ではなく、家で死ぬと警察が調査に来る。
事件性がないかどうかの調査だ。
現金や貴重品、通帳などすべて調べあげる。
解剖して死因を調べるのを断った場合は遺体を
裸にし、傷などがないかも調べる。
事件性がないと判断されるとかかりつけ医に来てもらい、死因や死亡推定時刻を調べてもらい死亡診断書を書いてもらう。ちなみに訪問して死亡診断書を書いてもらうのは保険が効かない為、高くて5万円ほどかかる。ちなみに父の場合は3万円だった。死んでいると認めてもらう書類を発行するのにお金がかかるのだ。
火葬にも2万円かかるし、葬儀代にはきっちり消費税が加算される。生きていても、死んでいても国に搾取され続けるのだ。
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父は韓国人の祖父と祖母の間に在日韓国人2世として日本で産まれた。ちなみに母も同じ境遇なので、俺は在日韓国人3世になる。俺の時代はまだ韓流ブームもほど遠く韓国人であることを公言するのははばかられる時代だった。中学の終わり頃に帰化した為、今の国籍は日本になる。
母と出会った頃、父は神戸の元町でバーテンダーとして自分の店を構えていたそう。夜の仕事らしく、遊び人で噂も悪く、見合いで母と結婚したのだが、母の兄から「あいつはやめとけ」と言われたほど、当時の夜の元町では名前を売っていたらしい。反対を押し切り、結婚した母は案の定、酒癖が悪く、夜遊びを繰り返し、ほとんど家に戻らない父に辟易したという。
父を表す逸話としてこんな話がある。
喧嘩が絶えない夫婦間、暴力を振るわれることもありながらも、(母も母でやり返すタイプなのでお互い様か)俺を身籠った母がいよいよ出産の折、分娩時はおろか、親父がフラッと病院に顔を出したのは俺が産まれてから1週間後だという。放任主義にも程がある。
もう亡くなったので時効だから話すが、
しっかりと他所に子供まで作ってしまっているので、
俺には腹違いの会ったことがない妹までいる始末。
と、まぁこんな調子なので俺がグレるのも、予定調和。
悪さをしては親父にブン殴られる青春時代。
手がつけられないほどで、何度も学校に呼び出されたり、警察に迎えに来る母と、その度、口より先に手が出る父。左右両方から鼻血でるぐらい殴られる。それでもやっぱりどこかで手加減している父を嫌いではなかったし、普段は仲も良かった。
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お互いが大人になり、落ち着いてからは釣りが趣味の父に付き合ったり、
酒の席に付き合ったりもした。
親父の気持ちも多少分かるようにもなり、
色んな時代を一緒に過ごし、色々と乗り越えた。
そこには、筆舌には尽くし難い色んな想いがある。
しかし、別れは突然訪れる。
サヨナラも言わずに。
人生は呆気ないものだ。
本当に呆気ない。
一瞬で幕を閉じる。
1人の男にもたくさんのドラマがあり、
残したものもあり、紛れもなく生きた足跡があり、ストーリーがあった。
でもカーテンコールは訪れる。
平等に。
誰にでも。
そして必ずエンディングロールは流れ出す。
それまでをどう生きるか。
何を考え、どう行動するのか。
自分の自分だけのプロローグからエピローグまでを
どのように筋書いて生きていくのか。
そんなことを想い、ここに記すモノローグ。
親父、ありがとう。
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