雪の日の昔話
朝起きたら大粒の雪が降っていた。そういえばこんな雪の日には思い出す出来事がある。あれは確か俺が上京してきて最初の冬、まだ所沢に住んでいた頃の話だ。
あの日は前の晩から雪が振っていて、朝になっても止まなかった。割と朝早くに目が覚めたが、もう冬休みに入っていて大学も休みでバイトもない日。こんな日は暖かい部屋で引きこもるに限る。とはいえ雪が珍しくて、俺はアパートのドアを開けて外を確認した。開けたドアが積もった雪を押しのけるほど雪は積もっていて、外は一面真っ白な雪景色だった。わー!とひとしきりテンションが上がって部屋に戻って、こたつに潜って漫画を読んだりテレビを見たりゲームをしたりしているうちに、俺はいつの間にかうたた寝をしてしまっていた。
再び目が覚めたのは正午過ぎだった。腹が減ったし何かを食べようと俺はもぞもぞとこたつから出た。外の雪はどうなっているだろう?と、ドアを開けた俺が見たのは、新雪の上に残った小さな足跡だった。
5、6歳の子供くらいのものに見える小さな靴の足跡だった。当時俺が住んでいた部屋は、二階建てのアパートの二階の一番奥の角部屋。俺の部屋に用がない人は誰も来るはずがない。それなのにそこには階段から俺の部屋に向かってまっすぐに続く足跡があった。どういうことだろう?足跡は俺の部屋のドアの前で左右綺麗に揃って止まっていた。そして誰かがここまで来たのなら絶対にあるはずの、部屋から階段に向かって戻る足跡がそこにはなかった。忍者のように自分が一度付けた足跡を後ろ向きに歩いて辿れば、理論上は片道だけの足跡を残すことだって出来なくはないだろう。しかし誰が、何のためにそんなことをしたんだ? 俺は気味が悪くなって、ドアにチェーンまで掛けて部屋に戻った。
もう20年以上も前の話だが、結局あの足跡が何だったのかは今でも謎のままだ。夕方頃に大家さんから電話が掛かってきて、雪のことを心配してくれた。「何かありませんでしたか?」と。大家さんの言う『何か』にあの足跡のことは含まれるのか。俺は怖くて何も聞くことが出来なかった。今日のように雪が積もりそうな日、俺はなるべくこまめに通路の雪かきをすることにしている。積もった雪が凍って滑って転ばないように。また変な足跡がつくことがないように。
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