【愛されなくても別に】 刃のような愛という概念について
愛されなくても別に
講談社 小説現代 2020年8月号掲載
武田綾乃(たけだ あやの)
おそらく、この作品との出会いが雑誌の読み切りという形ではなく、書店での単行本だったとすれば、私はこの作品を読むことはなかったでしょう。
なんとなくですが、タイトルから私が苦手と感じている内容ではないかな?と思ったからです。
読み終えて、結論から言えば、やはりあまり普段から読んでいるような内容ではなかったのですが、衝撃を受けたのも事実です。
共感できる部分があれば、全く理解できない部分もある。
話の中心となる人物が女性だからとか、私の生い立ちとあまりにもかけ離れた部分が多いとか、重なる部分が少ないはどうしようもないですが、それを加味しても共感できる・できないのふり幅が大きく、読み進める自分の感情コントロールが難しい作品でした。
主人公といえる立場の人物は二人。
一人目が宮田陽彩(みやた ひいろ)。
二人目が江永雅(えなが みやび)。
大学生の一時期を、宮田の視点を通して話されていきます。
この二人の他にも、バイト先の先輩である堀口(男性)や同じ大学の木村(女性)といった人物が登場してきます。とはいえ、話はあくまでも宮田と江永を中心に進みます。
宮田という人物は、幼いころに両親が離婚し、母親を助け家事を担い、アルバイトで生活費を稼ぎ、高校・大学と進学したことから、世間一般の評価で表現すれば「苦学生」となるのでしょう。
江永についても同じような境遇で、両親の離婚とアルバイトで生活費を稼いでいる状態です。
このような二人がストーリーの中心となると聞けば、生活費を稼ぎながらも大学生活を中心とした「青春」と呼ばれるような行動、美味しいものを食べたり遊びにでかけたり異性と出会ったり、そんな日常が描かれると思うのです。少なくとも私はそのように考えていましたので、ちょっと苦手だな、と感じました。
たしかに、この作品で描かれているのは二人の日常です。
ただし、私が想像したような明るく清らかな日常とは程遠い現実が描かれています。
毎日の深夜バイト、家での家事、学校での勉学。
私が大学生として過ごしてきた日常からは想像できない、私の周りにもいなかった学生の姿。
それだけならまだ理解もできる範囲です。
自分が経験しなかったからといって、想像の範囲であれば理解できます。
この作品で描かれていたのは、まだ20歳にもなっていない大学生の「放棄された人生」でした。
タイトルに書かれている「愛」という言葉。
相思相愛という言葉があるように、お互いが想い、お互いの認識が同じ状態であれば、お互いに幸せな時間を過ごすことができるのでしょう。その二人は、男性と女性という形にこだわらず、同性でもありえますね。同性ってのは私は考えられませんが、そのような形があってもおかしくないとは思います。
相手を大事な存在として認識し、慈しむ心。相手に強く惹かれる気持ち。愛とはそのようなものだと思います。
では、これが一方通行的な気持ちであれば?
一方通行の愛という形もあるのでしょう。
ペットを可愛いと思う気持ちは愛でしょう。片思いという状態は愛ではないかもしれませんが、それでも相手に惹かれる気持ちはそこにあります。
そして、我が子への気持ちというのも一方的な愛だと思います。慈しむという気持ちは親から子へ注がれるような気持ちに代表されると考えてます。
ただし、男女・同性を問わず、一方的な愛でトラブルになることもあります。
愛するという行為は、意識をする・しないに関わらず相手を「縛る」という行為の側面が存在すると思います。行き過ぎた代表例が携帯電話を使った定時的な報告を求めることやGPS等での場所の特定でしょうか。これも度をこさなければいいのですが、時としてニュースで報道されるくらいのトラブルになったりすることもあります。
この作品でも、宮田は子供の頃から母親に言葉をかけられています。
「愛してるわ、陽彩」
この言葉。何度も何度も、あらゆる場面で吐かれたであろう言葉。
この言葉が呪詛となり、言霊となり宮田を縛る。
おそらく、宮田はそこに気が付いているが、そこには蓋をして母親の愛を信じて疑わない。
もしくは、信じて疑わない自分を演じることで、日常から逸脱しない道を選んでいる。
宮田のこれまでの生活と行動は、母親に育てられたという恩と、母親に半ば強制された生活費を稼ぐという目的から構成されています。そこに自分の意志はなく、あったとしても根底に母親への想いが見え隠れしています。
さらには、そのような世界に好んで浸っている感じすらあります。自分が不幸であることを他人との物差しとして用い、世界の中で自分の立ち位置を確保しようとする。
いいことではありません。
むしろ負のスパイラルに落ちていきそうですが、おそらくそんなことにも気が付かなくなるのでしょう。
この作品の前半では、このような宮田の疲弊した生活を中心に書かれ、後半は人とのつながりについて書かれます。私はこのような作品に触れてこなかったので、読むだけで非常に疲れてしまいましたが、雑誌を購入してから一気に読み終えてしまったことから、訴えかけるテーマが強いことは間違いないと思います。
「愛」、「家族」、「繋がり」といった言葉がテーマとなるとは思います。
家族との繋がり、江永のような友人との繋がり。
宮田との対比として存在するバイト先の先輩である堀口との繋がりもまた、ストーリーの中で重要な位置にあるともいます。おそらく、あまり真面目ではない一般的な大学生の代表として書かれている堀口ですが、多くの無駄な言葉の中に宮田に突き刺さるような内容があったりします。
堀口の存在が宮田に一定程度の影響を与えたかもしれません。
愛や家族といった言葉や存在について漠然としたモヤモヤする気持ちを持っている方は、一度読んでみるのをお勧めします。求めている答えがあるかどうかわかりません。わかりませんが、愛や家族という概念に対して、宮田と江永の行動は、彼女たちなりの解答を示していると思います。
最後まで読んで、私の心の中に安心感のような安堵したような、そんな気持ちが湧き上がってきたのは、もしかしたら宮田と江永の二人に対する慈しみの気持ちだったのかもしれません。
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