threadで再開しまっす!🙇♂️⭐️
東京から実家に帰ると 玄関をあけてそこに みかんが3袋並んでいた。 どれも入荷したばかりの新鮮なみかん達。 みかん配り隊、と名付けていたけれども 本当にそうなんだな、、と この冬、途切れることのないみかん達につくづく思う。 静岡はみかんの名産地。 この時期はどこにいってもみかんがある。 ということは、 みかんを配っても配った先にみかんがあることも多い。 それに、 みかんを渡すことで 相手の方も恐縮してしまったりと かえって迷惑になってしまうのでは、と みかん配り
それが起こったのは昨年の6月。 母の49日を控えた2日前のこと。 その少し前に父はコロナで入院をしており、退院したその日の夜のことだった。 その日は、兄夫婦担当の日で東京の自宅にいた私は、 父の様子はどうだろう、、とたまたまモニター画面を開いたとき、見てはいけないものを見てしまった。 兄が顔を真っ赤にして 体ごと飛びかかるような勢いで父に怒鳴っている。 父も必死に言い返そうとしている。 スマホのモニターごしに、息を呑んだ。 電話して止めないと、と思いながらも そ
【84さい父との物語】 もう今さら、開けなくていいよ。って思っていた。 成人して大人になって家を出て。 たまに電話をして近況を話す。 それなりにお盆や年末年始に顔を出す。 それが、 私にとっても両親にとっても兄にとっても ちょうどいい距離感。 生まれ育った家でみんなで過ごしたのが第一ステージだとすると、第二ステージのままでいいと思っていた。 いや、それ以外に次のステージがあるだなんて 思ってもみなかったから。 それが、1年前。 背中をドンっと押されてフタを開けられ
最近新しく加わった父の口癖。 「ま、いっか」 父が父らしくあった時、 父はそうとう頑固な人だった。 何しても、何話しても 父の流儀があり、 それは揺らぐことはない。 その頑なさに 私や兄、そして母も巻き込んで いざこざになることも多く 「お母さん、大変ね〜」とよく労ったものだ。 それにしても なぜ母が父と結婚したのか、 それは、 私たち兄弟にとっても今だ最大の謎である。 そんな父も 母が旅立ったあと、 季節のながれを追い越すほどのスピードで 物忘れがひどくな
【スマホ捜索隊】 84才父との小さな物語 週末の遠隔介護の日のこと。 東京の自宅で夕方の父の様子をモニターでチェックする。 すると、 何やらリビングで父が行ったり来たりしてる。 何事だろう、、、。と早速自宅に電話をかけてみた。 「なにか困ったことある?」 さりげなく様子をうかがってみた。 「スマホがみつからないんだよな」 「そうなんだね、 あれ!?今日はどこにも出掛けてないよね!?」 「出掛けてないっ」 「お父さんいつも言うじゃん、探し物はすぐ近くにあるって。
みかん配り隊初日。 東京から静岡の実家に到着した。 いつも通り 「ただいまー」と玄関を開けると すでにそこには 父が立っていた。 足元にはみかんの袋たち。 「悪かったなー、今日はよろしくっ」 父はそう言って挨拶もそこそこに 車の鍵を私に渡す。 早速、みかんを9袋 2人で手分けして 後部座席に積み込む。 一袋2キロ 18キロのみかんたち、いよいよ出陣。 父のシートベルトを確認して ハンドル片手に父に掛け声をかける。 「レッツ!」 父は 「ゴーー!!」
「みかん屋さんができそうだよーっ!」 兄のお嫁さん、ともちゃんから連絡が入った。 東京の自宅にいた私。 思わずラインを見て微笑む。 添付された写真には みかんの袋の山が玄関いっぱい。 今回のみかん配り隊は、 父を隊長に、兄夫婦と私とでチームとなって作戦を遂行している。 ステップ1 お世話になった友達リスト作り ステップ2 親戚のみかん農家さんへ注文 ステップ3 みかんの受け取り ステップ4 リストをみながら付箋をつける ステップ5 決行! ようやくステップ4
ハンバーグ屋さんに事情を話し、 車をそのまま放置させてもらい、全力で走る。 携帯をバトンのように握りしめ 走りに走って5分ほどしてようやく遠くに人影がみえた。 よく見ると父とその周りに2人の人がいる。 よかった、、、。 近づくと父は携帯を耳に何度も当てていた。私に連絡を取ろうとしていたのであろう。 「ごめーん、おそくなってー」 父は、私が当然車で来ると思っていたからか 単身走ってきた姿に驚いている。 息を切らせながらも事情を話す。 同級生の方と、そのお嬢さんも納
今日は週に一度の父のテニスの日。 高校時代の同級生とかれこれ20年近くやっている。 プレーを楽しむ、というよりは、同級生と会って屈託なくおしゃべりするのが楽しいようだ。 父は、先週のクリスマスに兄からもらったドジャース大谷の帽子をかぶって張り切っている。まるで野球少年のよう。 最近は割と体調も安定してきたので 安心して送り出せる。 今日もテニスコートの駐車場まで送り、 「2時間後にまた迎えにくるからね!」と伝え 私は近くのハンバーグ屋さんに入った。 2時間あったら少
父のお友達との約束の日。 午後1時に待ち合わせで、私が送っていくことになっている。 朝ご飯をすませお皿を洗っていると、 後ろのソファーでテレビをみていた父が家を出る時間を確認してきた。 どうやら遅刻をしたくないそうだ。 「12時40分には家を出ないとな。」 目的地は家から30分はかかる場所。 「いや、お父さん、30分前に家を出ないと間に合わないと思うよ。12時30分には家を出ようっ」 「いや、12時30分じゃ間に合わないよ、時間に余裕を持って12時40分にしないと
マイルドセブン 父の胸ポケットにはいつも タバコの箱が入っていた。 私が中学生だった頃、 父はしきりにタバコを吸っていて 父と言えばタバコの匂い。 そんな印象だった。 当時は禁煙にトライするもなかなかやめられず どこかやめる気もなく、 胸ポケットのタバコを口にくわえては モクモクとさせ 考え事をしてるそんな風にみえた。 当時父は店を経営していて それは私のちょっとした自慢でもあった。 けれど、 自営業は紙一重だな、と 痛いほどに身に染みていくそんな出来事が
我が家には、 父が作った小さな一坪ほどの庭がある。 以前は駐車場にしていた場所で、 10年ほど前、ある日突然父は思い立って庭を作り始めた。 大きな石を配置してその周りにちいさな木や季節に咲く花を植えている。 父は踏み石を「心」という字になるように配置して この小さな庭を「こころの庭」と名づけた。 そんなこころの庭も 今年は母のことでバタバタしていたのもあり 夏には草でボーボーになっていた。 踏み石の「心」も どこにあるのかわからない。 リビングから庭をのぞきながら
最近の父の心配事は、 年末の挨拶でお友だちにみかんを配ること。 先々週あたりから気にしていたので 年末にはまだ早いけど 今日注文しに行くことに。 まずは 手渡したい人のリストを 黄色い付箋に書き出す。 父はひとりひとりの顔を思い出しては 名前を書いて番号をふっていく。 いつもはなかなか会えない人にも 今年は届けたいらしく数が多くなりそう。 父なりにみかんを手渡しながら 母のこと、そのお礼を伝えたいようだ。 全部で15個になった。 ちょっと多すぎだな、と思いながら
ある日のこと、 2階のベランダで洗濯物を取り込んでいたとき。 ブーーーンという低い音がした。 ん!?なんだか虫の音に似てる。 振り返って部屋を見渡す。 何も見えない。 空耳だったかな!? 実は私、 大の虫嫌いで 蚊でさえ飛んできたら逃げ回るタイプ。 東京の自宅に住んでいる時には 洗濯物に虫がつかないように 室内の乾燥機で洗濯物を乾かしている。 でも実家では乾燥機なるもはなく 当然ベランダに干しているため 洗濯物を取り込む時には バタバタと洗濯物を振り回すよう心
今日は父がデイサービスをお休みしたい、と言う。 「えー、そうなんだぁ」と急遽キャンセルすることに。 さては、「やりたいことがあるの!?」と聞いてみると 昔よく会っていた友だち、 じゅんちゃんの家に挨拶をしに行きたい、と。 母が旅立ってからすぐの頃は ずっと家に閉じこもっていた父も 最近は割と活動的になってきた。 何も予定が入っていない日は、 2人の暗黙の了解で、 やってみたいことをこの際やっていこう!という日にしていて どこかで父も私も、 人生の最終ターミナルの過