龍神物語⑤:巫女と白龍
農作業をしていた村人は五助が必死に走ってくるのを見て何ごとかと思った。
「た、助けてくれ・・・!
刀を持った侍がこっちにやってくる!
殺される、殺される!」
その声を聞きつけて
タカと巫女が屋敷から飛び出してきた。
「五助さん!どうしたんですか。
なんでここに・・・」
「タカ!巫女さま!
侍たちに騙された!
すまねぇ・・・本当にすまねぇ・・・!!」
タカは五助が降りて来た山を見ると
刀を持った侍たちが降りてくるのが見えた。
「みんな、逃げろ!奥の山に逃げ込め!」
巫女は白龍を呼び、自分たちも山の奥へと向っていった。
だが足の遅い村人たちは次々と刀の餌食になっている。
「ひ、ひどい・・・・なんてひどいことを・・・」
巫女はタカに向って
「おまえさまは、みんなを連れて山へ逃げてください!
私は白龍とともにあの者たちを止めます!」
「バカを言うな!お前を残すことなど出来るわけがない!」
「私は大丈夫です!このままではみんな死んでしまいます。早く、早く行って!!」
巫女はタカをドンと突き放すと白龍と共に村の入口へ戻っていった。
白龍さまがついているから、きっと大丈夫だ。
タカはそう己に言い聞かせ
「巫女!死ぬなよ、必ず生きて戻ってこいよ!」
白龍さまの加護を今は信じるしかない。
タカは足の悪い村人を背負いわらしの手を引いて走りに走った。
「巫女。覚悟はよいな。」
「はい。もちろんです。」
白龍はその声が終わる前に天に昇り
土砂降りの雨を降らせた。
それはまるで濁流とも思えるような
激しい、激しすぎる雨だった。
巫女は手を合わせ、白龍の力を最大限に引き出すため
龍の力を解き放つ祈りを始めた。
濁流のような雨に足を取られて
侍たちは足止めを食らった。
しかし歩みが止まることはない。
そしてその後ろから遅れて伊左衛門と惣兵衛がやってきた。
「おおー、あれが白龍か
なんとも素晴らしい力ではないか。
そしてあれが巫女だな。
お前たち、あの巫女を捕まえてくるのだ。」
「人間よ、巫女に近寄るな!」
白龍は侍たちの目の前にドドン!と雷を落とした。
うわああああ!
瞬く間に数名の家来が黒焦げになって倒れた。
ひぃっ!
惣兵衛は後ろに飛び退き、近くの家の影に隠れた。
伊左衛門も後ずさる。
「ううーむ。近寄ることが出来ぬ。
このままではいずれ我らもやられてしまう・・・」
白龍はすかさず巫女を掴むと天へ昇っていく。
「あっ!逃げられるぞ!
追え!追えーーー!!」
伊左衛門と家来たちは白龍が飛び去った方へ向い
急いで後を追った。
だが空を飛んでいる白龍と
山道を走る人間とでは勝負にならない。
あっという間に白龍の姿は見えなくなった。
飛び立った白龍はものすごい勢いで
巫女の村へ向った。
徒歩で山を越えた時には
何日もの日数を要したが
空を飛べばそれほどの時間も掛からずに
巫女の村へ到着した。
巫女を抱えた白龍が現われ
村人たちは驚いた。
「白龍さま!それに巫女さまも・・・
いったいどうなすったんです?」
白龍の回りに村人たちが駆け寄ってきた。
白龍は巫女をそっと降ろすと
「巫女が襲われた。私は後始末をしにタカの村へ戻る。」
そういうとビュン!と空へ飛び去った。
「巫女さま・・・!」
「お怪我はありませんか?」
「巫女さま!何があったんですか!」
口々に言うが、その中で
巫女の旅立ちを後押ししたじいさまが前に出て
「そんな話はあとでいい。
いまは巫女さまを休ませることだ。」
そういうと男たちに指示をして
巫女の屋敷へ運んでいった。
一方、巫女と白龍に逃げられた惣兵衛と伊左衛門は
「おい、惣兵衛!話が違うではないか!
巫女を捕まえるなどたやすいと言ったであろう!」
惣兵衛はビクッとして伊左衛門を見つめた。
「た、たやすいなどと言った覚えはございません。
ただまさか白龍が巫女を連れて逃げるとは・・・」
おろおろとうろたえながら惣兵衛は答えた。
「ええい!白龍がどこへ行ったのかわからんのか!」
「そう申されましても・・・」
惣兵衛は伊左衛門の、わぁわぁと怒鳴り散らす声に
だんだん、うんざりして来た。
(ふん。金儲けのことばかり考えて
自分のところの家来を鍛えることを疎かにしているから
こんなことになるのだ)
自分のことは棚に上げて
心の中で悪態をついた。
生き残った家来たちは
雷で丸焦げになった同士の亡骸をどうすべきか悩んでいた。
すると・・・・
グオオオオーーーーーーッ!
ひときわ大きな怒号のような声が山々に響き渡り
白龍がタカの村へ戻ってきた。
「ひぃ!白龍が戻ってきた!」
さっきの雷の威力を目の当たりした家来たちは
慌てて近くの家に飛び込んでいった。
「おい、待て!あの龍を仕留めんか!殺せ!」
「お待ち下さい!龍を殺したら私たちの計画が失敗になってしまいます!」
惣兵衛は慌てて伊左衛門を止めようと袖を掴んだ。
興奮した伊左衛門は袖にすがった惣兵衛を突き放すと
振り向きざまに刀を振り下ろし
あっという間に斬り捨てた。
ぎゃーーー!!!
「そうだ。最初からお前を殺せば良かったのだ。
龍などという甘言で私を騙そうとしたお前が悪い。
そうだろう?惣兵衛。」
ハハハ・・・
ワハハハハハ!
ワーッハハハハハ!
もはやピクリとも動かなくなった惣兵衛を見下ろし
狂氣にも似た高笑いが辺りを包んだ。
それを見た家来たちは
「お、お館さまがおかしくなってしまわれた・・・。
我らもこのままでは殺される!
おい、逃げるぞ!」
高笑いを続ける主をその場に残し
元来た山道を大慌てで駆け上っていく。
土砂降りの雨はいまだ止まず
どろどろになった伊左衛門は自分一人になったことにも氣が付かなかった。
「人間よ。哀れなものだ。
その強欲な心根が己を破滅に追い込むこと、なぜ氣付かぬ。」
笑い声がピタッと声が止んだ。
どんよりと濁った目を白龍に向ける伊左衛門。
「龍よ・・・白龍よ・・・。
どうだ。私と一緒に来ないか?
お前のその力があれば、お前を恐れ.、崇め奉る人間がたくさん出てくる。
そうだ。私がお前の後見人になってやろう。
そうすればこの世の全てはお前の思うままになるぞ。」
伊左衛門は白龍に向けて両手を差し出した。
「くだらぬ・・・」
白龍はそう言うやいなや巨大な口を開け
伊左衛門をバクッと一飲みにした。
ついでに惣兵衛の亡骸も口に咥えそのまま飲み込んだ。
そしてそのまま都へと飛んでいった。
激しい雨が止み、しばらくして、山へ逃げていたタカは
村がどうなったのか様子を見に降りて来た。
巫女の姿も白龍の姿もない。
畑の横には黒焦げになった侍が数体
転がっているだけだった。
「ど・・・どうなったんだ・・・
巫女はどこだ?白龍さまは・・・?
おーい!おーい!
どこへ行ったんだー!」
呼べど叫べど、何も答えるものはなかった。
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