【お探し物は図書室まで】 ふんわりとした優しさで背中を押してくれる
この作品は、#読者による文学賞2020の推薦作品です。
私は二次選考を担当いたしましたので、読者による文学賞のHPに、読書感想文とはちょっと異なる「選評」なるものを書いております。
偉そうに書けるほど文学に精通しているわけではありませんが、そちらもリンクを貼っておきますので、読んでいただけるとありがたいです。
読者による文学賞のHPはこちらです。
図書室って響き、学生を卒業してしまうとあまり身近な存在ではなくなってしまいますよね。読書離れが進んでいると、ここ数十年間言われているような気がしますが、たしかにバスや電車、待ち時間に文庫本を読んでいる方を見かけなくなりました。もちろん、電子書籍に移行した方もいらっしゃると思いますが、それでも読書を日常的にしている人数は減っているのでしょう。
そうなると、図書室や図書館という存在についても疑問符がつきそうなものですが、これだけネットでの調べ物が普及しても、資料や参考文献を探すという利用方法は無くならないわけで。統合されたり、数が少なくなってしまうことはあっても、全て消えてしまうということはないのかな。
そう、図書館や図書室には「調べものをする」という用途もあるのです。
特に、専門書のような本は高価で個人が買うには厳しい物も少なくありません。大学生を経験した方であれば、卒業論文でお世話になった方は多いでしょうね。
その「調べもの」をする際に頼りになる存在が「司書」ですね。自分がどのような本を探しているかを伝えることで、最適と思われる本を紹介してくれる。
この作品にも司書は出てきます。
出てくると言うよりも、5つの短編全てにおいて強烈な存在感で登場します。5つの短編はそれぞれ異なる人物が話の中心となりますが、ストーリーが展開される場所は同じ地域ですので、登場する図書室も司書も同じです。
司書の名前は「小町さゆり」さん。
この小町さんが出てくる場面は物語の中でも数ページです。ですが、小町さんがいないと物語が成り立ちません。
それそれの短編では、話の中心となる人物の悩みというか、生きにくさというか、普段の生活の中で感じる不都合が描かれます。これは年齢も性別も異なるので、読者も一つくらいは共感できるエピソードがあるかもしれません。
で、その悩みを小町さんが解決、解決じゃないな。その悩みに合う本を貸し出してくれるのですが、その中に必ず「悩みとは関係なさそうな本」がお勧めされています。
さて、あなたならそんな本を借りますか?
借りたとしても読みますか?
悩みというものは、なかなか解決しません。
解決策を他人から提示されても、あまりすっきりしないこともしばしばです。
やはり、悩みは自分から解決に動いて、自分で必要なものを取り寄せないと。
提示された本もそうです。
本を借りただけでは何も解決しません。
読んだだけでも、やはり解決しません。
ヒントをもらったとして、ためになる本を読んだとして、そこからどうするか?
そう。自分で動くこと。自分で探すこと。
この作品は、そんなことを教えてくれます。
前向きになれる一冊です。
どうです?私がお勧めしますけど、「読んでみますか?」。
それでは、ここからは触れてこなかった「ネタバレ」を含みつつ、もう少し書いてみます。
ネタバレを読みたくない方は、ここで読むのをやめてください。
行数を10行くらい空けておきますね。
本当に読みますか?ネタバレありですよ?
では、書いていきます。
最近読んだ作品は、短編連作の形が多いような気がします。読みやすくていいのですが、今の時代には短編という読みやすさと連作というボリュームが合っているのかな。
忙しくて読書の時間がとれなくても、短編であれば読みやすく中断もしやすい。時代に合わせて作品の書かれ方も変化しているのかもしれません。
さて、この作品も短編連作です。
話の中心には小町さんがどっしりと、「文字通り」どっしりと座っているので、読者としては話の展開等に安心感をもって読み進められそうですよね。
5つのストーリーは、それぞれが異なる環境の異なる立場で悩んだり、考えたりしている方が出てきます。私が男性だということもあるのでしょうが、四章と五章はちょっと心に突き刺さった。
四章は母親というか親という存在の有り難さ。この作品では母親ですが、父親でも成立しそうですし。
とはいえ、私に子供がいたとして、働きもせずに家にいる状態だとすれば、どのような態度をとってしまうか。おそらく、怒鳴り散らすなり、無理矢理働かせようとするなり、そんなとこでしょうね。見守る、信じる、という選択肢は出てこないんじゃないかな。
何がきっかけになるかなんてわからないけど、やはり他人から何かを認めてもらうってのはうれしいこと。それが、自分では自信を失っていたものだとしたら、なおさらじゃないだろうか。
浩弥の場合は、それを取り戻すことができたのが大きかったっとは思うけど、この物語で大事なことは「浩弥が自分でチャンスを掴みに行った」ことだろう。
図書室があるコミュニティハウスで欠員がでることになったのは事実だろう。
そこにのぞみちゃんが入ることだったのも、既定路線だったはず。
それでも、万が一浩弥が声を上げるのならば。
そんな万が一を想定して、小町さんは館長の吉田さんに浩弥の境遇を伝えていたのではないか。そう考えてしまう。
コミュニティハウス側からは強制しないが、浩弥から挙手があれば。
自分の中で変化が起きていなければ、浩弥は手を挙げることはしなかっただろう。
今まで通り、卑屈な人間という自分を受け入れて納得していまったら、絶対に自分から外の世界に出て行こうとは思わないはず。
そうなるように誘導したのかどうかわからないが、小町さんが選んだ「進化の記録」がきっかけの一つだったのは間違いない。
そこから何を感じ、どう行動するかを決めたのは浩弥の気持ち。
自分の居場所を自分で見つけて、その居場所を掴みとろうとした強い気持ち。
仕事をしなければならないというプレッシャーも、よくよく考えれば自分が勝手に思いこんでいるだけなのかもしれない。
浩弥に問題があったのではなく、浩弥が選んだ仕事が合わなかっただけなのは、母親が一番理解していたのだろう。自分は働かなければならないという浩弥の考えを、母親は否定することもなく、諭すこともなく、本人が納得できるように見守った。
浩弥は自分の能力が足りないと考えていたようだが、おそらく働かなければいけないという考えから何でもいいから、と仕事を選んでいたのでしょう。それは続かない。続くわけがない。
それでも、働かなければという気持ちを母親はわかっていたからこそ、現状にあれこれ言わず待っていてくれたのだろう。
浩弥の物語とはいえ、根底にあるのは家族の絆だったりする。
読んでて、目頭が熱くなってしまいました。
で、五章です。
五章の主人公は、定年退職をした男性。この設定だけで、もう定年までカウントダウンに入りつつある私なんか、切なくて仕方がないです。感情移入がハンパない。
出だしの一文、「わたしは、明日から何をすればいい?」が怖い。
本当に怖い。
これ、多くの会社勤めの方であれば、共感できる怖さだと思う。
何も疑うことなく会社に出社する毎日の中で、会社を中心に据えた関係性というのは、会社があってこそ。会社という組織から外れたときに、この関係性を保ち続けることができるのは難しいのではないか。
とすれば、そのとき私の中に残るものは何かあるのだろうか?
今はわからない。わからないながら、きっと会社に関係するものは全て残らないだろうな、とは思う。定年まで生活の中で大きなウェイトを占めていた会社勤めを失ったとしても、私が変わるわけではない。きっと変わるのは、会社や仕事というフィルターを外さなければならない自分なのだろう。
フィルターが外れれば、意識せずとも見える景色は変化する。
その変化を受け入れるのか、もしくは似たようなフィルターを探しだしてすがりつくのか。
きっとね、本当はなにも変わってないと思うんだ。
依子が正雄に話していたことが正しいと思う。
「解雇されて私は大きなものをなくしたような気になってたけど、べつに、何も失っていない」
これが理解できれば、きっと何も怖くないんだろうな。
自分のフィルターが無くなっても、他人が自分を見る色はきっと変わらないはず。だとすれば、自分がそれまでと同じように生きることができれば、それまで以上に活動することができれば、きっと古いフィルターなんかいらないと思うんだ。
それでも怖いよ。
自分の立場が変わることは、本当に怖い。
だからこそ、悔いのないように全力で取り組んで、全力で生きて、駆け抜ける術を探しておきたい。駆け抜ける体力さえあれば、再スタートだって切れると思うから。
この作品で小町さんは特殊な能力のように、知らない人に必要な本を紹介しているように描かれているけど、それはきっと違うんだろうね。
小町さんは、たしかに人を見る目があるのかもしれない。
小学校の養護の先生をしていた、ということも人を見極める下地になったのかもしれない。
それでも、小町さんはちょっと不思議な雰囲気を持つ、普通の司書なのだろう。
小町さんがお勧めしてくれる本を読んで、どう感じるかは借りた本人次第。
それでも、何か変わってほしいから、必要な何かを見つけてほしいから、小町さんは集中してその人のことを見極めようとがんばるのだろう。
そして、悩んでいる人や変化を求める人というのは、きっと自分では「しなければならない事」をわかっているのではないか。わかっているが、自信がないから背中をそっと押してほしいのではないか。それも、押されたとわからないように。
目標ができた人、今やるべきことが見つかった人、前を向ける人、そんな人は自分で進んでいくことができるかもしれない。
それでも、大多数の人はその一歩手前で悩んでいる。そこを小町さんのようにそっと押してくれるのなら。
力強い激励は、時にその強さで相手を威嚇してしまう。
ふんわりと包み込む優しさが必要な場面はきっとある。
全ての人に優しく、強い気持ちを与えてくれる、そんな素敵な作品でした。