2022BY 龍勢Lab.試験醸造酒 蔵付き酵母 実験レポート
蔵付き酵母の試験醸造
2022BYの龍勢Lab.の試験醸造のテーマは「蔵付き酵母」。
2022年3月、我々、龍勢Lab.は長い期間を経てようやく2種類の候補株によって自社蔵での試験醸造をするところまで辿り着いた。それまでの経緯は、龍勢Lab.藤井所長の報告「続・蔵付き酵母について」を参考にして頂きたい。
試験醸造の方向性について
さて、2種の蔵付き酵母群(通称:P株)の中から選ばれたP19、P29の2株は、協会系酵母(協会7号と熊本酵母系の広島県の酵母KA-1)と比べて以下のような特徴がある。
・アルコール生成能力は同程度(Lab.としてはやや不安視していたのが実情)
・リンゴ酸や乳酸の数値が高くなる
・アミノ酸の数値は低くなる
・香気成分であるカプロン酸エチルは同程度、酢酸イソアミルはやや低くなる
ただ、これら2種の酵母で2本の試験酒だけを造るのはもったいない、ということで、それぞれの株に対して麹も2種類(老麹※1と若麹※2)作って、計4タイプの酒を造ってみることにした。
なお、仕込みペースの都合上、初、仲、留の3段仕込みの「初」と「仲」の間にある「踊り」が1日踊りと2日踊りと分かれることとなったので2日踊りの仕込みには老麹を、1日踊りの仕込みには若麹を用いることにした。
ちなみに使用する酒米は、岡山県産雄町60%で全て統一している。また、今回限りになるとは思うが、「酒母」は普通速醸酛の方が酵母の特徴がより分かりやすくなるのではないか、と考えて速醸酛を採用した。
次に、これら4本の醪の掛米についてだが、洗米、浸漬の段階での吸水率は126%と一律に揃えた。この数値は通常、弊社が雄町で酒を造る際の吸水率より低い。
これは、昨年の龍勢Lab.において広島6号酵母を使った際、その酵母の発酵力の弱さもあって、掛米の後溶けが甘味残りにつながったと考えられたため、後溶けを防ぐ目的で吸水を抑えた。
そのため、今回使用するP株の発酵力は協会系酵母(協会7号とKA-1)と同程度、という判断ではあったが、正直、龍勢Lab.としては前述した通り蔵付き酵母の発酵力の強さにはやや疑問視(というか、不安視...)していたこともあって、後溶けによる味残りを避けるため昨年よりも掛米の蒸しを締めて(≒吸水率を低くして米を蒸すこと)試験醸造に取り組むことにした。
麹米の吸水率については、龍勢らしく麹菌の破精込みはしっかりとさせたいと思っていたので、麹菌の使用量にこそ差はあれどこの年の他の雄町と同様に131~132%の吸水率にした。下記の図1は以上のことを簡単にまとめてみた図である。
図1
醪も品温経過は4種とも15~16℃程度で抑えるようにし、醪後半は13℃前後で経過を辿らせることにした。
10℃以下の低温発酵能力も見たかったのだが、試験醸造を行った3~4月は仕込蔵の2階の室温が高くなることもあって物理的に難しいのと、P株自体の特性としても低温経過は発酵が鈍くなるのではないかと考えられたためである。この「低温発酵能力」に関しては別の機会に試すことができればと思う。
試験醸造結果について
さて、約3週間前後の発酵期間を経て4種類の試醸酒が出来上がった。
分析結果は下の図2の通り。酒は4種全て火入れをしてある。澱引きをしないまま無濾過で瓶詰めをしたため、若干の澱が瓶底に溜まっていることは了承して頂きたい。
図2
製品化(=瓶詰め)する上でアルコール度数は16%台半ばに統一していたので、搾る当日のアルコール度数の分析結果、または分析ができない場合は前日の度数からの見込み予想を立てて加水して上槽した。
なので、試醸酒の結果としては上図の中央枠の〈加水前の原酒スペック〉欄を見てもらえれば分かりやすいと思う。
まず、大まかな結果として言えることは、4本全体としてアルコール発酵能力は予想以上に高く19%前後まで生成できることが分かった。
ただP19株の2種は発酵期間の後半にはキレが鈍り、結果としてのアミノ酸度(米の溶け具合に加え、酵母の死滅率の目安でもある)も比較的高くなった。
それとは対照的に、昨年の6月に広島県食品工業技術センターに依頼した小仕込み試験の結果からの予想に反してP29株が強い発酵力を見せた。とりわけ仕込57号はアルコールが19.8%までついているにも関わらずアミノ酸度が1.2というのは驚きの結果であった。
また、粕歩合(=米の溶け具合の目安の一つ。高ければ溶けておらず、低ければ溶けている。)には大きな差はみられなかったが、純アル(L)量は仕込54号と57号との間では約20Lも違うことを考えればP29株のアルコール耐性、及びアルコール生成能力の高さが浮き彫りになった。
実際、発酵期間中に醪の品温上昇を抑えたり、下げたりするために氷水を入れたアルミ製の樽を入れるのだが、入れた後の温度はP19株の方が下がりやすく、P29株の方は下がりにくかったことからも自力での温度上昇の強さが伺えるので総合的な発酵力としてはP29株が上だと考えられた。
利き酒結果について
4種の瓶詰めが終わって約2週間後に龍勢Lab.研究員全員で利き酒をし、簡単ではあるが感想を以下にまとめてみた。
上記の結果から考えられることとして、P19株の方が発酵力こそP29より若干弱いが、却ってその甘味、酸味、ふくらみのバランスの良さが利き酒においての好印象を与える結果となった。
P29株は発酵力が強いことから醪後半になってもキレが鈍らなかったのが酒質としても辛口の印象を与える結果となった。また、酸がありながらもアミノ酸が低いために後味に軽さを感じさせることから食中酒として向いている印象を受けた。
試験醸造を終えて
センターでの小仕込み試験の予想以上に図2の通り、試験醸造において差はあれ、どちらの酵母も強い発酵力を見せた。また、アミノ酸度も予想よりも低いことからアルコール耐性が強いことが分かった。
藤井所長の記事にもあるように、胞子形成能を保持している、という協会酵母とは異なる特徴を有している清酒酵母であることも証明されている。
香気成分については龍勢Lab.試醸酒の分析はしていないため、下図の昨年に広島県工業技術センターに依頼した小仕込み試験結果の一部を参考として見てもらいたい。
下2段の協会系の酵母(協会7号とKA-1)による酒とは香気成分の数値に違いはあるが、実際の龍勢Lab.による試醸酒もバナナや白ブドウなどの果実様の香りが感じられた。またアミノ酸度が低く、協会系酵母に比べてリンゴ酸が高いことから、軽快でキレのよい独特な酸を感じさせる酵母だと感じた。
これらのP19、P29を始めとするP株群に代表される蔵付き酵母達がいつ、どこから蔵に来てどのように生き続けていたのかは想像もできないが、酸に特徴があって独特な風味を醸す強健な酵母達であることが分かった。
しかし、これらの酵母達は一昨年の酒造期の最初に生酛酒母サンプルから広島県食品工業技術センターの先生方が見つけてくれなければそのまま蔵のどこかの片隅にひっそりと生き続け、たまには醪の中に入り込んでいたことであろう。
現段階においてこの酵母達と今後酒を造るかどうかは未定ではあるが、今回の「龍勢Lab.」試験醸造酒の酒質の良し悪しでこの酵母達の価値を判断するのは時期尚早であり、あまりにももったいない。それはこれら4種の試醸酒を実際に口にされた方々にも申し上げたい。
この酵母達の価値が試されるのは今回取り組んだ試験醸造でも、来期以降にこれらの酵母で醸される場合の酒質でもなく、世代を超えた龍勢の酒造りの歴史においてであろう。
その新しい歴史の始まりに立っていることを我々自身が理解し、今後の酒造りを通じてこの酵母達の可能性を見出していくことができれば、それは未来の龍勢を醸す者たちへの大きな遺産になることであろう。
試されるのは酵母達だけではない。我々でもあるのだ。
information
龍勢Lab. 蔵付き酵母編
広島HOMEテレビによる特集はこちら。酛立てから密着していただきました。
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前回の龍勢Lab. 第一回実験 広島6号酵母についてはこちら
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