#1 試験醸造報告書 「広島6号酵母」
はじめまして。藤井酒造の岡田唯寛(おかだただひろ)と申します。
私は普段、副杜氏として日本酒の醸造に携わっています。
龍勢Lab.では、醸造責任者として主に技術面の担当をしています。
今回は、2021BYにて行った「広島6号酵母」の試験醸造に関して、報告をまとめました。長文になりますが、最後までお付き合いいただけましたら幸いです。
テーマは「広島6号酵母と精米歩合」
2021BYの試験醸造のテーマは、雄町を原料米として、その精米歩合を40%、60%、85%と3種類に分け、それぞれを広島6号酵母で醸したらどうなるか、というものだった。
まず、広島6号酵母についての説明をしよう。この酵母は大正15年に広島醸造試験場技師、清水健一氏によって喜久牡丹酒造(東広島市河内町、廃業)の醪から分離されたものである。
県内の他の酒蔵から同時期に採取した酵母と比べても「喜久牡丹酵母は最も鋭きエステル香氣強く…」と、論文で記述されているほどである。それが広島県食品工業技術センターに現在に至るまで冷凍保存されていたのだ。
昔からありながらも、我々が見たことも聞いたこともない酵母、それが広島6号酵母だった。これは龍勢Lab.のテーマである「温故知新」にもってこいの素材である。やるしかない。せっかくなので精米歩合を分けて色々とやってみようか、ということになった訳である。
試験醸造実施までの課題
やろうと決めたものの、1本ずつの仕込み量が小さいので、具体的にどうしたものかと悩んだ末、40%の雄町で醪3種類分の生酛酒母を1本作り、3種類の醪に入れる麹も同様に40%のものでまとめて作って3等分にして仕込む、という形をとった。
要は、生酛酒母と掛け麹は40%精米のもので作り、醪の掛米だけを40%、60%、85%と分けたということだ。
ここまで読まれて、「なんだ、そんだけの違いかよw」と思われるかもしれない。が、小仕込み試験というのは、やってみると準備の段階からして既に難しいものなのだ。本当なら酒母もそれぞれの精米歩合でやってみたかったのだが、物量が小さすぎるのはかえって温度管理が難しく、発酵がうまくいかない危険性もある。
龍勢Lab.で試されているのは酵母や米だけではない。それは我々自身でもあるのだ。我々の知的好奇心、浪漫、葛藤、困難こそが真の龍勢Lab.なのだ。そして、そこから生まれてくる知見や経験こそが、真の龍勢Lab.をより素晴らしき豊饒の海へといざなってくれるのだ。
醸造報告
さて、御託はここらでいいとして、それぞれの醪の報告に移る。以後、試験醸造酒のことを試醸酒と呼ぶこととする。
精米歩合40%のものを試醸酒①、60%を②、85%を③(それぞれ全て産地も同じ雄町)とする。酒母を仕込んだのは2022年2月25日。当然、広島6号酵母を添加して湧き付かせた。
酒母日数は龍勢の生酛と比べても短い25日間。添加してから2日後に膨れ(酵母増殖の兆し)が来てからその後の3日間で一気に湧き付き休み(発酵が盛んになり酵母が増えている状況)になり、冷却して酛卸しをした。キレ(酵母による糖の分解であり、発酵力の目安の一つ)は甚だ良かった。
ただ、それまでの酵母と比べて弊蔵の生酛酒母としての酸度が若干低かったことをここに書き留めておく。
さて、3月下旬に3本の醪に分けて蔵の2階で仕込んだが、この醪の期間の室温がおよそ12℃~18℃ほどもあり、醪の温度の管理(冷やしたり冷やさずにおいたり)に非常に苦労をした。具体的に言えば品温が極端に上がったり下がったりした時があり、冷温器(氷水をいれたアルミ製の樽)を出したり入れたりの作業に苦労した。そう、やはり試されているのは我々なのだ。
【試醸酒①】
40%の試醸酒①は前半の品温が16℃以上まで上がってから数日掛けて9日目から11℃台まで下げたのだが、この温度帯での発酵が弱く、いわゆる「キレが鈍く」なってしまった。
あとは、アルコールは着実に増えているのに日本酒度がなかなか+(プラス)の方になっていかない経過を辿ったことから、我々の言うところの「後溶け」(糖分を酵母が食べてアルコールを生成する一方で、糖の供給もどんどん来る状況で、例えるならば、食べても食べてもお姉さんがどんどん蕎麦を入れて、なかなか減らない『わんこ蕎麦』状態)もその要因だと考えらえる。
品温が11℃台は、広島6号酵母にとっては活動が低下してしまう温度帯ということなのかもしれない。
上槽前の分析値は、日本酒度-5.1、Alc.17.8%、酸度2.0、アミノ酸度1.8であった。醪日数は24日。粕歩合25%であった。
【試醸酒②】
60%の試醸酒②の醪の品温は11℃台までは下げることなく16℃台まで上がってからは13~14℃台で推移し順調な経過だったのだが、アルコールが17%を超えてからは発酵が鈍くなり、18%近くになるとアミノ酸度も急激に増えてきた。
前半の泡面が高泡から引き泡となり発酵が盛んな様子が見られたため、このままアルコールが18%を超えても順調に切れていくのかと思っていたが、協会酵母のようなキレは見られなかった。
上槽前の分析値は、日本酒度-2.7、Alc.18.0%、酸度2.1、アミノ酸度2.0であった。醪日数は21日。粕歩合26%であった。
【試醸酒③】
85%の試醸酒③の醪の品温も①、②と同様に16℃台まで上がっていったところで少し温度を下げたまま15℃前後で推移し、醪日数15日目で搾ることとした。この③が最も発酵が順調であり、アルコールも19%近くまで生成され、醪の香りも最も強く感じられた。
③だけアルコールが19%近くまでついたのは85%精米ということもあるのか、米由来の栄養分がこの酵母にとっては発酵の手助けになったと考えられる。
また、日本酒度も+の方まで切れたのは、85%精米は40%や60%精米の蒸米よりも硬く酵素作用を比較的受けにくいので「後溶け」もしにくかったと考えられる。
上槽前の分析値は、日本酒度+4.6、Alc.18.9%、酸度2.2、アミノ酸度1.5であった。醪日数は15日。粕歩合25%であった。
試験醸造での考察と反省点
以上、3種の醪について解説したが、これらのことから広島6号酵母について考えられる特徴や、今後も使っていく上での反省点をまとめてみたい。
・発酵に適した温度は協会酵母よりも高い方がいいと思われ、10℃前後まで下がると発酵が鈍る可能性が考えられる。
・精米歩合が低いものより高い方が、米由来の栄養分が酵母の活動の手助けとなることで、アルコール19%以上の生成が期待できる。
・40~60%の精米歩合での醪は、協会酵母での醪管理での追い水(仕込んで数日から10日目前後までに再度、水を少量投入して発酵の調整、促進をする意味がある)のタイミングを早めに行う方が良いと考えられる。アルコール18%近くなると発酵の勢いが弱まる可能性があることを踏まえた上での醪管理の必要性がある。
・醪の品温が16℃以上まで上がった割には、総酸の数値が2.2が最高値であったので、もう少し酸の高い酒質を目指すならば酒母歩合を1%程度高くする方法も検討してもいいと思われる。
以上、私からの報告を終わる。
最後までお付き合いいただきましてありがとうございました。
試験醸造酒の頒布について
「龍勢Lab.」の目的は、新たなことにチャレンジし、その結果をより多くの方と共有すること。そのため少量ではありますが、今回の広島6号酵母の試験醸造酒を一般頒布します。
初めての醸造試験のため、酵母の特性よりも醸造環境による味わいへの影響が否めません。そのため頒布するか少し悩みましたが、ご興味のある方は手にとって見てください。
詳しくは、こちら
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龍勢・夜の帝王の蔵元 | 藤井酒造株式会社 - Ryusei Official Website
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