見出し画像

君の呼び名は

某SNSで、「あなた」という呼び方について論争が起きているのを見かけた。相手を「あなた」と呼ぶのは侮辱であり、礼を欠いた呼び方だ、お前は失礼なやつだ、という無茶苦茶な話である。

しかしここで言語学に精通した界隈からの興味深い意見を知ることになった。古くから日本語では、「you」を指す二人称の呼称は定着するにつれて侮蔑的な意味を持つようになり、その度に新しい「you」が使われるようになることを繰り返してきたのだと言う。なるほど目から鱗だった。

パッと思いつくのは、「お前」や「貴様」である。確かに意味は「you」だが、今や主に相手を侮辱する時、明らかに下に見ている時に使う言葉だ。もっと古いものだと「うぬ」とかになるのだろうか。「君(きみ)」とか「お宅」とか「そちら」とかも何となく相手を馬鹿にするニュアンスで使われることの方が多い。「あなた」に関しては議論の余地があるが、「あんた」だと侮辱になるのは理解出来るだろう。元々そうでなかったものが侮蔑的な意味を持つようになったのだとしたら興味深い。

相手の年齢や性別、職業や役割にによる二人称も同じく侮蔑的に使われることがある。「小童(こわっぱ)」とか「坊主」とか、もっと卑近な例で言うと「おじさん」や「おばさん」もだ。古典文学とかだと女性を指すのにただ「女」と書く表記もよく見るが、現代で「そこの女!」なんて言うのは喧嘩を売っているようなものだ。相手の身体的特徴を揶揄した二人称、「ハゲ」や「デブ」や「チビ」に関しては言うまでもない。相手の望まぬ枠に勝手にカテゴライズして呼ぶとか、例えば相手がいい歳した大人なのに未熟であることをあげつらって若僧呼ばわりするように相手を敢えて劣った枠に落として侮辱するような使われ方が一般化するにつれ、その呼び方そのものが侮蔑的な意味を持つようになったのだろう。

そう考えると、苗字や名前で呼ぶことさえも侮辱的なニュアンスを含むことがある。名前を呼び捨てにするのは馴れ馴れしくて失礼だし、ちゃん付けで呼ぶのは子供扱いしていて失礼だし、苗字にさん付けで呼ぶのはよそよそしくて失礼だ……なんてことがままある。八方塞がりである。相手との距離感をわきまえ、相手の好みを把握した上で状況に応じて使い分けねばならない。実に面倒くさいが、我々は日常的にそれをこなしているのだ。

「あなた」もこれから、侮蔑的な呼び方として定着していくのかもしれない。「あなた」呼びは失礼であり、例えば「名前+さん」で呼ぶべきだなんてことになり、やがて「名前+さん」呼びも相手を馬鹿にする呼び方だとなっていくのかもしれない。そのうち相手を呼ぶこと自体が失礼だなんてことになるのもそう遠くないのかもしれませんね。

いいなと思ったら応援しよう!

うえぽん
よろしければサポートいただけると、とてもとても励みになります。よろしくお願いします。