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satoshi_st
20年後:時間なら振り返れるほどある
28歳、JR渋谷駅。
山手線ホームへの硬い階段を直視しながら上っていた。
「結局、負けて帰るのか」、気分は暗かった。
中目黒で過ぎて行った時間の上では毎日が貧困だった。
「もうここから抜け出せないんじゃないか」
ゴキブリも出ない狭い台所の隅で両膝をつき
取り出した携帯電話でコールした。
電話に出た母は戸惑いながらも私が、
2年間過ごした風呂なし洗濯機置けないアパートから
家に帰るのを「まあいいけど」と言った。
簡単だった。ひどいほど簡単に貧困から私は抜け出せるのだ。
退職願を出した会社から振り込まれた金で食べたいものを食べてやろう。
そうは本気で思ったが食べたいものが浮かばない。中目黒のガード下にある黄色いカラスで定食を数回食べ、同じくガード下の町中華で一番高いトンカツ定食を食べただけだ。
引越当日に御近所さんに挨拶して回った。私みたいな者にとても良くして下さった。
山手線に続く独特の異臭を放つ階段を上った。
階段を上がりながら「死んじゃおうかな」、そう思った。
ただ死ぬ前に煙草を一本吸いたいとホームにある喫煙所へ向かった。
手もとの煙草に火を付けて正面を向いたら広告があった。
どのような団体なり商品の広告かは忘れたが詩が掲示されていた。
『命』
その詩を読んだ私は山手線の車内で久し振りの涙を流し続けた。
でも、京浜東北線に乗り換えるために田端で下りた私はさっぱりしていた。
もう一度やり直そう。
そう20年前に思った。あんまりやり直せてはいない。