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つらみの穴
つらいことや悲しいことがあるたびに、家の裏の山に掘った大きな穴に投げ捨てていた。もう何年も何十年もそうしているうちに、穴はどんどん大きくなって底が見えないくらいになっていた。久しぶりにつらいことがあったのでまたあの穴に捨てようと思って夜中にトコトコ出かけて行った僕は、足を滑らせて穴に落ちてしまった。
土の斜面をゴロゴロと転げ落ちて行く。穴の中には長年捨ててきたつらいこと悲しいことが溜まっていて、転がる僕の体にまとわりついた。彼女に振られた悲しみ、仕事で怒られたつらみ、駅の構内でおっさんにぶつかって舌打ちされたイライラ。全身つらいこと悲しいことまみれになりながら、それでも転げ落ちるのを止められない。頭や肩や背中についたつらいこと悲しいことはどんどん心に侵食してくる。僕はつらいこと悲しいことに引っ張られるように暗くて深い穴の底に転がり落ちていった。
ドボンと音がして、僕はどうやら穴の底に落ちたらしい。穴の底には雨が溜まっていて、水にはつらいこと悲しいことがいっぱいに溶けて濁っていた。学校でいじめられたこと、部活の試合で負けたこと、好きだった人が死んでしまったこと。忘れたくて向き合いたくなくて穴に投げ捨てたつらいこと悲しいことが、帰る家を見つけたかのように僕の中に入り込んでくる。嫌だ!つらい!悲しい!何十年分のつらいこと悲しいことを一気に浴びせられた僕はパニックになっていた。泥水の中で泣き叫びながら、ただじたばたと手足を振り回す。そこで僕は目が覚めた。
もちろんそんな穴は存在しない。これはただの夢だ。つらいこと悲しいことがあっても穴に投げ捨てて忘れるなんてことは出来ずに、その都度つらい思い悲しい思いをしながら生きている。それは本来パニックになって泣き叫びながらじたばたと手足を振り回すくらいのことなのだ。それでもその都度立ち直って前を向いて、やっぱり時々思い出してはつらくなったり悲しくなったりしながら生きているのだ。なんだよ、頑張ってるじゃん。「生きてるだけでえらい」なんてネタのように言ったりすることはあるけれど、初めて心の底から、つらいこと悲しいこともたくさんあるのに生きてるだけでえらい、と思った朝でありました。
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