夢の客観視
母親の経営する会社のお金を2000万ばかり使い込んでいるのがバレそうになる夢を見た。現実の母は会社を経営していないし、当然ながら俺も会社の金を使い込んでなんかいない。寝る前にそんなドラマを見たわけでもないし、どこから湧いて出たのか自分でも不思議な夢であった。
今朝の夢はカメラワークが面白かった。舞台は分厚いガラスのローテーブルに二人掛けの茶色い革張りのソファーが2つある、ヤクザの組事務所のような部屋。ソファーのひとつに母親が、もうひとつに僕が座って、使い込みの件を追求されている様子を、カメラは上からの俯瞰で捉え、時折母親や俺のバストアップに切り替わる。ゴソゴソと所在なく動く俺の手のアップは、使い込みがバレそうになった俺の焦りを表現しているのだろう。俺は夢の登場人物のひとりとして出演しているのに、この映像(?)を見ている俺が同時に存在する感覚。自分の夢はこんな風に、主観映像ではなく別視点のカメラで撮られた映像であることが多い。
以前も書いたような気がするが、映画監督と出演を兼ねるような人にはコメディアン出身の人が多いというコラムを読んだことがある。チャップリン、ウッディ・アレン、北野武もそうだ。コメディアンは自分を客観視する視点を持つ必要がある仕事であり、その経験が俳優である自分自身を監督することに繋がるのだという論で、なるほどと思った記憶がある。こんな巨人の名前を挙げて比べるのは烏滸がましいが、自分もコメディアンの端くれとして自分を客観視する目を多少なりとも持ち合わせていて、だからこんな夢を見るのかもしれない。
夢の中の自分は2000万を何に使ったのだろう?使い込んだことは隠し通せたのだろうか?いや、それは難しそうに見えた。母親は俺をどう処分したのだろう?謎は謎のまま、この先の展開は分からぬままに目が覚めた。恥ずかしながら次の給料日まで若干金欠で過ごさねばならないお財布事情が見せた夢だったのかもしれない。起き抜けにトイレで小便をしながら、2000万円あったらとりあえず半月ぐらい仕事を休んで放浪の旅に出るのになと思った。今日も仕事である。
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