続・蔵付き酵母について
こんにちは。
龍勢Lab. 所長の藤井義大です。
前回の投稿から時間が空いてしまいましたが、2022BYの龍勢Lab.の試験醸造がこそっとはじまりました。
テーマはもちろん「蔵付き酵母」
ご報告が遅れましたが「蔵付き酵母」の選定が無事終わりました!
今年の龍勢Lab. の試験醸造でその真価を探ろうと思います。
どんなお酒になるのかは醸してみてからのお楽しみ。
試験醸造の様子はSNSなどを通じてご報告させていただきます。
さて今回の記事では、蔵に今回の情報をアーカイブする意味も込めて、酵母の採取から選定までのみちのりを詳しく綴ろうと思います。
専門的な内容も多く長文ですが、どうぞ最後までお付き合いください。
尚、酵母を研究テーマにした理由や目的については、こちらにまとめています。
「蔵付き酵母」選定までの道のり
使っていない旧蔵で蔵付き酵母を探すことから始まったこのプロジェクト。
紆余曲折はありましたが無事酒造りに(おそらく)適した蔵付き酵母の選定まで行うことができました。
今回行った蔵付き酵母の採取方法をざっくり説明すると、以下のような流れになります。
STEP1.酵母サンプルの採取
STEP2.醸造適性の評価
STEP3.菌株特性の評価
STEP4.官能評価による採用株の選定
STEP2から先は自分たちが持っている設備ではできないので、専門機関への委託研究としてお願いする方法を採用しました。
STEP1:酵母の採取
まず、一番重要な酵母サンプルの採取。
結果として、今回2パターンの方法で行いました。
パターンA.旧蔵からの酵母採取
数十年前まで二号蔵として使用していた旧蔵からの採取を試みました。
これは長期間、日本酒の仕込みを行っていないので協会酵母による干渉が少なく、もし発見できればこの地域土着の酵母が生息している可能性があるのでは?との仮説を立て実施しました。
採取方法は、水で湿らせた綿棒でひたすら酵母がいそうな場所をこすって、そこに付着した酵母を分離。
単一コロニー化することで清酒酵母として使える株を発見する方法をとりました。
木桶や暖気樽などの酒造道具、神棚から柱まで、計35カ所をひたすら綿棒でこすり149株を取得!
これは幸先いいんじゃないか!?
と淡い期待を寄せましたが、あえなく撃沈。
麹エキスでの発酵試験における醸造特性(アルコールの生産性)が対照株(協会酵母)と比較して非常に低かった。
具体的には、協会酵母であれば10%程度のアルコールを生成するのに対し、今回採取した株は1%~5%と非常に低く、残念ながら優れた株を分離することができませんでした。
旧蔵から酵母を採取できる可能性はゼロではないのでまたチャンスがあれば試してみようと思います。
が、今回の試みでかなり確率の低いことがわかったので、現時点では一旦研究は終了です。
【酵母採取の方法と結果】
方法:拭き取り試料からの採取
場所:旧蔵の柱、木桶、神棚、暖気樽等
結果:有効な株は発見できず
パターンB.生酛酒母からの酵母採取
残念ながら旧蔵からの採取ができなかったので、どうしよう・・・と頭を悩ませていたところ、委託研究をお願いしていた先生から「酵母無添加の生酛酒母から採取を試みたらどうか?」とのアドバイスをいただきました。
試してみない理由はないので、即採用。
「どうせ蔵付き酵母を探すなら協会酵母を使用する前に、酵母無添加の生酛酒母を立ててみよう!」と昨年は無謀にも江戸時代さながらの酒造りのスタートをきりました。
なぜ協会酵母を使用した後だとだめか?
それは酵母添加しなくてもほぼ協会系の酵母になってしまうのでそれでは自社酵母であっても蔵付き酵母とはいえないと思ったからです。
ただ、酒造り経験のある方ならわかると思いますが、リスクは非常に高かったです。腐らないよね?腐ったらどうしよう・・・と内心ビビりまくってました(笑)
実際、予定の日数を過ぎても酒母にアルコールが思うようにつかず、「これやばくない?腐った?」という雰囲気が蔵中に漂い始めていたので分析を依頼。
すると、なんとういうことでしょう!
出るわ出るわ蔵付き酵母の宝石箱でした!(すいません)
詳しく調べてないのであくまでも可能性の話ですが、アルコールがつかなかった理由は、おそらく多品種の酵母が酒母内でひしめき合った結果、単一種類の酵母増殖がゆるやかになり、アルコール発酵が遅かったのではないかと推測されます。
いずれにせよ、腐ってなくてよかったです(笑)
しばらくお酒造れないところでした。
蔵付き酵母も採取できたし、いよいよSTEP2 醸造適性の評価に進みます!
【酵母採取の方法と結果】
方法:生酛酒母からの採取
場所:酒母室
結果:複数の有効な株を発見
STEP2.醸造適性の評価
TTC染色性による選抜
採取パターンAの旧蔵からの酵母採取でも醸造適性の評価までは進みましたが、次のステップに進むような結果が得られず断念したのでドキドキでした。
今回、生酛酒母から採取された酵母は89株。
まずは、それらを培養してTTC染色性による選抜を行い協会酵母系か野生酵母系かを分類します。
結果はなんと89株のうち、はじめに仕込んだ酒母から採取した株は98.8%が野生酵母と思われる株でした。
これは面白い酵母発見の期待が持てます。
余談ですが、参考までに他の酒母で協会酵母を使用中に仕込んだ酵母無添加の生酛酒母からも108株採取しました。
分析した結果、その場合は10株(9.3%)のみが野生酵母系で、あとは仮説通り協会酵母系の酵母だったので協会酵母の増殖力の強さを実感できたのも面白かったです。
麹エキス培地による発酵試験
次に、麹エキス培地による発酵試験。
野生酵母ばかりだとわからないので、広島の酵母であるKA-1-25(協会9号系)を対照株として野生酵母系の88株と協会酵母からの変異した株も14株、併せて102株のアルコール生成能をチェックします。
アルコール生成能がなければ、お酒づくりには使えません。
結果は、対照株であるKA-1-25(協会9号系)とくらべて、アルコール生成量が同程度、あるいはそれ以上の株が102株中32株も見つかりました!
野生酵母系から18株(88株中)、協会系酵母からは14株(14株中)をこの段階で選抜。その後、特徴の異なる24株までこの段階で絞り込みました。
STEP3.菌株特性の評価
前回は進むことのできなかったSTEP3。
酵母の選抜を行う際に、絶対条件となるのが「キラー性」がないかどうかをまずチェックします。
キラー性がある酵母であれば酒造りに使用することはできません。
キラー酵母に関しては、説明するには知識がなさすぎるので興味があればこちらを読んでみてください。
結果は、全ての株でキラー性は確認されず!
ひとまず安心です。
そして、もうひとつの特性評価が「胞子形成能」を有するかどうかの確認。
実はこの胞子形成能があるかないかが今回の蔵付き酵母選定の中で一番楽しみにしていたことでした。
「胞子形成能」とは、簡単にいえば子孫を残せる能力を有しているかどうかです。
協会系の酵母は一般的にこの胞子形成能が欠失しているため子孫が残せないそうです。
逆にいうと、胞子形成能を持つ酵母は協会系の遺伝子を組んでいないことから土着の酵母である可能性があります。協会酵母が普及する以前に、藤井酒造が造ってきた味わいを復活できるかもしれないということです。
故に、胞子形成能がある酵母の有効性が認められれば、地域性ある酒造りを目指す藤井酒造にとって非常に大きな役割を果たす要素となります。
ちなみに協会系酵母が胞子形成能を持っていないのは、たまたま持っていない共通の祖先がいて、それが協会系酵母として使われたと考えられているそうです。
香りや味わいの特徴が安定して変化しづらいメリットもあるので採用されたのかな?
余談ですが、諸説ありますが協会1号~5号まではこの胞子形成能があったと聞いたことがあります。ただ、環境の違う様々な場所で使っていくうちに性質が変異してしまったことから現在ではほぼ使われなくなったとかならなかったとか。この真相はどなたかご存知でしたら教えてください。
すこし脱線してしまいましたが気になる結果は、24株中9株で胞子形成能が確認されました!期待に胸が高まります!
そしていよいよ選定最後の段階。
実際に人間の口で飲んでみての最終ステップに移ります。
STEP4.官能評価による採用株の選定
官能評価によって採用株を選定するにあたり、まず選別できた24株から有望そうな9株を選びました。
そしてそれら9株を使って総米400gの超小仕込実験を行い、発酵経過の観察と実際に飲んでみての官能評価を行います。
蔵付き酵母だけだとわからないので、今回も対照株としてKA-1-25、そして藤井酒造で使うことの多い協会7号を採用。同一条件下での仕込みを行います。
協会酵母を使って醸したお酒と、蔵付き酵母で醸したお酒との味わいの違いを比較することで、採用する株の選別を試みようしたわけです。
仕込みが終わったあと、発酵が終わるまでの間ドキドキしながら経過を見守りました。
そして、緊張の瞬間。
官能評価をするときがやってきました。
結果は・・・
なかなかいいんじゃない!?
言葉では伝えにくいので、お酒ができたら是非手にとっていただき官能評価してください(笑)
尚、数字上では発酵スピードは協会系酵母と比べてやや遅い傾向があるので作業上いろいろと調整する必要がありますが、発酵力やアルコール生成能など協会系酵母とくらべても遜色のない結果が出てきました。
成分分析でもやや香りは対照株と比較して控えめなものの、リンゴ酸の生成が多く、アミノ酸が低いという現代の酒造りにおいても重宝される傾向がみられたのは驚きでした。
官能評価の結果的にも数字的にも、株によってもちろん差は出ましたが想像していた以上に期待の持てる結果となりました。
最終的に、その中から特に有望であろう株を2種類(Code Name P19及びP29)を選択したので、100kgでの試験醸造をこの3月から始めます!
まとめ
2021年の夏から始まった蔵付き酵母採取のプロジェクト。
試験醸造をできるところまでたどり着くことができました。
正直数年はかかると覚悟していたので、こんなに早く試験醸造までたどり着けるなんて本当に運に恵まれていると思います。
果たして藤井酒造がこの酵母を使いこなすことができるのか!?
まずは試験醸造を重ねていきながら、うまくこの酵母と付き合っていけるように蔵の環境を整えていきたいと思います。
それではここまで長文にお付き合いいただきましてありがとうございました。
これからも蔵独自の味わいの実現にむけてチャレンジし続けていきますので、応援のほどよろしくお願いいたします。
【蔵付き酵母採取までの道のりまとめ】
・旧仕込蔵からの酵母採取はできなかった
・生酛酒母からの蔵付き酵母の採取(全89株)に成功した
・胞子形成能を有する株を発見、醸造適性が認められる
・2株の蔵付き酵母(P19、P29)を最終的に選抜
・藤井酒造の蔵付き酵母はリンゴ酸が多いのが特徴
・2023年3月後半から試験醸造!!!
■ 公式サイト
龍勢・夜の帝王の蔵元 | 藤井酒造株式会社 - Ryusei Official Website
創業文久三年(1863年)「龍勢」「夜の帝王」の蔵元、藤井酒造の公式WEBサイトです。広島県竹原市にて自然と共に醸す酒造り
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