龍神物語⑦:巫女と白龍 最終話
「白龍さま。結界はどのくらいの大きさになりますか?」
翌朝、タカや村人たちと別れ
巫女は白龍の背中に乗った。
白龍はぐんぐん高く昇り
巫女の村から遠く離れた上空にいた。
「巫女、下を見ろ。」
遙か下界は山々が小さく見えている。
あれほど大きいと思っていた土地が
すべて見渡せるくらいだ。
ここは天に近い場所なのだろうか。
「五芒星は知っているだろう。」
「はい。」
巫女がまだ幼い頃から白龍の教えを受けて
祝詞や呪術に関する知識は得ていた。
「その五芒星を、巫女の村を中心として、それぞれの土地に作る。」
「それはどのように・・・」
「私の鱗を使うのだ。」
白龍の鱗。
それには不思議な力が込められていると聞いている。
だが実際に使うのを見るのは初めてだ。
「よいか。ここと、ここ。そしてここ・・・・」
白龍は結界を張る五つの場所を巫女に教えた。
それは果てしなく範囲が広かった。
「それぞれの山の頂きや湖に鱗を埋める。
そこを聖地として巫女の祈りを捧げよ。」
「分かりました。」
巫女が頷くと最初の場所に白龍は飛んでいった。
そこは周りと比べても、ひときわ大きな山で
聖地としての重要な役割になる場所なのだという。
まだ白い雪がところどころに残る頂に
白龍は巫女を降ろした。
山の頂で白龍はもう一度天に昇ると
勢いよく頂に突撃した。
ズドン!!
「あっ!」
巫女は驚いて後ずさった。
白龍が突撃した跡には
大きく深い穴が空いている。
そして自らの鱗を1枚はがすと
その穴の奥深くに埋めた。
土がまた盛られ塞がれた穴の上に
巨大な岩を置く白龍。
「巫女。祈りを・・・」
頷くと巫女は手を組み祓詞を捧げる。
「ひと、ふた、み、よ、いつ、むゆ、なな、や
ここのたりやと唱えつつ
布瑠部、由良由良、布瑠部(ふるべ、ゆらゆらと、ふるべ)」
祓詞を三回唱えたとき
天上から一筋の光が差し込み
その岩を不思議な光で包み込んだ。
やがて光は岩に吸収されるように消え
封印は終わった。
巫女は祓詞を三回唱えただけで
身体は汗でびっしょりと濡れ
ものすごい疲労感に襲われた。
ここまで自分の力を遣う祈りは初めてのことだった。
「天界の力を降ろすのだ。
それは命を削るのと同等の力が必要になる。
今日はここまでにしよう。」
そういうと白龍は巫女を自分の身体の横によせ
包み込むようにして眠りについた。
翌朝も陽が昇る前に次の場所へ向う。
今度は湖だった。
それは巨大な湖で
上空からみても、いくつもの山々が入ってしまうのではないかと
思われるくらいの大きさだった。
「ここも遙か昔は巨大な山だった。
だが噴火により山が崩れ
その跡に湖となったのだ。」
山自体の姿は見えなくとも
聖地としての役割に適した場所だという。
湖の中程にある小島に巫女を降ろすと
白龍は水底へと潜っていく。
しばらくするとドン!という地響きとともに
水面が一瞬盛り上がった。
そしてキラキラと朝日に身体を光らせた白龍が水面から飛び出した。
巫女は白龍と目が合うと
昨日と同じように手を組み祓詞を三回唱えた。
ここでも天上から光が差し
湖の中心へと向っていく。
朝日のそれとはまた別の美しさが湖面いっぱいに広がった。
巫女はそれを見届けると
またもやぐったりと倒れ込み
白龍とともに山の奥深くで回復を待った。
翌日も、その翌々日も、
白龍は巫女を聖地となる場所へ連れていき
結界のための儀式をした。
五ヶ所もの聖地を創ったのだ。
それぞれの山の頂きや湖の底には
巨大な岩が置かれている。
そしてその全てが天界の力を受けている。
全ての封印が済んだとき
巫女の身体は限界を迎えていた。
それは白龍にしても同じで
鱗を短期間で五枚も遣うのは
龍の身体とはいえ、負担がとても大きいことだった。
「巫女。私はしばらくは動けぬ。
回復するまではこの山で眠りにつく他はない。」
「私も一緒に眠らせてください。
村へ戻るのは遅くなってしまいますが
仕方ありません。」
白龍は巫女の身体を包み込み
透明な膜を自分の周りに張り巡らせると
静かに眠りについた。
どれくらいの時が経ったのか。
白龍はふと目を覚ました。
抱えている巫女を見ると
まだすやすやと眠りについている。
が、その姿は眠りに付く前の巫女の姿とは違っていた。
髪は白髪になり
若く張り詰めていた肌はシワだらけになっている。
龍の時間に合わせて眠っていたため
眠りについた時から遙かに長い年月が経っていたのだ。
白龍がじっと巫女の姿を見守っていると
やがて巫女も目を覚ました。
「白龍さま・・・」
巫女は、あっ!と口に手を当てた。
自分の声が老婆の声になっていたからだ。
「巫女よ。目覚めたか。
龍の時に合わせて眠りについたため
人の生きる時間よりも長く眠ってしまったのだ。」
巫女は自分の手足を眺め
顔を触り、髪の色を見て
いっとき驚いた様子を見せたが
「ああ、白龍さま。良いのです。
これが私の生きる使命だったのです。
私は満足しております。」
白龍は巫女の言葉に頷くと
「もう以前のお前や私を知るものは生きていない。
夫としてお前と共に暮らしを営んでいたタカもだ。
それだけ長い年月が経ったのだ。」
巫女の心情を思いやったが
「よいのです。よいのです。
私は私のやるべきことを
タカはタカのやるべきことをやったのです。
でも不思議ですね。
なぜ私はまだ生きているのでしょう?」
老婆の姿にはなったけれども
本来ならとっくに死んでいてもおかしくない時間が経っていたはずだ。
白龍は自分たちを包み込む
不思議な膜を指さして
「この膜が人の命も守っていたのだろう。
だがこの膜から出た瞬間
巫女の命は散ることとなる。」
「ああ、そうなのですね・・・。」
巫女は白龍にもたれかかりながら
その膜を見ていた。
「白龍さまは悠久の時を生きられるお方。
私は人間ですから死ぬことが定められています。
もう私の役目は終わったのですから
魂を天界にお返しいたしますよ。」
白龍は巫女の瞳をじっと見つめ告げた。
「安心してよい。
肉体は消え去っても、巫女の魂は
また私と巡り逢う。」
巫女は白龍を見つめコクリと頷いた。
そして白龍は、ゆっくりと自分たちを包む膜を消していった。
それに合わせるように
巫女の身体は徐々に薄れていき
完全に膜が取り払われたとき
その姿は消え去っていた。
跡には小さな光の玉が遺された。
巫女の魂は肉体が消滅するとともに
天界へと昇華されていった。
ふたたび白龍と巡り逢うために
これまでの人間としての経験を
天界に納めにいくのだ。
そして生まれ変わる時を天界で待つ。
白龍は巫女の魂が天界へ行ったことを確認すると
光の玉を掴み空へ飛んだ。
遙か上空から巫女とともに張った結界を確認する。
それは現在もしっかりと守りの働きをしている。
ただひとつ違ったことは
それぞれの封印の岩には、いつの間にか注連縄が巻かれ
小さな祠が建っていた。
湖の底の岩は注連縄は巻かれなくとも
小島には社が建てられ
龍神の祈りの地としての由緒が伝承されていた。
いつの時代も、守りをする者たちが現われるものだ。
ふと巫女の村はどうなっているのか?
白龍は思い立って村まで飛んで行った。
そこにはあの時代と同じように
豊かな生活を営んでいる村人たちの姿があった。
もちろん全て見知らぬ顔だった。
巫女の住んでいた屋敷は
大きな社となり”白龍神社”となっていた。
タカの子孫が代々、巫女の地を守っていた。
巫女とタカの間に子は成さなかったが
親を失った子たちを我が子として育てたタカは
あれからも村を守り
死ぬまで巫女を待ち続けていたという。
今頃は天界で巫女と再会を果たしているだろうか。
それともどこか別の地で生まれ変わって
新しい命を生きているだろうか。
白龍は光の玉をそっと白龍神社の祭壇に置いた。
巫女の身体から生れた玉。
御神体としてこれからも大切にされるだろう。
白龍はふたたび空高く昇り
次に片割れの龍の魂が生れてくる土地を目指した。
白龍とふたたび巡り逢うのは
また何百年も先の話である。
fin
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