交流戦を終えて2022年のカープの戦いぶりを振り返る(前半)
【第22回】
はじめに
「今年のカープは足を使わないよね・・・」
良く聞かれるコトバ。
否定はしない。事実だと思う。
チーム盗塁数という目に見えるカタチで表されるので、仮に試合を見ていない人でもスグに分かる。今年のカープは足で掻き回してこないと。
だけど、それで終わったらつまらない。数字を見て非難批判するだけなら、極論、野球のことを何も知らなくても出来る。「リーグ最下位の盗塁数はちょっと良くないね」みたいな感じに。
というわけで今回は、カープのお家芸、機動力野球について取り上げてみたい。
参考記事
Number Webにカープの記事を出稿している前原淳さんが僕は好きだ。いつも「読ませる文章」を書いてくれる。参考になる。新たな気づきや知見が得られる。これからもお世話になります。よろしくお願いします。
昨日のマクブルームの記事と同様、本文中の言葉をピックアップして、自分が思うことを書いてみたい。
(昨日のマクブルームの記事はコチラ)
今回で2回目となるが、このスタイルを確立させたいと思っている。小慣れてきたら、この前置きは省略する予定。
以下、引用文の出典元は全て上に載せた記事。
※記事のUP日が6月6日のため、数字等、今(6月16日)と異なる点がいくつかあります。適宜修正を加えて書きます。ご了承ください。
①:チーム盗塁数
記事では6月6日時点となっているが、6月16日現在も、同じく10個。もちろん12球団最少である。
ちなみに両リーグ通じて11位の中日が20個。つまりダブルスコアを付けられている。「ダントツ最下位」と言われても仕方ない成績だ。
筆者の言う通り、カープのイメージといえば機動力野球を思い浮かべる人も多いだろう。僕だってその一人だ。交流戦を見ていても、それを感じさせる場面が沢山あった。
例えばパリーグ出身の方が解説を担当している時。
「カープといえば足を使ってくるんですけど、今年はあんまり走ってないんですよね〜」
そういう言い回しをされることが多かったと思う。つまり「カープ = 機動力野球」というイメージが日本のプロ野球界では浸透していると言って良い。それだけに意外に感じるわけだ。
冒頭で示した「今年のカープは足を使わないよね・・・」という、ファンの嘆きとも取れる言葉もまた、同じ感情から来るものだろう。
その気持ちは分かる。
足を使った攻撃に魅せられてカープファンになった人も居ると思う。後付けの理由として、足で掻き回すカープの野球が好きになったという人も多いだろう。
ちなみに僕は高校野球だと健大高崎を推すことが多い。そう。「機動破壊」という言葉が野球ファンの間で話題になったあのチームだ。僕は「走攻守」の中で「走」が一番好きなのだ。
だから気持ちは良くわかる。
だがしかし、この場においては、感情論に走るのではなく、論理的に物事を考えることに努めて書いていきたい。
決意を表明したところで続きに移ろう。
②:史上最少ペースのチーム盗塁数
ココも日付けを合わせると、58試合ではなく64試合になる。
それに伴ってシーズン換算の数字も変わる。今のペースは143試合で22.3盗塁だ。
史上最少が29個とのことだが、試合数は今よりも10数試合少ない。そう考えると、ますますカープのチーム盗塁数の少なさが異常に思えてくる。
こういう情報を知れば知るほど「なんで今年のカープは全然走らないんだ!」というファンの憤りが今にも聞こえてきそうだ。
ひとまず、先に進もう。
③:チーム本塁打数・チーム得点数
ココも日付けに合わせる。
毎回ややこしくさせてしまって申し訳ない。
本塁打数は2本増えて26本。
ライオンズ戦で菊池と坂倉が打ってくれたよね。おかげで「交流戦チーム本塁打数0本」という不名誉な記録を樹立せずに済んだ。ココは素直に喜ぶべきポイントだ。
「カープは交流戦何一つ良いことなかった・・・」
と嘆くのは簡単。そこからいかにプラスの要素を見つけることが出来るか。苦境の時こそ自分の胆力が試されている瞬間だと思って、意識的にポジティブシンキングに取り組みたいものだ。
失礼。ゴタクを並べてしまった。
得点数はリーグトップタイから転落して、リーグ3位の235点。
ココに関しては交流戦の戦いぶり(後述)が影響したと言えるだろう。
他のセリーグ球団が打ちまくったというよりかは、カープが失速したと言った方が正しいか。自分で書いていて虚しくなるが。事実だから仕方ない。事実は事実で受け止めることもまた大切だ。
④:バッテリーと打者とのガチンコ勝負
現在のチーム打率は.249。
DeNAベイスターズが.250なので、僅か1厘差ではあるがリーグ2位に落ちている。
確かに、目に見えて分かる盗塁だけではなく、エンドランなど「足を使った攻め」も今シーズンはカープはあんまりやっていない。そんな印象はある。
僕が見ていて思うのは「勝っている場面 or 負けている場面」、試合状況によって、攻め方がガラッと変わるようなところが気になる。
例えば、勝っている時。
連打が生まれて、それが得点に繋がり、今年のカープの象徴である「つなぎのカープ」が発動したとしよう。
そういう時は積極果敢に足も絡めて、機動力野球で1点をもぎ取ろうとするシーンを魅せてくれることが多い。いわゆる「カープらしい野球」である。イメージ論で恐縮だが、そういう試合が無いこともない。数は少ないかもしれないけれど。
一方、負けている時は、筆者が語っているように「バッテリーと打者とのガチンコ勝負」という場面が多いような気もする。要するに、動きを見せずに静観する。バッターに試合の命運を託す。
そこから考えられるのは、
「失敗してもOK」という場面では積極的に仕掛けていくが「失敗したら困る」という場面では慎重に攻める。そういう気持ちのあらわれが、そのまま采配の変化に繋がっている。僕はそう思う。
分析チックに書いてしまったが、ココに関しては、僕からとやかく言うつもりはない。
いついかなる時も動きまくるのが良いわけではないし、いついかなる時もジッと待つのが良いわけでもない。「臨機応変な采配」は勝負師として身に付けるべきスキルだと思う。
ただ、こうも思うのだ。
“何をやって来るのか分からない監督は怖い”
このフレーズで頭によぎるのはオリックスの中嶋監督。その次によぎるのはバスターエンドラン。そんな野球ファンも多いのではないか。
当時の記憶を呼び覚ますのに最適な記事があったので貼っておく。
月並みな表現で申し訳ないが、ビックリした。この大舞台でそんな大博打をうってくるかと。そしてその采配に応える選手。
監督も監督だが、選手も選手だ。心底そう思った。「良いもん見れたなぁ」と思った。だから今でも思い出せる。こうやって文字を紡ぎたくなる。
記憶に残る野球を魅せてくれてありがとう、中嶋監督。
話が逸れた。
ココだけを切り取ると「奇策好きの監督さん」という印象になりかねないので補足しておくが、決してそういうタイプではない。と僕は思っている。
手堅く攻めてくる場合もある。
リスクを承知で大胆に攻めてくる場合もある。
おそらく、本人の中では色んな決め事があるのだろう。場合によっては「勘が働く」ということもおそらくあるのではないか。
僕が言いたいのは「この場合はこうしよう」というような「固定観念が無い」ところに怖さを感じるのだ。
中嶋監督自身、それと分かる言葉を発している。
中嶋監督と佐々岡監督を比べるようで恐縮だが「何をやって来るか分からない采配」という意味においては、中嶋監督に軍配が上がると僕は思う。
今の話に照らし合わせるのであれば、
勝っている場面、失敗してもOKという状況ではあるのだが、手堅く試合を進めて、自チームに傾いている流れを自ら手放さないようにする。
負けている場面、失敗したら困るという状況ではあるのだが、自チームに流れを呼び込むためにも、リスクを受け入れて勝負手を打つ。
こうやって言葉に書くと簡単にやれそうに思えてしまうが、刻一刻と試合状況が変化する中「臨機応変に動く」のは、僕たち野球ファンが想像するよりもずっと難しいことなのだろう。
改めて、中嶋監督の凄さを分からされてしまった(笑)
⑤:送りバント
この記事では「バント」について書かれていないのだが、話の流れとして、ココには是非触れておきたい。
今年のカープは「送りバントを多用して得点圏にランナーを進める」という「得点できるカタチを数多くつくる」ことにこだわっているのが分かる。
これはチーム犠打数が64と両リーグトップの数字を叩き出しているのを見ても明らかだ。「つなぎのカープ」を示す大きな指標の1つでもある。
そうして、お膳立てを行なった後は、起用しているバッターの力量を信用して送り出す。要するに前述した「ガチンコ勝負」だ。今年のカープの戦いを見ていると、そんな印象を強く感じる。
この戦法は今シーズンの開幕当初から変わらない。「ブレていない」と言って良いと思う。それが上手くハマって得点に結びつき、勝利を呼び込んでいたのも事実。ココは称賛すべきポイント。
しかし、現状は上手くハマってないと言える。お膳立てをするところまでは行けるものの、ホームベースが踏めない、1点が取れないと感じさせられる場面が多いように思う。これもまた事実。ココは受け止めるべきポイント。
いずれにせよ、どちらか片方だけを取り上げて「チャンスはつくってるんだから良い場面で打てない方が悪い!」と選手を責めるのも違うと思うし「バントで簡単に1アウトを献上するなんて愚策だ!」と監督の采配を責めるのも僕は違うと思う。
どちらの言い分も理解は出来るし一理あるとは思うが、どちらの言い分もまた、100%正しいとは言い切れないはずだ。
“勝てば官軍、負ければ賊軍”
つまりはこういうことなんだと思う。
最終的に勝利することが出来れば「あの采配が勝利を呼び込んだ」「良くぞあの場面で殊勲打を放ってくれた」という話になる。
佐々岡監督は叩かれがちだから選手を称えるコメントが集まりそうな気もするけど・・・
最終的に敗北してしまえば「あの采配が結果的に裏目だった」「あの場面で一本出ていれば戦局は全然違ったものになっていた」という話になる。
“タラレバは采配批判を生む”
「あの采配が裏目だった → この采配だったら…」
「やる前からあの采配はダメだと俺は思っていた」
「後知恵バイアス」という言葉がある。野球ファンに馴染みのある用語でいえば「結果論」だろうか。
人は結果が出た後ならどうとでも言える生き物だ。あたかも「やる前からそうなることが見えていた」ような錯覚にとらわれる。
そう。錯覚。
ホントはやってみなくちゃ誰にも分からない。野球の采配は大体そんなものだと僕は思っている。
その中で最善の選択は何かを突き詰めて決断しなければならない。試合中はその連続。監督業はさぞかし心労が絶えないことだろう。それを思えば1ファンである僕は頭が下がる思いだ。
ただ。
ココまで触れた上で、今回言及させてもらいたいのは、前述した中嶋監督との比較の話。
「送りバントで得点圏にランナーを進めてバッターに期待する」というのは立派な戦術。そこに何の不満もない。むしろ今年のカープの特長だ。ウリと言っても良い。
しかし、ウリとはいっても、それに固執してしまうと「何をやって来るのか想定しやすい采配」になってしまう。コレでは問題じゃないかと僕は思う。
チーム犠打数が示すように、送りバントは今後も積極的に使えば良い。ピンチになると相手バッテリーも気を使う。心理的優位に立って試合を運んでいけるメリットも確実にあるはずだ。
だけど、それと同時に「そう攻めてきたか!」と思わせるような「飛び道具的な采配」も僕は見てみたいと思ってしまう。
現状、そういう「臨機応変な攻め」がイメージ出来るのは菊池ぐらいだろうか。
事実、解説者の話に耳を傾けていると「菊地選手は何でも出来る選手だから怖いんですよね〜」と言っていたりする。
“何でも出来る ≒ 何をやるか分からない”
菊池涼介という最高のお手本が健在な内に「どういう状況下に置かれても柔軟な采配に応えられる選手」を一人でも多く育ててほしいと願ってならない。
「菊池の後のセカンド問題」がたびたび話題に上がったりもするが、彼の魅力は守備だけではない。ケースバッティングの技術も若手選手は大いに見習わねばならない。僕はそう思う。
おわりに
書いていたら熱量がドンドン増してきて、あれよあれよという間に文字数がかさんでいった。時間も過ぎていった。
途中、何回か話が脱線しまくって「コレは流石にあかんやろ・・・」となって、見直しや手直しの時間も要した。
多分、読んでて違和感が凄い、何が言いたいのか伝わってこない文章には、なっていないはず・・・。
どうやら扱うテーマが大き過ぎたようだ。反省。
というわけで「前半・後半」の二部作で書いていこうと思う。
次回は6月19日(月)に書く予定。プロ野球がない日だからね。
「交流戦休みを終えてリーグ戦再開したあとやんけ!」という物言いは受け付けません(傲慢)。