龍神物語①:巫女と白龍

天界には龍族たちが住む国がある。

その龍の国に一対の龍がいた。

二頭の龍は生れたときから
同じ時を過ごし、同じ感覚を共有し
同じソウルを持つ龍であった。

あるとき、片割れの龍がパートナーの龍にこう言った。

「私、人間というものになってみたいの。」

パートナーの龍は驚いてその龍に聞いた。

「なぜ人間になりたいのか?
人間になると龍の記憶が封じ込められ
不自由な肉体を持って過ごすことになるんだぞ。」

人間になりたいと言った片割れの龍は

「そうね。不自由な存在になるのは分かってる。
龍の記憶もないまま生きるのは
とても不安だし正直なところ怖くてたまらないわ。」

パートナーの龍は不思議そうな顔でその龍を見た。

「じゃあなぜ人間になりたいのだ?」

「人間はね。その限りある命で魂を輝かせているの。
私たち龍族のように悠久の時を生きることが出来ない。
だからこそ、その儚い命を懸命に燃やすことが出来る。
その経験は私たち龍族には持てないもの。
だから人間というものになって
その経験を積んでみたいのよ。」

パートナーの龍は少しの間考えて
やがて片割れの龍の言葉に頷いた。

「よし、わかった。
では私も一緒に行こう。
ただし、私は人間にはならない。
龍として君のそばで君を守る存在となろう。」

こうして二頭の龍は緑豊かな日の本の国へ旅立っていった。

パートナーの龍は地上に降り立ったとき
白龍となって山々に囲まれた自然豊かな土地に住むことにした。
人間になりたいと言った片割れの龍は
まだ人間として生れていなかった。

白龍は片割れの龍が生れてくるのを
何年も何百年も待ち続けていた。

そしていつか片割れの龍が生れて来たときに
少しでも過ごしやすくなるように
村を作り、人間が暮らしていける基盤を作った。

ある穏やかな春の日差しが降り注ぐ頃。
ついにその時が来た。
村に女の赤子が生れたのだ。
それは紛れもなく片割れの龍だった。

喜びに満ちあふれた白龍は
村人にこう伝えた。

「村人よ。この子は龍の子だ。
龍の巫女として生きる運命にある。
大事に育て私とともに常にあるようにするのだ。」

村人たちは白龍の言葉にたいそう感激をして
その子を巫女として育てるよう誓った。

巫女は名前を付けられることは無かった。
龍遣いとして生れた巫女に名前を付けてしまうと
巫女の力を利用するものに奪われる危険があるのだと思われていた。
それだけ名前というのは重要なものを意味していた。

人間として生れた片割れの龍、巫女は
龍だった頃の記憶はなかった。
だが常にそばにいる白龍が自分を助けてくれる存在だと言うことだけは知っていた。

やがて巫女は大きく成長し
白龍と共に村の繁栄のために尽くして生きることとなった。

山々に囲まれ緑豊かで清らかな水が豊富なこの土地は
まさに白龍の恩恵で作られたもの。

巫女は村人の願いを白龍に届け
白龍は村人たちの願いを聞き届け
村はますます豊かになりたくさんの人々に恩恵を与えていた。

そんな平和な暮らしは何年も変わらずに続いていた。

あるとき、やせ細った若い男がふらふらとこの村にたどり着き
村の入口で倒れ込んでしまった。

驚いた村人はこの若い男を介抱し
元氣を取り戻せるよう食事や水を与えた。

やがて話が出来るまでに回復した男は
村人たちへ感謝の言葉を伝え
さらにこう言った。

「ここは俺の住んでいた村とは全く違う。
この豊かな土地に俺も住まわせてもらうことは出来ねぇべか。」

聞くとこの男の村はとても貧しく
作物がなかなか育たない土地で
この男は豊かな土地を探して村を出て来たのだと言う。

村人はこころよくこの男を受け入れ
完全に身体が回復をした頃に巫女に逢わせた。

「私は巫女です。白龍とともにこの村を守っています。
あなたはこの村でこれから生活して行かれるのですね。」

巫女は初めてみる外から来た男に興味を抱いた。
男も不思議な空氣をまとう巫女にとても興味を抱いた。

「へぇ。助けて頂いたご恩は一生掛けて返して行きます。
そのためには、この村で誠心誠意、働かせてもらいます!」

巫女は頷き、村人とともにその男に新しい名前 タカと名付けた。
山を越えたものは鷹に導かれたもの。
という意味があったからだ。

タカは巫女に誓った通り
この村のために一生懸命に働いた。
日が昇るとともに畑仕事にいそしみ
家の補修にも率先して力を貸した。
村人は献身的に働くタカに心から信頼を寄せるようになっていた。

その年の村祭り「龍神祭」が開かれる日
村人とともに朝早くから祭りの用意をしていた。
初めて見る龍神祭とは、どんなものだろう?

祭りは夜になって最高潮を迎えた。
櫓では太鼓が打ち鳴らされ
若い娘たちが鈴を鳴らす。
幻想的なろうそくの火がゆらゆらときらめき
鈴の音が響き渡る中、巫女とともに白龍が現われた。
村人たちの歓声は一段と大きくなり
その興奮の渦にタカも巻き込まれていった。

巫女は若い娘たちの輪の中心に入り
祈りの舞を踊る。
その幽玄な舞にあわせ
白龍は天に昇り雨を降らせる。

不思議なことにその雨は祭りの中心の場には降らず
家々や田畑に恵として降り注いでいた。

白龍は踊る巫女の周りをぐるりと回り
キラキラと金色の光を辺りに振りまきながら
天と地を何度も行き来していく。

「あれが白龍さまか・・・。
なんとも威厳のある輝かしいお姿だ。」

ここには白龍が巫女とともに村を守っているとは知っていたが
祭りの日まで実際に逢ったことはなかったのだ。

畏怖と共にまばゆいばかりの白龍を見つめ
タカはそうつぶやき手を合わせた。

そしてふと、昔自分が住んでいた村を思い出した。

自分たちの村にも龍がいてくれたら
この村のように豊かな土地になったのだろうか。
ここの白龍さまはこの村以外は助けてくれないのだろうか。
今の自分は幸せだけれど
自分が住んでいた村はいまどうなっているのだろう。

タカは、まばゆく輝く白龍の姿を見つめ
巫女の舞い姿を眺めながら
自分の境遇を思い、無性に寂しくなり
昔の村への思いを噛みしめた。

「俺の家族はもうあの村にはいない。
みんな死んでしまった。
だけど俺があの村で生まれ育ったのは紛れもない事実だ。
苦しいばかりだったが、どうしようもなく懐かしさがこみ上げてくる・・・。」


祭りが終わり、外の櫓には誰もいなくなった。
村人たちは巫女の屋敷で宴をしていた。


タカはこみ上げた衝動のまま
人々の輪をかき分けて巫女と白龍のもとへ駆け寄った。

「巫女さま!白龍さま!お願いがございます!」

村人は一斉にタカを見た。
床に額を付けて頭を下げるタカ。

巫女は白龍と共にタカを見つめた。

「タカ、どうしました?」

「俺の・・・俺の村を助けてくれませんか!
この村と同じように
俺の村も助けてください!
あの村は水は涸れ果て作物も育たず死ぬ人が大勢いた。
俺は運良くここで助けてもらった。
でも俺ひとりが幸せになって申し訳ないと思った。
どうにかあの村を助けてやることが出来ないか。
そう思えて仕方ないんです。
巫女さま、白龍さま
どうか、どうかお願いします!」

村人たちはタカの言葉に驚いた。
だがタカの氣持ちも分かる。
自分たちの村がもし同じような境遇になったとき
巫女さまと白龍さまに助けを請うてしまうだろう。


巫女はタカの真剣なまなざしを受け止め
白龍に向って言った。

「白龍さま。どうかタカの村を救えませんか?
私はタカが不憫でならないのです。」

白龍は巫女の言葉をじっと聞いていたが
タカが村に来たとき
巫女がタカに特別な感情を抱いたことを思い出し
やがて天を見上げこう告げた。

「巫女よ。タカの村を救うには
お前がこの村を出なければならない。
そうなるとこの村は巫女と私を失うことになる。
それでもいいと言うならば
私は巫女の意思に従うこととしよう。」

村人たちは白龍の言葉に激しく動揺した。

「そんな、オラたちはどうなるんだ?!
オラたちは今まで巫女さまや白龍さまを大切にしてきました。
そんなオラたちを巫女さまや白龍さまは
見捨てるんだべか!」

怒りを隠すこともせず怒鳴るものや
泣き崩れて地面に突っ伏してしまうもの
動揺から呆然とするもの
タカをあしざまに罵るものなど
様々な声が飛び交った。

巫女はそんな彼らの前でなすすべもなく
うつむいたまま言葉を紡げずにいた。

そしてその中で、腕組みをし、じっと彼らの様子を聞いていた、じいさまがいた。

嗚咽や怒号がやがて収まった頃、じっと聞いていたじいさまは
腕組みを解き拳を握って静かに語り出した。

「わしらはぁ、巫女さまや白龍さまに今まで散々守られてきた。
この村の人間は恩を感じることはあっても
非難してはいけねぇと思う。
もうこの村は充分に豊かな恩恵を受けているでねぇか・・・。
別の村も豊かになる手伝いがあるなら
送りだしてやるのが人として生きる姿じゃねぇのか?」

村人たちはしーん・・・・と静まりかえった。
グッと怒りをこらえ年寄りをにらむ者
何かを言いかけ口を開くが、すぐにつぐんでしまう者もいた。

すると、じいさまの隣にいた童がすっくと立ち上がり声を上げた。

「じっちゃんの言う通りだべ!
オラたちは白龍さまと巫女さまにいっぱい助けてもらった。
困っている人がいたら助けてあげろって
じっちゃんからいつも言われてた。
だから寂しいけど、オラは白龍さまと巫女さまが
タカの村へ行くのを応援するだよ」

幼い童は、じいさまの着物の袖をぎゅっと掴んでそう言った。



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