ま、いっか。
最近新しく加わった父の口癖。
「ま、いっか」
父が父らしくあった時、
父はそうとう頑固な人だった。
何しても、何話しても
父の流儀があり、
それは揺らぐことはない。
その頑なさに
私や兄、そして母も巻き込んで
いざこざになることも多く
「お母さん、大変ね〜」とよく労ったものだ。
それにしても
なぜ母が父と結婚したのか、
それは、
私たち兄弟にとっても今だ最大の謎である。
そんな父も
母が旅立ったあと、
季節のながれを追い越すほどのスピードで
物忘れがひどくなり
世間的、常識的には当たり前のことも
父が見ている世界では
そうではないことが多くなってきた。
「明日はデイサービスの日だな。」
「いや、お父さん
デイサービスは来週だよ。」
「夜ご飯は食べたからもういらないよ。」
「お父さん、まだ食べてないの。さっきのお昼ごはんね」
こんなやりとりが1日に何度か繰り返される。
いちいち訂正するのも悪いな、と思いつつ
ついつい訂正してしまう子どもごころ。
日々変わりゆく父の姿に
子どもとしては感情が波打つ。
父が父でなくなっていくようなさみしさはいつもどこかにあって
つい一年前。
まだ頑固だった父をどこかに探してしまう日もある。
それにしても
物忘れとはまるで生き物のようだ。
すごくしっかりしてる日もあれば、1日のうちの
時間帯でも変わってくる。
掴みようもないファジーな感覚。
父の見ている世界を知りたくて
本やネットで色々と調べてみたりもした。
そんな日々のなか
父の変化に気づいたのはつい最近のこと。
ご飯食べた、食べない。の話になった時、
「いや、違う」といつもは聞く耳持たず
自分を突き通していた父が
「まっ、いっか」とスッと引き下がった。
え!?
拍子抜け。
お父さん、大丈夫!?
かえって心配になる。
この新しい口癖はたびたび日常に登場するようになった。
頑固だった頃の父の姿が
まだ鮮明にここにあるだけに
何とも言えないさみしさもあるけれども、
それでもどこかで
お父さん、あっぱれ!とも感じた。
父なりの
内側の世界と外側の世界との折り合いの付け方なのだろう。
今の父は周りからみたら
不確かに見えるかもしれないけれども、
けれど、
父なりの確かさをしっかりと生きているのかもしれない。
引き算のような言葉に、
そんな力強さを感じた。
「まっ、いっか」
お父さん、いい言葉みつけたね!